花街対談

 ちょいとそこの文士サン、あたしの話を聞いておくれよ。アンタだよ、アンタ。そこいく小洒落た兄さんのことさね。


 ふふ、アンタあたしが見えているンだろう。だったら話を聞いてくれるのもありじゃあないのかい。

 それにアンタは暇を持て余しているところなんだろう? ふふふ、図星と見えた。むすっとしてもお見通しさね。


 ……おや、座るならそんな地べたじゃなくてそこに欄干があるじゃあないか。

 何? そんなところに座るのはこのおれには似合わん? あはは、文士サン。アンタ、面白い人だね。

 それじゃああたしの話に付き合ってもらおうか。なあに、そんなに時間をとらせやしないさ。


 ◇


 そうそう、本題の前にあたしの生い立ちから話さなきゃあならないね。

 あたしは姉ちゃんを生かすためだとか言われてあの花街に売られたのさ。それが十と数年前の話さね。

 ……あたしがもともと住んでた村は農耕で生計を立ててたところだったンだ。でも、度々飢饉が起きるようなところでもあったのさ。あたしの家は村ン中でもそこそこ裕福な家庭でね、あたしも姉ちゃんも、家に余裕があった頃は蝶よ花よと甘やかされたもんさ。……あの日を境に変わっちゃったけれどね。


「いいから、何が起こったのかさっさと語れ」


 あはは、文士サンはせっかちだねえ。

 そうだね、姉ちゃんが病気にかかったのさ。自分たちの稼ぎではとうてい薬も買えないって、父ちゃんも母ちゃんも嘆いてたのさ。村ン中では裕福ってだけで、お外の人らに比べりゃはるかに貧乏。できたばかりだとかいう特効薬はそう簡単に手に入るもんじゃない。それは子供ながらにわかってたさ。……それだけならいいのさ。

 ただまあ、父ちゃんも母ちゃんもさ……姉ちゃんを前に「この子が死んだら自分たちはどうすればいいんだ」とか言いやがるもんだからさ。思ってしまうよねえ。あたしに向けられていた愛情は偽物だったんだろうさってネ。そんなもんだから、姉ちゃんの薬を買う金をひねり出すっていう理由であたしが花街に売り飛ばされたことについては納得できたさ。


「その言い草だと納得出来ないことでもあったのか」


 そうだねぇ。そりゃああったさ。あたしも人間だったからネ。

 ……あいつらはあたしに一言も謝りはしなかったんだ。だから行く前に縁切り神社にお参りしてやったのさ。


 まあ、その話は一旦切り上げるよ。これからの話にゃあまり関係ないからね。

 花街に売られたあたしは生きるためにもがいたもんさ。外からみりゃあ華やかだけれども、中は厳しい。それが日陰で咲く花の実情さ。根っこで必死に水をすいあげようともがきつづける人々がいたからこそ、あそこにはたくましく美しく強い花が咲いていたのさ。

 まあ、そうだね。あそこにいたころのあたしは不幸ではなかったさ。姐さんたちが守ってくれたし、禿(かむろ)にも手を出そうとするようなげすな客はお宿の人らが追い払ってくれたしネ。彼らのおかげで、こんなあたしでも質も金払いも良い客を取れるようにはなったンだよ。いい人たちだったなあ。姐さんや旦那さんがたには……幸せになってもらいたいって思うよ。


「おい、話がずれているのではないか」


 あはは、そのようだ。なあ、文士サン。もうちょっと付き合ってくれるかい?


「……話が終わるまで逃がす気など無いくせに何を言うか」


 あちゃあ、ばれてたか。


 ◇


 花街生活にも慣れてきた頃だったかね、あたしは奇妙な夢を見るようになったンだ。

 遠く昔に縁を切ったはずの奴らの夢さ。


 姉ちゃんが白無垢に身を包んで、誰ともわからない奴の横に座っている。まるで物言わぬ人形のように。そんな姉ちゃんの側で父ちゃんと母ちゃんが言い合っているんだ。■■の病は治ったはずなのに、何故人形のようになってしまったのだろう。治すためとはいえ汚(けが)れた金を使ったからか。花街の汚れた金を使ったからか。だから、あれの汚れが娘に移ってしまったのか。


「馬鹿馬鹿しい事をいう輩もいたものだ」


 ね、そんな事ありえないのにねェ。

 だがねえ、あの二人の世界はとっても狭かったンだ。生まれも育ちもあの村、物心ついたときからずっと農耕に励んでいた。学校なんて行ったことなんかない。行かせてもらったような覚えもない。ただがむしゃらに働いて財を成した人間だったんだよ。父ちゃんも母ちゃんもね。


 でね、この頃姉ちゃんは婚約者が居たんだってさ。相手の家はそこそこいいところ。だからなのだろうね。相手は婚約者の家はどういうところなのか、ってのを気にしたのはさ。綺麗な家柄か、それとも裏で何かをしているのか。それをはっきりさせるべく、うちの経歴を調べたらしい。


「それで、どうなった」


 あたしのことがバレたんだとさ。相手方に。もちろん縁談はパア。


「だろうな」


 だろうね。

 父ちゃんと母ちゃんの恨みの矛先があたしに向いたことだけは、まだ救いと言えるかもしれないね。ほら、相手方に向くよりはまだましだろう? ……まあ、起こったことを考えればまったくもってましじゃあないんだけどサ。


「それで、死んだのか」


 そうそう。死んだと言うか殺されたんだろうさ。残念なことにあたし自身は自分が死んだ瞬間をよく覚えてないンだ。気づいたらこのざまだったからね。

 ただ、あたしを殺した男は客でもお宿の人でもなかったことはわかったさ。嫌でもね。……ああ、カタギじゃないこともすぐにわかったよ。


「だろうな、それは話を聞いているだけのこのおれにもわかる」


 ふふ、ありがとう。

 

 ◇


 そうだ文士サン、あたしはちょっと嘘をついてしまったンだ。ごめんよ。

 あたしは自分が死んだ瞬間をよく覚えていないって言ったけれど、自分が死んだ瞬間に何を思ったかは覚えているんだ。


 故郷の桜がみたかったなあ。

 禿のころに姐さんたちに連れてってもらった神社の桜、今年も見たかったなあ。


「お前はここにとどまる霊なのだろう、それならば見ることもできるだろうに。変なことを言うんだな」


 あはは、もう無理だよ。だって、あたしは――。


「…………そうか」


 そうさね。だからもう無理。

 ……ああ、長々と引き止めてしまって悪かったね文士サン。嫌な話を聞かせてしまったなんなんだけどさ、あたしが話したことはすべてすっぱり忘れておくれ。それから。


「なんだ」


 長く生きなよ。


 ◇


 以上が、花街の幽霊との対談である。対談というよりは聞き手に回っていただけなのだが。

 しかしまあ、この文士烏丸、なぜ幽霊の話を聞く羽目になったのか。理由など一夜明けてもわからぬままだ。


 だがその一方で、わかることもある。


 今日の新聞には二つの記事が踊っていた。

 別れ際に聞いた、あの幽霊の名。それと同じ名を持つ遊女の水死体(どざえもん)が運河から引き上げられた事。運河の側に立っているという倉庫から奇妙な物が見つかった事。


 足首には真っ赤な手形、足元には桜の花びら、天井には男の首吊り死体。これを目撃した者は人間の仕業とは思えないと証言したという。

 まるで枯れ木のようだ!

 ……その後、目撃者は周辺の住人に保護されたという。


 あの幽霊の言っていた通りになるとでもいうのか。ははは、まさか。


 ……いや、深くは考えないことにしよう。

 この文士烏丸は、その当たりの線引きをきちりと行える男なのだ。



「だって、あたしは悪霊の類になっちゃったンだからさ」


「あたしを殺した男はさっき祟り殺したよ。明日、あそこの倉庫から見つかるはずさ。枯れ木のような姿でね」


「父ちゃんは井戸の底で誰にも助けられず死ぬ、母ちゃんは発狂して自死、姉ちゃんは祟り神の嫁として殺される」


「これが、予言さね。呪いが広まり一族みぃんな、苦しんで死ぬという予言さね」

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