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「なるほどね。ま、いいんじゃねーか?どうせこれ、主導は天音と瀬上なんだろ?」


 6月に入り、観測会を週末に控えた日。放課後の職員室。部活で僕達が作った計画書を読みながら、天文部顧問の永沢先生は気の抜けた返事を漏らしていた。


「あと聞き飽きたとは思うが、天文部ってのは特別に夜間の活動も許されている唯一の部活だ。その事は一応念頭に置いておくように。つーか夜なんかにお前らに何か起こされるとめんどいからマジでやめろ」


「はい。分かっています」


 基本的に僕たちの学校は、部活動に関してはかなり緩い所があり合宿や公的な行事以外では顧問が顔出しをしてくる事はない。部活の内容や方針なんかも、伝統として最高学年が決めるようになっている。ただ、天文部は年に一度ある合宿以外にも、定例で行う観測会で夜間の屋上を使用する許可を顧問に取らなければいけない。というわけで、副部長である僕が一応こうして許可を取りに行っている、のだけど。


「しっかしなぁ、こういう時って部長が来るのが普通じゃないか?いや、別にそれで屋上を使わせないとか言う気は無いけどよ」


「部活の時以外の天音先輩、行動がランダム過ぎて中々連絡つかないんですよ。あの人携帯も全然見ませんし」


 ......それだけが理由、ってわけでもないんだけど。


「ま、天音の気分屋は今に始まった事じゃねーからな。それに......アイツに関しちゃ、下手に強く出れる教師はうちの学校にはそんないねぇし」


 永沢先生が、少し声を潜める。心なしか、声のトーンもいつもの適当なそれじゃなくて少し真面目な物に切り替わってる気がした。


「それって......天音先輩の成績、ですか」


「そういう事。試験でも理数系の教科は常に満点、科学系のコンクールやら何やらで取った賞も一つや二つには収まらない......。ウチみたいな微妙に成績の良い、進学実績に飢えてる高校のお偉さん方にはうってつけの人材ってワケよ。ま、俺としてはどうでも良い話なんだがな。顧問って立場上、色々話は流れてくるし」


 そのままの口調で、永沢先生が言う。......部活で普通に接していると忘れそうになるけど、天音先輩はそのズバ抜けた頭脳と自由奔放な変人っぷり(更に、それを学校に黙認されている事)の影響でこの学校では有名人だ。1年生はともかく、2年生と3年生であの人を知らないうちの生徒は結構少ない。そんな強烈な中身の癖して、ランドセルを背負ってもそこまで違和感の無い見た目なのがまたインパクトを強めている。


「っと、話が脱線しちまった。取り敢えず来週は夜間までの居座りと屋上の利用、許可出しとくからもう大丈夫だぞ」


「はい。ありがとうございます」


 一礼して職員室を去る。足は、自然と部室棟へ向かっていた。




 部室に到着してすぐ、僕は天音先輩に屋上の使用許可が降りた事を話した。部室にいるのは今日もいつも通り、僕を含めて5人のフルメンバー。


「いやー、悪いね。ありがとな、昴君」


「いいですよ別に、いつもの事なんで」


「「......ん?いつもの事?」」


 1年生の2人からツッコミが飛んでくる。そう言えば、この事についてはまだ話したことなかったっけ。


「天音先輩は自分で雑用をこなした事が無い。いつも昴に押し付け」


「だから、基本的にこういう事はいつも僕がやってるんだ」


 空と僕の台詞を受けて、2人が少し考え込む。そして、


「......あー、居ますよね。権力を盾に下級生をこき使う先輩。俺も中学の時苦労したからわかるっす」


「あ、あの、私も頑張って瀬上先輩のお手伝いしますから!はい!」


 全力で同情の視線と言葉を送られた。多分二人の中では天音先輩の株が絶賛大暴落中だろう。


「いやいやいや待ってくれ1年諸君。これには一応事情があるんだ」


 当の本人が慌てて弁解する。本人がそういうこと言っても逆効果な気がするんだけど。まぁ、僕から説明しておくか。


「いや、ほら。天音先輩って頭良いじゃん」


「まぁ、そっすね」


「はい」


「それもちょっと成績が良いみたいなレベルじゃない。高校生向けの理数系の賞とか、何個か取ってるくらいには凄いんだよあの人」


「......マジっすか」


「天音先輩って、そこまで頭良い人だったんですか......」


「この学校では結構有名。1年生はまだ知らない子も多いけど」


「で、話は変わるけどさ。うちの高校ってそれなりの進学校だよね、一応」


「というか、この地区では一応1番難しいですよね?」


「うん。でも、都会の難しい高校と比べると学力的にはどうしても劣る。だから進学実績も中途半端だし......その分進学実績にはだいぶ執心してるんだよ、うちの高校」


「天音先輩は、今の三年生の中でぶっちぎり一番の期待株。......先生達も、腫れ物に触るように天音先輩に接する」


 よくあることだ。何かに秀でている人間は、容易く周囲の反応を歪めてしまう。良いようにも、悪いようにも。


「でも、ウチの顧問はそんな感じに見えなかったっすよ」


「永沢先生は、ね。でも残念ながら、うちの高校はそういう人ってかなり少数派なんだ」


「職員室に行く度、色んな先生に話しかけられるんだ。みんな私の成績や実績を褒めてくれたり、励ましてくれる。......私の機嫌を損ねないように、薄っぺらい笑顔を浮かべながらな。心の底では優秀な手駒程度にしか思って無いのが、透けて見える」


 天音先輩が不貞腐れた顔を浮かべて言う。先生達のそういう態度は、天音先輩みたいな裏表の無い素直な人からすると最悪の相性だ。 それは簡単には受け入れられるものではないだろうし、どちらが悪いという訳でも無い。得てして、人間関係というのはそういう事が起こりうる――それだけの事だ。


「だから私はあんまり、職員室に行く気が起きない。というか教師ともできることなら会話したくない。......昴君には悪いと思ってるよ、これでも」


「良いですよ別に、それくらい」


 歯車が噛み合わない人同士がぶつかった時。一番簡単な解決策は、距離を取る事だ。必要性が無いなら、噛み合わない部分を擦り減らして、無理してまで迎合する必要は無い。大人になるとそういうわけには行かないのだろうが、高校生という身分はその甘えを許してくれる。


「あー......その」


「す、すいませんでした!何知らないのに、私、勝手な事言っちゃって」


 バツの悪そうな顔を浮かべる2人。まぁそうなるのも当然か。


「いや、良いよ。元を辿れば、我慢が効かない私の責任だ。......というか、こんな話はどうでもいいんだよ、今は」


 溜息を吐きながら、天音先輩が返事する。そのまま、彼女は言葉を続けた。


「そんな事より観測会だ。昴君が提出した通りのまま、大まかな予定の変更は行わない。全員、特にまだ不慣れな1年の2人は、前回の部活で渡した計画書のコピーをしっかり読んでおくように」


「あ、ういっす」


「は、はい!」


「まぁ空君と昴君に関しては......特に問題は無いだろう。1年の2人に色々教えてやってくれ」


「はい、わかりました」


「了解」


 ......結構強引に話を変えたな。まぁ話してて楽しい話題でも無いか。


「まぁそんな気張らなくてもいいさ。ゆるーく楽しく天体観測、がうちのモットーだし。下手な事故とか起こさなければ」


「あ、相変わらずゆるいですね......」


「てか、新入生歓迎の時はもうちょっとやる気があったよーな」


「あの時は流石に真面目にやらなきゃ廃部するかもしれなかったし。基本的には去年も大体こんなノリだった」


「あはは......。まぁ、でもさ」


 少し息を吸い込む。例え僕たちの雰囲気が緩くても、人数がギリギリの弱小部活でも、


「何にしたって楽しいよ、天体観測は。2ヶ月前の時もそう思ったから、新入生の2人は今ここにいるわけでしょ?」


 この一点だけは、譲れない。これだけは、僕があの日から10年近く抱いてきた、確かな気持ちだから。


「そっすね」


「その通り、です」


 2人が、微笑みながら言葉を漏らす。ふと見ると、空も天音先輩の顔にも、同じく笑顔。


 これが俗に言う、青春ってやつなんだろうか。どんどん週末へと気持ちが加速していくのを感じる中、僕はそんな事をぼんやり考えていた。



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