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「で、文化祭って言っても。何するんすか?天文部って」


 文化祭へ向けた準備を進めていくという方針を打ち立てたその次の部活は、葉村君の......1年生の、至極真っ当な予想通りの質問から始まった。


「確か、次回の部活までにはちゃんと纏めてくるって言ってましたよね?瀬上先輩」


 そして、それに続く南さん1年生その2の質問。こちらも予想の範疇内。時折空の助力も借りながらも一昨日と昨日で組み立てた予定を、脳内で再確認する。


「基本的には去年とほとんど変わらないかな。観測会や合宿のレポートを基に、写真とかを交えて普段やってる事を書いてお披露目しつつ、小中学生にも興味を持ってもらえるようなテーマをブース付きで展示。可能なら天体模型とかも作る。後、うちの文化祭は二日間だからきっちり両日とも時間を決めての自作プラネタリウム上映。これは特に目玉になる展示だから一番重点的に準備を進めていくつもり」


 よし、言い切った。多分抜けは無いはず。


「......え、それ四人で全部やるんですか?」


「いや、そりゃそうでしょ。助っ人呼ぶ伝手も無いし、天音先輩引退したし。永沢先生にも少しは手伝ってもらうかもしれないけど、うちの高校って基本部活動は生徒主導だし、それは文化祭も例外じゃないから」


「マ、マジっすか......」


 2人が、揃って驚愕した声を出す。正直やる事が多いのは否定できないけど、でも、

 

「まぁ、去年は三人だったし。......三人だったし」


「それでもって、今言った事と大体同じ内容で文化祭出てたからね......」


 空の言う通り、去年よりはまだ楽だろうというのが僕の心算。いや、去年は本当に大変だった。天音先輩はその優秀な頭脳を活かして、やる気のある時は有能という言葉では足りないほどに八面六臂の大活躍をしてくれたんだけど......やる気のない時はそれはもうひどい為体だったわけで。空と一緒に、やる気ないモードの天音先輩の愚痴をこれでもかと言うほどに吐きまくってた気がする。それに比べれば、真面目な南さんや、貴重な男子の労働力である葉村君の存在はかなり有り難い。


「あの、瀬上先輩と志津宮先輩の目が明らかに光を失ってるんすけど。......ここってゆるゆる系文化部っすよね?ブラック要素0ですよね?」


「大丈夫。文化祭の直前なら......学校、泊まれるから」


「あの、真顔でそんなこと言われるの凄い怖いんですけど。というか会話の答えになって無いんですけど」


 怯える後輩。普段の天文部は緩いけど、廃部寸前で文化祭くらいしか見せ場の無い弱小文化部という立場からすれば、一縷の望みを賭けて文化祭に対して躍起になるのは仕方の無いことだ。......葉村君と南さんには申し訳ないけど、この二か月はかなり大変になると思う。


「つーか、そこまでやる必要あるんすか?いや、そりゃ確かにやった方が良いとは思うけど......でも俺ら、四人だけっすよ?現実的な問題とか身の振り方とかあるんじゃないっすか?」


 葉村君が、申し訳無さそうな表情で言う。彼の言う事は事実だ。いくら三人が四人になったって、無茶な物は無茶。その無茶は、本当にやらなきゃいけない無茶なんだろうか。そう言いたくなる気持ちだって、勿論分かる。


「そうかもしれないね」


「いや、そうかもしれないね......って」


「でも、僕はやりたい」


 分かるけど。それでもここは、天文部の部長として......天音先輩の後を引き継いだ者として。初手から自分の意見を曲げるなんて事、やっちゃダメに決まっている。


「大変だよ。去年は空も言ってたように、直前には泊まり込みで学校で作業してたし。それでも、今が大変だからこそ僕はやってみたい。......正直言って、文化祭で頑張った所で来年新入部員が増える確証なんてあるわけない。徒労に終わって、廃部になる可能性だって十分にある」


 いつの間にか、葉村君だけじゃなく他の二人も僕の言葉に耳を傾けている。......構うものか。どうせなら、みんなにも僕の考えを聞いてもらった方が良いだろう。


「天音先輩、言ってたよね。『この場所を、守ってやってくれ』ってさ。......あの人はきっと、誰よりもこの部活の事を考えてた。そんな天音先輩が、最後の最後に本気の頼み事を天文部に遺していったんだ。だから僕は天文部の部長として、今回の文化祭......悔いの無いよう、全力でやりたいと思ってる」


「昴......」


 最後の部活で部室から出ていく時の天音先輩の、どこか寂し気で、それでも満足気だったあの顔。あんな顏見せられたら......「後は任せた」みたいな目、見せられたら。そんなの、やる気になるに決まってる。


「無理に、とは言わないよ。部活動っていうのはあくまで楽しむ物だから......楽しめない事を部活の仲間にやらせるなんて事、僕はやりたくない。反対意見があるんだったら遠慮して言って欲しい」


 言葉を止めて、みんなの反応を待つ。少しして口を開いたのは......他でも無い、葉村君だった。


「なんつーか......。そこまで言われたら、断る選択肢無いっすよねもう」


「え?いや、別に嫌ならそう言ってくれれば」


「そういう意味じゃ無いっすよ!本当肝心な所で鈍いっすね瀬上先輩は!」


 何故か急にキレられた。いや、ていうか肝心な所で鈍いってどういう事だ。


「乗るっすよ、文化祭。ここまで来たら灰になるまでこき使ってくださいもう」


「あの、瀬上先輩」


 南さんが、一歩前に出て僕の事を呼んだ。......夏休みの事が脳裏に走り、僕は思わず固唾を呑みこむ。


「南......さん」


「......」


 しばらくの間、そのまま南さんが僕の事を見つめる。煩く鳴り始める心臓の音が、脳の中で反響する。


「瀬上先輩の『本心』、伝わりました。......文化祭、頑張りましょう」


 漸く、南さんが口を開いた。表情には、半分呆れの混じった笑顔。よく分からないけど......取り敢えず許してもらった、という認識で良いのか?これは?


「......なんか怪しい」


「......っすね」


 そんな僕の思考は、二方向から飛んできた懐疑の声によって中断された。思わず南さんの方を見れば、「我関せず」と言わんばかりの普段通りの表情。......もしかして、謀られた?


「別に、何ともないから」


 とは言え、夏休みに起きた事は南さんのプライバシーに関わる事だ。この場に葉村君がいる以上、迂闊に態度を変えるわけにもいかない。


「ゆきのんと付き合ったりしてるの?」


 いつの間にか至近距離にいる幼馴染が、いつも通りの口調で尋問してくる。というか近いって。怖いって。明らかに目が笑ってないし。


「してないよ」


「......本当?」


「うん」


「......分かった」


 そのまま空が離れる。......長年の付き合いだけど、そんなに信用されない言動を取った覚えはないんだけどな。一体何だったんだ。


「俺、帰っていいっすか?」


「まだ下校2時間前だよ!」


「そういう所ですよ瀬上先輩!そういう所です!」


「君ら急に態度変わりすぎじゃない!?」


 しかも何故か、先程まで一致団結して良い感じのムードになってたのに後輩二人こんな調子だし。なんかめっちゃ空に睨まれてるし。


「なんだかんだで天音先輩、凄かったんだなー......」


 カリスマ(?)に満ち溢れた前部長に思いを馳せながら、小さく呟く。一応文化祭までの方向性は思い描いてた通りに決まった、けど。この部長業、想像以上に前途多難かもしれないな......。と、思わずにはいられないのであった。


 




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