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 観測会が終わった次の週。6月も後半になり、夏の気配をすぐそこに感じる、そんな季節。


「おお......すっげ」


「こ、これ先輩が撮ったんですか!?綺麗......」


「流石、だな。こればかりは昴君には敵わん」


「手慣れてるだけはある」


 天文部の部室では、観測会の時に僕が撮った写真を見て、僕以外の4人が感嘆の声を漏らしていた。昨日現像されたばかりの物だけど、我ながらまぁまぁの出来だと思う。環境が良かったのが幸いしたかな。


「一応天体観測は個人でもやってるし、撮影も結構慣れてるからね......もう10年近くはやってるかな」


「そんなやってんすか......筋金入りっすね」


「天体観測、始めたきっかけってどんな感じだったんですか?」


 南さんからの質問。空になんか言われそうだけど、まぁ答えても大丈夫だろう。多分。


「昔、夜中に無理やり空に外に連れ出されて天体観測した時の景色が想像の何倍も綺麗だったから。感動して」


「ちょっと」


 やっぱり。


「だいたい事実だよね?」


「......あの時は若かっただけ」


「僕ら、まだ高2だよね......?」


「ね、年齢だけなら2倍くらいだもんっ」


 空が照れながら声を張り上げる。まぁ昔は結構やんちゃしてたからなぁ。高校で再会した時、本当別人みたいだったからびっくりした覚えが......


「瀬上先輩と志津宮先輩、息ピッタリっすね。流石幼馴染」


「こういうの見ると、やっぱお似合いのカップルですよね2人って」


 覚えが......


「外見だけは釣り合ってないけどなー。まぁ志津宮先輩相手じゃ分が悪いか」


「そうですねぇ」


 ん?なんか、後輩2人がよくわからない事を仰っているぞ?


「カップル?って?誰と誰が?」


「いやとぼけないで下さいよー。志津宮先輩と瀬上先輩って付き合ってるんですよね?」


「流石に見ればわかりますよ。私だって」


 暫くの沈黙。その間に、2人が発言内容を翻訳し、反芻し、咀嚼し、理解する。そして、


「はぁ!?何言ってるの!?」


 絶叫する。いや、マジで何言ってるんだこの2人は。僕と?空が?恋人同士?いやいやいやいや。ありえん。


「べべべ別に、わわわ、私と昴はそ、そそそういう関係じゃないししし、しし」


 空が壊れかけのラジオみたいな音を口から出す。表情こそいつも通りだけどどう見ても顔真っ赤だし声震えてるし、多分数分間は使い物にならなさそうだなあれは......。


「またまたー。そんな照れないでもいいじゃないっすかー」


「と、とてもお似合いですよ、先輩達」


 葉村君も南さんも、顔には子を見守る親のようなにこやかな笑顔。かくなる上は、


「ちょっと天音先輩!なんとか言って下さいよ!」


 さっきから無言を決め込んでいる先輩に助け舟を求める。この人は僕らがそういう関係じゃないって事、知ってるはずだし。


「なんか面白そうだしパス!」


「アンタって人はーっ!」


 ただ、この先輩はそんな有情な性格では無かった。......というか普段の言動からして、こうなるのは当然じゃないか。人選ミス。


「いやいやだって、いつも同じタイミングで部室来るじゃないっすか」


 笑顔のまま、葉村君の追及。


「同じクラス!隣の席!」


「帰りも二人だけ同じですよね?」


 これまた笑顔で南さんが追及。


「家が隣同士なだけ!」


「この前の観測会、ラスト30分くらいめっちゃイチャついてたっすよね?」


 また、追及。というか見られてたのかよ。やめてくれ。


「あ、あれは......その、空が!ほら!よく星が見えないっていうから!教えてあげてた!だけ!」


「「怪しいっすね(ですね)」」


「ほ、本当に付き合ってないからね?本当に?」


 いや、さっきの答えどう見ても墓穴掘ってたよね僕?なんで?どうして?


「ふ......くく......はは、ははははは!!!本当、君たち2人って普段はクソ真面目なのに、たまにとんでもなく面白いな!全く!」


 追及に耐えかねて僕が冷や汗を垂らしていると、天音先輩が唐突に爆笑し始めた。なんか、微妙に煽られている気がするんだけど。


「あーおかしい。......そこの2人が付き合ってない、っていうのは本当だよ。かなり昔からの知り合いだし、この年齢の男女にしては珍しいくらい仲良いからそういう風に見えるのも分かるけど」


「ま、マジっすか?」


「びっくりです」


 天音先輩の発言を聞いて、ようやく2人が落ち着く。僕も事態の収拾がついたので、ようやく胸を撫で下ろした。


「全くもう......部活中にこんな事で騒ぐんなら、まだ試験勉強の方が有意義だよ......」


「え?」


「試験、勉強?」


 僕が漏らした言葉を聞いて、今度は後輩2人が固まる。


「いやだって、来週から期末試験じゃん。知らなかったの?」


「か、観測会の余韻に......浸ってて」


「先生がそんな事、言ってた、ような?」


「高校に入ると急に勉強難しくなるからねぇ、大変だよ?」


 うちの高校レベルだと、高校に上がったばかりの時は結構しんどかったりする。中学からいきなり難易度上がるからなぁホントに。


「それはこの前の中間でイヤってほどわかったっす......」


「同感です......」


「あと、ここで中間と合わせて赤点の科目あったら補習だからね。夏休み」


「うっ」


「うぅ」


「部活にも来れないよ?大丈夫?先輩をからかってる暇とか本当にある?大丈夫?」


「す、すみませんでしたー!俺が悪かったっす!」


「で、出来心だったんです......ごめんなさいぃ......」


 うむ。分かればよろしい。先輩を下手にからかうもんじゃないぞ、後輩諸君よ。


「まぁ、いざとなったら天音先輩とかいう最終兵器が天文部にはあるから。元気出して」


 あの人なら、高校1年の定期試験なんて余裕で粉砕できるだろう。流石に。


「俺、この部活入って良かったっす......」


「天音先輩なら余裕そうですもんね、試験とか」


「......え?あ、あぁ、うん。大丈夫だぞ。任せるんだな、はっはっは」


「じゃあ、勉強会でも開く?試験対策に」


「お、良いっすねそれ!」


「私も、賛成です」


 後輩2人が、早速僕の提案に乗る。どうせ試験1週間前は部活動も活動禁止だし、ちょうど良いだろう。


「みんなの苦手とか得意とか知りたいから、この前の中間試験の成績表を全員持参で明日の放課後に食堂集合。大丈夫かな?」


「うえ、マジっすか。了解っす」


「わ、分かりました」


「う、うむ」


 と、みんなに約束を取り付けた所で。


「私と昴が、つ、つきあ、あわ、あわわわわっ、こここいびっと、ととととっ、」


「そろそろ正気に戻って!もうその話とっくに終わってるから!」


「いや昴君が今話しかけても逆効果じゃないか?」


「す、すばっ、ち、ちかっ、ダメだよ!?ここだとほら、見てるよ!?みんな見てるよ!?」


「ちょ、じゃあ天音先輩何とかしてください!」


「いやごめん待って、マジで面白い」


「あのですね」


 さっきから故障している幼馴染を、修理しにかかる。どうにか空に勉強会の事を伝えて約束を取り付けた時には、30分以上が経過していた......。






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