14
天文部の合宿が終わって1週間。8月も半ば、ピークを迎えた夏の暑さと少しずつ近づいてくる夏の終わりの気配に辟易しながら、僕は部室の扉を開けた。
「こんにちは......って、誰もいないじゃん」
「ほんとだ」
隣にいた空と、思わず間の抜けたような声を出す。思えば夏休みという多忙な時期にも関わらずなんだかんだで誰かしらはこの部室にいた(というか、ほとんど天音先輩)し、こういう事ってこの夏では初めてかも。
「そういや言ってたな天音先輩。しばらく予備校の夏期講習があるって」
「あの人、そんなの無くても大丈夫そうだけど」
「......古典の」
「......あっ、そう」
しかし困ったな。一年生の二人もそれなりの頻度では部活に顔を出すが、それは裏を返すと来る確証は無いという事だ。天音先輩と僕達しかいない、という状況は去年の夏から今年の春に来るまでで慣れていたから問題なかったけど、部室に空と二人きりというのは経験したことが無い気がする。
「えっと、どうする?このまんま帰る?」
「別に、問題ない。というか私たちまで帰っちゃったら一年生が来たときどうするの」
「いやまぁ、それはそうなんだけど。いいの?空は」
「......何が?」
「僕と二人じゃ退屈しない?自分でいうのもなんだけど」
僕がそう言うと空は返事もせず、無表情でただじっと僕の顔を見つめてくる。うーん、何か変な事でも言ったか?僕?
「別に、良い。......昔はそんなの、よくあることだったし」
「そ、そう」
空はそのままの表情で一足先に部室に入り、そのまんますぐに荷物を降ろした。慌てて僕も続く。空の真意は測りかねるが、嫌がられているという事では無さそうっぽい。取り敢えず、しばらくは二人っきりで一年生を待ってみる事にしよう。
部室に入って、約一時間。僕は鞄に本が入っていたので何ともなしに読み耽り、空は持ってきた夏休みの宿題をこなしている。お互い、無言。
「それにしても、暑い」
持ってきたペットボトルのミネラルウォーターを喉に流し込み、沈黙の中独りごちる。一応部室の扇風機は最大出力にしてあるが、型が古いせいで焼け石に水だ。
ふと、空の方を見る。無言でひたすらペンを動かしているが、明らかに表情は暑そうだ。僕と違って髪の毛長いし、首のあたりとか大丈夫なんだろうか。きめ細やかな白い肌も桃色に上気して汗ばんでいて、こう、得も言われぬ......
「何か用?」
「......何でもない」
「嘘。私の事ずっと見てた。別に私、勉強の邪魔になるとか気にしてないから」
「いや、そういう話じゃなくてね」
「じゃあどういう話なの」
そのまま、空が立ち上がって僕の目の前まで近づいてくる。汗をかいている影響なのか、空の近くにいると時たま感じるふわっとした感じの匂いがこう、なんかいつもより強く......っていやいやいや、さっきから僕は何を考えているんだ。空だぞ?いくらスタイル抜群の美少女とは言え、一番の親友で幼馴染だぞ?そんな別に、そういう対象じゃないだろ、なぁ。
「顔赤い。大丈夫?熱中症とかじゃない?」
そんな僕の思いをよそに、空は本気で心配そうな顔をしながら僕の額に手を重ねる。そのひんやりした柔らかい感触だけで、ただでさえ速まっていた心臓の鼓動がさらにうるさく鳴り出す。いや、それにしても目の前で見ると改めて思うが、本当顔整ってるな空は......って、そうじゃない!違う!いや顔整ってるのは客観的に見て有力な事実だけど!違う!
「大丈夫。大丈夫。健康状態はすこぶる健全だから。いいね?大丈夫」
「......やっぱおかしい」
「気の所為だから。取り敢えず離れよう?ね?」
「やだ」
「なんで!?」
「こんにちわー。......お邪魔しましたー」
あれ?今なんか聞こえたような。僕ににじり寄っていた空も同じく声が聞こえていたらしく、動きを止める。そのまま空から離れてドアを開け、外を見ると......そこには顔を手で覆いながら部室棟の廊下を駆け抜ける南さんの姿。
「ちょ、ちょっと待って南さん!なんで!なんで帰るの!ちょっと!」
「べ、べべ別に誰にも言いませんから!どうぞごゆっくりしていって下さい!」
「多分それ勘違い!勘違いだから!」
南さんを追い、僕も廊下を走る。......見かけによらず、結構南さんは足が速かった。
「本当に何も無かったんですね?」
「天に誓って。南さんの勘違いだよ、全部」
「じゃあ、なんで私の事見てたの」
「瀬上先輩?」
「......いやぁ、ほら。暑そうだったし。熱中症とか大丈夫かなぁって」
「「どう見ても怪しい(ですね)」」
「人の善意を怪しい呼ばわりするのはどうかと思うな!僕は!」
その後、なんとか南さんを部室に迎え入れて勘違いを解こうとしていた、していたのだが。気付いたら何故か僕が女性陣に2対1で問い詰められている。どうしてこうなった。
「まぁいいや。昴がむっつりすけべなのは仕方ない事だし。ちょっと飲み物買ってくるから」
「おい」
そう言いながら、空は勝手に扉を開けて出て行ってしまった。残るは、僕と南さんの2人だけ。
「瀬上先輩」
「誤解だから。これ誤解」
「どうして、本当の事を言わないんですか?」
さっきまでのふざけた雰囲気とは違う、真剣な声色。本当の事?一体何を言ってるんだ、南さんは。
「本当、って。どういうことさ」
「さっきからの先輩、全然素直じゃないです。私が来る前に志津宮先輩と何があったのかは分からないですけど、でもそれだけは私にも分かります」
「いやいや、素直とか本当とか言われても。多分それ、南さんの勘違いなんじゃないかな?そりゃさっき、何も無かった......とは言わないけどさ。特筆すべきような事は別に起こったりしてないし」
「そう、ですか」
南さんがそれっきり黙り込む。何か言いたげな顔をしているけど、これ以上この会話を続けてるのは多分得策じゃないだろう。
「そういう事だよ。......取り敢えず、この話は終わりってことで」
「私」
会話を終わらせようとした僕の言葉を遮り、南さんが声を上げる。なんだ?まだ何かこれ以上あるっていうのか?
「私、葉村君の事が好きなんです」
ただ、続く南さんの発言は。
軽く、呟くようなその一言は......僕の想像の遥か上を行く、衝撃的な物だった。
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