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開けっ放しの窓の外に、一面の緑が広がっている。外から流れる込む風の涼やかさは、今が夏であることを忘れさせるくらいだ。そして、窓の反対側......つまり、今乗っている電車の隣の席では、幼馴染が無防備にも僕の肩にもたれながら静かに眠っている。
「ほんと、安心しきった顔しちゃってまぁ。隣に座ってるのが男だって事、意識してんすかねこの先輩は」
前の席から、葉村君の呆れた声が飛んでくる。
「......多分そんな事1ミリも考えてないよ、空は」
僕達は今、天文部の夏合宿を行う合宿所へ向かって電車で移動している。電車の中には、恐らく僕達と目的地がほぼ同じであろう人たちがぽつりぽつりと見受けられる。
「にしても。......役得っすね先輩」
「どこが」
「いや、ほら。何とは言わないけど、志津宮先輩の特に成長著しい部分との身体的接触とか。まぁ普通に至近距離なだけで十分そうっすけど」
うん、意識しないようにしていたんだけどね。なんでそう人が必死に意識から逸らそうとしている事を平気で指摘してくるかねこの後輩は。......いやでもよく見たらやっぱり空って顔綺麗だしスタイルいいしそれになんかいい匂いしてるし......。
「ゆるゆるですね......瀬上先輩の顔」
「早く付き合っちまえばいいのに。あの2人」
「どーでもいいけど、俺の管理責任を問われるような不純性異性交遊だけは自重してくれ」
「うわぁ!?永沢先生いつの間に!?」
「顧問が生徒を監視して何が悪い」
......とまぁ、そんな調子で。僕にとっては2回目の、天文部夏合宿が始まろうとしていた。
「着いたぞー、ここだ」
先頭に立っていた永沢先生が足を止め、振り返って僕達に言う。電車を降りた後、バスを経由して数分ほど歩いた場所。そこに、僕達がお世話になる宿はあった。
「よ、ようやくですか」
「おー。雰囲気あるっすねー」
「相変わらず絶妙にボロい」
「宿の前でそういう事言わないの」
「早く荷物下ろして遊びたい......」
そこまで新しくも無い、どちらかと言えば古い感じの外観だけどオンボロと言うほどでも無い......そんな、小さな民宿。去年ここに来た記憶が、ふと頭の中に蘇ってくる。
「どちらで予約されてる方ですか?」
宿の中から、穏和な顔つきをした初老の女性が出てくる。確かあの人は、僕の記憶が正しければこの宿の主人だった気がする。
「っておやおや!伊月ちゃんじゃないか!って事は天文部の夏合宿かい?よかったねぇ......ちゃんと、部員が集まって」
その女性は、天音先輩を見るやいなやすぐ駆け寄ってきて親しげに話しかけ始めた。そういや天音先輩、ここの従業員の人には結構可愛がられてたっけ。
「は、はい。一応なんとかギリギリ。あの......その、今年もお世話になります」
「「「「お世話になります」」」」
天音先輩に続いて、僕達4人で挨拶する。
「顧問の永沢です。女将さん、今年もよろしくお願いします。思う存分、天音の事可愛がってやって下さい」
「これはこれはどうもご丁寧に......先生方も他の部員さんも、遠路遥々お疲れ様です。夜の天体観測まで、ゆっくりしていって下さい。部屋まで案内します」
そう言いながら、初老の女性......この宿の女将さんが建物の中に入っていく。僕達も、それに続いて中に入る。しばらく建物の中を歩いたのち、女将さんはある部屋の前で歩く足を止めた。
「ここが女子の部屋です。3人で大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
「そして反対側にあるこの部屋が男子の部屋。その隣の1人部屋が、顧問の先生の部屋。男子の部屋は2人で大丈夫ですか?」
「はい。ありがとうございます」
永沢先生と女将さんのやり取りが聞こえる。内容からして、どうやら目的の部屋に着いたみたいだ。部屋の中を覗き込むと、中は去年と同じく畳作りの年季が入った和室。相変わらず、趣を感じさせるな。
「こちらが部屋の鍵でございます。では、私はこれで。何かあればお呼び下さい。......伊月ちゃん。天体観測、成功するといいねぇ」
「分かりました。......ありがとうございます、女将さん」
そのまま、僕達に部屋の鍵を渡して女将さんが立ち去る。天音先輩、なんだかんだで嬉しそうだな。
「取り敢えず、荷物の整理とかその他諸々があると思うから......そうだな、30分後に玄関のロビー集合で。永沢先生もお願いします」
「あいよ。しゃーねーなー」
天音先輩が全体に向けて指示を出す。そのまま、僕達はそれぞれの部屋へと入っていった。
ある程度荷物の整理がひと段落ついたので、僕は葉村君と一緒にロビーへ向かった。すると、そこにはもう永沢先生が待機していた。
「お待たせしました。女子は?」
「まー女子は用意に時間かかるだろ、俺らより。気長に待とうや」
そのまま、女子を待つ。5分後、女子の3人が奥から姿を現した。
「やー、お待たせお待たせ。全員いるかな?」
「大丈夫です」
「オッケー」
僕の返事を聞いた天音先輩はぐるりとみんなを見渡し、そしてそのまま喋り始めた。
「とは言っても、言う事はそんなに無い。最終日のチェックアウト関連は明日の夕食の時言うつもりだし、天体観測の予定に関しては散々色々言ったからここでは割愛。あとは、鍵の管理ちゃんとして宿に迷惑かけなきゃまぁ別にオッケーだ」
「それじゃなんで集まったんすか俺ら......」
「決まってるだろ。......今から!夕方まで!泳ぐんだよ!湖水浴!」
天音先輩が、目をキラキラさせて興奮気味にまくし立てる。いや、着いたばっかりだよね僕達?元気過ぎない?この人?
「とは言え、到着したばかりだし長時間の移動もあったしで疲れてる人もいるだろう。もしそういう人がいるんだったら部屋で待機してても大丈夫だ。どうする?ちなみに私は普通に行く気だ」
なるほどな。その確認を取るためにみんなを集めたわけか。ついでに天音先輩が背負っている謎の荷物が何なのかも分かった。いや、本当やる気満々だなこの人。
「マジで?初日からいきなりOKなんすか?んじゃ俺参加しまーっす!」
そして、恐らく天音先輩の次に元気が有り余ってるであろう後輩が真っ先に名乗り出る。ここまでは正直、予想の範囲内って感じだけど。
「せっかくだし私も行く」
ほぼ間髪を入れて、空が宣言。これでもう過半数。うーん、だったら僕も行ってみようかな。折角だし。
「......だったら、僕も行きます」
「ほう。そんなに空君の水着姿が楽しみか、昴君は」
「違います!あとそこもそこでそう簡単に引っかかって照れるんじゃない!」
「あ、あの......だったら、私も行きます」
「つまり、俺も同行と。ったく、若い奴らは元気だな本当に」
と、僕の発言を皮切りに全員の参加が決定した。
「んじゃ、私は宿のバスの予約してるから。ちゃっちゃと用意してここ集合ね」
そして。天音先輩の合図で、僕達は部屋に戻って湖水浴の用意をしてそのままバスに乗り、湖水浴場へと向かうのであった。
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