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「全く、どうしてこんなことになったんだか」
小声で独りごちる。周りを見渡すと目に映るのは、夜闇の中に浮かぶ提灯や屋台の光、そして浴衣姿の人々。まぁ、今は僕も浴衣を着ているんだけど。耳に入るのは屋台で物を売る人、家族連れ、カップル、友人のグループ......とにかく色んな人達の声。そして、微かな祭囃子の音。
どこをどう見ても、よくある夏祭りの光景。ついでに今いる場所が、この地区で一番大きい神社の境内なのも「いかにも」という感じ。......なぜ、普段は夏祭りなんて参加しないのに今年に限って僕がこんな場所にいるのか。その理由を説明するには、沈み切った太陽の位置が真南になる位まで時間を戻す必要がある。
七月も終わりに差し掛かり、暑さもピークになってくる頃。暑さに対する抵抗力がお世辞にも高いとは言えない天文部の部室では、当然のごとく部員全員がグロッキー状態になっていた。
「昴君、暑い......いや、訂正。尋常じゃないくらい暑い」
「わざわざ僕に言わないでください、いや同感ですけど」
「私も同感」
「つーかこの部室が悪いっすよ。こんなオンボロ扇風機一つで?夏を?凌げと?ウチの高校やる気あんすか?」
「最高気温、確か32度ですっけ今日......」
思い思いに愚痴をこぼす。でも、その声にも覇気が無い。せっかく活動が再開し、夏休みになったにも関わらず同じような事しかしていない(今日みたいに全員が揃っている事がまず珍しい)上、今の時間が正午直後――一番暑さのピークとなる時間である事が、主な原因だろう。
「あーもうやだ、無理。こんな蒸し風呂みたいなとこに一日中閉じ込められるなんて御免だ、無理」
天音先輩がげんなりした声を出す。いや、一応部長なんだし、そういう事を言うのはどうなんだ。気持ちはとても分かるけど。
「あ、そうだ。今日って確か夏祭りの日じゃないか?」
「そっすね」
「んじゃ決まり。今日は解散。7時あたりに神社前集合」
そう言いながら、さっさと帰ろうとする天音先輩。いや待て。
「ちょ、ちょっと待ってください!解散っていや、あの」
「なぁ昴君」
返す天音先輩の声は、いかにも面倒そう。そしてそのまま、
「今からここに残ってのんべんだらりと過ごしながら蒸し殺されるのと、家に帰ってシャワーでも浴びてすっきりした後、冷房の効いた部屋でウキウキしながら夏祭りの準備をするのと、どっちが賢い選択だと思う?」
どう見ても答えが一択な質問を、僕に投げかけてきたのだった。
で、その言葉に対して全員が後者を選択したのは言うまでもなく。......要するに、天音先輩の突発的な思い付きにみんなが乗せられたといういつものパターンだ。今回はその思い付きを称賛せざるを得ないけど。
「やっぱりこの祭り、結構人が多い」
無表情で呟く空。いや、それにしても本当何着ても似合うなやっぱり......。着物には似合いにくい体型だと思うんだけど、これが素材の力なのか。すれ違い様に思わず目を奪われていた男性も少なくなかった気がする。
「そうだねぇ。昔来た時は、迷子にならないように必死だったなぁ」
「にしてもよく食うっすね天音先輩、そんだけ食べても縦じゃなくて横に伸びるだ人間の関節はその方向に曲がらないぃいいぃ!」
「うるさいこのバカ!......こういう時の食べ物ってさ、値段設定ひっどいのについ食べる気になっちゃうんだよ」
と、綿飴を食べながら葉村君の腕を捻りあげる天音先輩。うーん、葉村君と並ぶとなんか遊びに来た仲の良い兄妹に見える。
「雰囲気を買ってる、って感じですよね。ある意味、お祭りの醍醐味だと思いますよ」
そう言いながら微笑む南さん。こちらはこちらで、空とは違った雰囲気が出ていて良い感じだ。あちらが「綺麗」ならこちらは「可愛らしい」と言った感じだろうか。
そんな事を考えながら、時に食べ物を口にしつつ、談笑を交えて境内を回る。祭りに来るのは久しぶりだけど、なんだかんだでかなり楽しい。天音先輩には感謝だなホント......。
「私、ちょっとトイレ行ってきます」
「いってらゆきのーん......ってほう、射的か。ちょっとあれ、寄って良いか?」
「いいですよ。じゃあここで待ってるんで、僕」
「私もパス。あーいうの、苦手だし」
「俺も待機で。本当に的、当たるんすか?天音先輩」
「ハッ、舐めるな。後輩共よ、私の華麗な勇姿をその目にしかと刻み付けるんだな」
天音先輩が意気揚々と店の人にお金を渡し、おもちゃの銃を受け取る。得意なのかな?射的。
「あれ?葉村じゃねーか!久し振りだなー!お前も祭り来てたのか!」
と、後ろから馴れ馴れしい声が聞こえる。振り返ると、チャラい感じの服装をした男子が2人。葉村......って、葉村君との知り合いか?
「よ。てか、久し振りって言っても中学卒業した時以来だろ。3ヶ月も経ってねーじゃん」
「元部員同士なのに、んな冷たい事言うなっての!......ってか、隣に居る超絶美人さんとヒョロい男子、誰よ?」
さっき声を掛けてきた人とは別の人が質問する。どうやら、葉村君の中学時代の部活仲間っぽい。というか、ヒョロいって,,,,,,。いや、確かに僕は中高文化部だし、体型も普通だけどさぁ。
「あー。部活の先輩。......俺、天文部入ったから」
「天文部って!お前がかよ!ギャハハハ!」
「キャラ似合わなさすぎだろ!息抜きに兼部するにしてもよぉ、もちっとマシなのあんだろお前!」
目の前の2人が葉村君を指差して大声で笑う。隣の葉村君は......心無しか、表情が硬い。
「や、俺バスケ部入ってねーから。天文部一本」
葉村君が返事する。でも、その口調はやっぱり暗い。......少なくとも、かつての部活仲間に向ける物ではないと思う。
「あー......そ。結局入んなかったのな、お前」
「勿体ねーなー。お前、間違いなく俺らの代じゃ一番上手かったのに」
「......別に、高校からは別の事やってみたかっただけだ」
「ま、あんな事あったらやる気も無くすか」
その言葉を聞いた瞬間。元から陰のあった葉村君の表情が、更に険しくなる。明らかに、さっきまでとは雰囲気が違う。
「関係ねぇから。それ。......この話は、もう終わりだ」
「いいや。言うね。お前は俺たちの最後の舞台を台無しにしたんだ、あの時はゴタゴタしてて何も言えなかったけどな。お前、自分がした事がそんな簡単に忘れられるとか思ってんのか?」
「......っの野郎!」
今まで一度も聞いたことが無い、感情を目の前の相手へ剥き出しにして叩きつけるような葉村君の本気の怒声。一体、僕の目の前で何が起きてるんだ。
「痛い所突かれて逆ギレかよ。ま、せいぜいそこで突っ立ってる先輩たちと、楽しく愉快に天体観測でもしてればいいんじゃねーの?......そのまま、逃げ続けながらな」
そう言い残して、2人が立ち去る。僕と空は、あまりに唐突な展開を目の当たりにして、何も言葉を発せずにいた。そして葉村君は......何かに耐えるように、きつく歯を食いしばり、強くこぶしを握り締めながら、無言で俯いてた。
「どうだ見たか!天音式怒涛の三連殺!......って、どうしたんだこれ」
そして。天音先輩が両手一杯の景品を抱えて戻ってきた時も、その少し後に南さんが戻ってきた時も。葉村君はずっとそのまんまの状態で、俯いていた。
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