15

「......ごめん。もう一回言ってくれないかな?」


「だから、私は葉村くんのことが好きなんです。......は、恥ずかしいのでそんな何回も言わせないで下さいっ」


 数秒ほど、思考が停止する。そして、


「......お、おぉう」


 ようやく僕の口から出てきたのは、なんとも間の抜けた声だった。


「先輩、私の事バカにしてません?」


「い、いやいや、してないしてない。というか......いや、マジか」


 麻痺した脳がなんとか回転を再開し、南さんの発言の内容を改めて理解する。......理解したところで、驚きが収まるような内容でもないけど。


「そんなに意外でした?」


「いや、正直滅茶苦茶びっくりした。あー......その、いつから?なの?」


「去年から、です」


「え?でも去年って言ったら二人ともまだ中学生じゃ」


「私と葉村君、同じ中学校の出身だったんですよ。......もっとも、葉村君の方は多分知らないでしょうけど。同じクラスになった事も無かったですし、そもそも葉村君はずっと......部活一筋で、他の事には興味が無かったですから」


 昔を懐かしむような柔らかい微笑みを浮かべながら、ゆっくりと南さんが話す。果たしてこれはこのまま僕が聞いても大丈夫な話なんだろうか、という考えが頭を過るが、それ以上に南さんの話に興味を抱いている僕がいるのもまた事実な訳で。


「なるほど。......同じクラスになった事無い、って言ってた割には色々と詳しいんだね」


「前にも葉村君が言ってたと思うんですけど、私が通っていた中学のバスケ部って結構強かったですし......見てれば分かると思いますけど、葉村君は明るくて社交的な性格だったから知り合いも多くて。有名人だったんですよ、彼。下級生の女の子とかからも人気あったらしいですし」


「へー。......なんとなく想像付くな、それ」


 葉村君、見た目も結構良い感じだしなぁ。それでバスケ部の主将ともなれば、確かにモテそう。


「ただ、お恥ずかしながら私はこう......内気というか地味というか、とにかくそんな感じで友達もそんなにいなくて。だから、いつも明るくて人の輪の真ん中にいる葉村君には......」


「いや、何もそこまで言わなくても......」


 実際大人しい性格だとは思うけど、それを言うなら僕だって同じような物だし。そんな卑下する事でもないだろう。


「そんな性格だから、放課後は友達と遊んだりしないでよく図書室に行ってたんです。そこで勉強したり、本を読んだり......。読書は昔から好きだったので」


「それも、なんとなく想像付くな」


 茜色の西陽に照らされる放課後の図書室で、静かにページを捲る南さんを想像してみる。......うん、絵になる。


「ただ、あの日から......普段はほとんど人も寄り付かない放課後の図書室に一人、常連さんが増えたんです」


「あの日?」


「......不祥事により、バスケ部に1ヶ月の活動停止が宣告された日、です」


「あ......」


「その日から毎日ずっと、葉村君は図書館に来てがむしゃらに勉強してたんです。まるで、何かから逃げるように」


「そっか。それで、この高校に」


「瀬上先輩にとってはそうでも無かったかもしれませんけど、ここって結構難しいですからね。......ともかく、そんな感じで放課後には2人きりで図書室に居る事が多くなって。しばらく経つと、ちょっとだけですけどお話とかするようになって。......そんな感じで、気付いたら好きになっていたんです」


「そう、だったんだ」


 だから。あの祭りの日、南さんは......葉村君に対して、真っ直ぐ言葉をぶつけることができたんだ。僕達の中で誰よりも、彼の事を想っているから。


「今思い返すと随分とチョロいですね、当時の私。性格が性格だったから男の子と話す機会が無くて、そのせいで全然免疫が無かったからでしょうか」


 苦笑しながら、南さんが言葉を続ける。でも、この事も想像は付く。自分とは正反対の......自分が持ってない物を持っている人の事を好きになるなんて。それって別に、よくある事じゃないだろうか。


「でもさ、図書室でそんな事があったのなら......葉村君、南さんの事知ってるんじゃないかな?」


「多分、覚えてないんじゃないでしょうか。天文部に入った時も何も言われなかったですし、それに......当時の葉村君、かなり余裕無さそうでしたから」


「......そっか」


 しばらく、沈黙。思い出したかのように、夏の熱気が肌をなぞるのを感じる。先に口を開いたのは......南さんの方だった。


「でも私は卒業するまでに、その事を葉村君に言えませんでした。もちろん断られる可能性の方が全然大きかったでしょうけど......そうだとしても、それでも私は、私の初恋に対して素直になれなかったんです。その事を、春休みの間ずっと後悔していました」


「南さん......」


「驚きましたよ。入学して、同じクラスで葉村君の事を見かけた時は。......図書室で見ていた感じ、正直この高校に合格するほど頭良いとはとても思えなかったので」


「なかなか辛辣なコメントだね」


「でもそれ以上に、私は安心したんです。少しの間だけど、図書室で時間を一緒にした......私の、初恋の男の子とまた一緒にいれる事が。私が天文部に入ったのも、葉村君が入ったからなんですよ。......入ってみたら、思ったよりも全然楽しかったですけど」


「そりゃどうも。そう思ってくれたんなら何よりだよ」


 正直、本当にありがたい。体験入部の時も新入生は葉村君と南さんの二人しかいなかったし......天音先輩ほどじゃなかったけど、僕も気が気じゃなかった。


「瀬上先輩」


 再び、南さんが僕の名前を呼ぶ。さっきと同じように、真剣な声色で。


「何?」


「余計なお世話かもしれませんけど、先輩には私みたいに......素直になれなかった事を、後悔して欲しくないんです。先輩には私と違ってまだ時間はあるかもしれないけど、それでもこれから先の事このままでいられる保証なんて無いですから」


 まただ。さっきと同じ、「素直になれ」って言葉。一体南さんは僕に何を伝えたいんだ。考えてみるけど、さっぱり内容が浮かばない。


「ごめん」


「え?」


「申し訳ないけど、僕には南さんが何を言ってるのかが分からない。僕になにかを伝えるために、葉村君の事が好きって事までカミングアウトしてくれたのに......酷い先輩だな、僕は」


「い、いえ!別にそんなつもりじゃ」


「僕も、飲み物買ってくるよ。......さっきの事は、みんなには黙っておくから」


 堪れなくなって部室を出る。喉なんて乾いていないけど、暑さも感じていなかったけど。それでも今は、とにかくあの空間から離れたかった。そうでもしなきゃ僕の心が色んな感情に押し潰されて、耐えられなくなりそうだったから。


「でも......。瀬上先輩は、志津宮先輩の事が好きじゃないんですか......?」


 部室に一人取り残された少女の口から、微かな呟きが漏れては消える。......その問いがついさっき部室を出ていった彼へと届く事は、無かった。




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