17

 久しぶりの学校は、再会を喜び夏休みに起きた事を語り合うクラスメイトの声で満ちていた。僕も、数少ない友人との話に花を咲かせる。


「瀬上とかさー、夏休みなんか面白い事あった?」


「いや、特に。天文部行って、合宿行って、ちょろっと家族旅行したくらい」


「......うわー」


「流石瀬上、俺らの期待を裏切らない」


「どういう意味だよ」


 期待って。遠回しに馬鹿にされてないか、僕。


「天文部って言えばさー、志津宮とは何かあったりしなかったのか?」


「あー確かに俺も気になるわそれ。天文部の合宿なんて、いかにもな雰囲気ありそう」


 合宿、志津宮、というワードを聞いて、ふと初日の夕暮れ時に見た水着姿の空が脳裏を過る。......いや、なんでそれが過るんだ。もっと夜中に見た星空とか夜明けの空とかこう、あるだろ。


「......無いよ。別に」


「何だ今の間」


「......怪しくね?」


「違うから。合宿で見た素晴らしい星空に思いを馳せていただけだから」


 気付けば、口から勝手に嘘が出ていた。......ま、今本当の事言ってもややこしくなるだけか。そう思い、強引に今の思考を中断する。


「この天文バカはこれだから......」


「まさかの大穴で天音先輩?」


「......いや、ごめん。流石にあの人には付いていけない」


「......なんか、すまん」


 どうにかして、話をはぐらかす。まったく、なんで僕がこんな後ろめたい思いをしなきゃいけないんだ......


「ねぇ、昴」


「うわっ!......な、なんだ、空か。何か用?」


 そんな事を考えていたら、当の本人から話しかけられた。唐突に思考が中断させられた事に驚きながらも、何とか返事をする。


「なんだって何。私じゃ不満だった?」


「いや、そういうわけじゃなくて」


「......今日の部活。どうするの?」


「よ、予定は立ててあるよ。一応」


「そう。......頑張れ、新部長」


「ん、ありがと」


 それだけ言って、すぐに立ち去っていく。......一体何だったんだ?部活の話なら、いつも昼休みにしている。今日は僕も空も特に昼休みの予定は無いし、そのつもりだと思っていたんだけど。


「......流石瀬上、俺たちの期待を裏切らない」


「だからどういう意味だよそれは」


 結局、昼休みに一緒に食事をとっている時も、空は部活の話を振ってきた。いや、確かにさっきの会話じゃ具体性も何もなかったけど。......本当に、何だったんだ。さっきの。




 放課後、空と一緒に天文部の部室へ行く。入口の扉を開けたが、中には誰もいない。......それを見て、僕達が最高学年になった事を再認識する。隣を見ると、空も少し緊張した面立ちをしていた。


「頑張ろっか」


「うん」


 何ともなしに、


「ちわーっす。うわ、マジで天音先輩いねえ」


「いや、あれほどはっきり引退宣言してたじゃないですか。......いや、それでもいつも通り部室に居そうですけどあの人」


 ほどなく一年の二人も来る。これで、全員。


「全員揃ったね。じゃあ、今日の部活を始めていこうか」


「おー、部長っぽいっすね」


「ぽいじゃなくて。部長だから。......取り敢えず、新学期になったしこれからの方針をざっくり説明していくよ」


「取り敢えず......まずは中止になった夏休み最後の観測会、日にちを変えてやるんですよね?」


 南さんが質問する。確かにいつも観測会が天候不良でお流れになった時はできるだけ早くやる、というのが天文部のルールだ。入部したとき、一年生にも説明した覚えがある。でも、今回はそういう


「いや、いつもはそうしてるんだけどね。今回はやらないよ」


「え、マジっすか?なんでまた」


「文化祭準備。今回は人手少ないし早めにやらなきゃきついかなって。幸いにも6月の観測会と夏合宿は天気良かったし、いい感じの写真とかレポートは手元にあるから問題ないと思う」


「なるほど。でも文化祭って二か月も先ですよね?確かに私たちは4人しかいないですけど、それにしても早くないですか?」


「......そうでもない、かもしれない」


 空が、静かに呟く。どうやら表情から察するに、僕がこんなことを言う理由も分かってそうだ。


「何でっすか?」


 葉村君も疑問の声を上げる。それに答えるように、空が言葉を続ける。


「まず、私たち文化部は運動部と比べて活動をアピールできる機会が少ない。特に天文部なんて私たち以外誰もいない夜間にしか活動できないし、昼は言っちゃなんだけど基本遊んでるだけだし。一応永沢先生経由でちゃんと活動報告はしているけど、生徒会とか教師からの受けはそんなに良くない」


「部室棟の枠を欲しがってる同好会も多いしね。だからこそ、文化祭ではちゃんとしっかりしたものを出してアピールしなきゃダメって事。上手くいけば天文部の展示ってまぁまぁ目立つし結構人気も出るし」


「なるほど......そういう事ですか」


「さらに言えば、私達は人数もギリギリ。どうにかして部員集めなきゃだし、ちゃんと文化祭でうちの高校に来るつもりの中学生に少しでもアピールしなきゃいけない」


「天音先輩もいなくなったしね。今はあの人の逆鱗に触れないために教師陣も黙っているけど、あの人が卒業したら教師陣の対応がどう変わるか分かったもんじゃないし」


「ほえー。......にしても、天音先輩って凄いんすねやっぱ。引退した後も名を遺すとは」


 僕と空の説明を受け、後輩の二人が納得したような声を上げる。正直、一応卒業までの猶予があるとは言えこういう面でも天音先輩がいなくなったのは結構痛い。改めて、この部活において如何にあの人の存在が大きかったのかという事を実感していた。


「あの人は凄いよ。何回だって言うけど。......まぁ、そういうわけでこれからは基本的に11月初めの文化祭に向けた活動が中心になると思う。いいかな?」


「了解っす」


「分かりました」


「うん、オッケー」


 全員から返事が返ってくる。うん、この分なら問題無さそうだ。小さく深呼吸しながら、次に話す言葉を脳内でシュミレートする。


「よし、じゃあ頑張っていこう!あと二か月あるけど、多分文化祭は僕達にとって、この1年の中で一番の正念場になると思う。だから、まだ時間があるからって気を抜かないように」


「うわー、真面目。本当に同じ天文部なのかよ、これ」


「ま、まぁまぁ。このくらいが部活としては普通だと思いますよ」


「昴」


 空が、僕の事を真っ直ぐ見つめる。その吸い込まれそうな瞳は、言葉なんて無くても......彼女の意思を、明確に告げていた。長い付き合いだ。その位、分かる。


「分かってるよ。......絶対成功させよう、文化祭」


 何となく、部室の窓から外を見る。雲一つない晩夏の空は、僕達の新しい出発を祝福してくれるかのように......どこまでも青く、澄み渡っていた。





 

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