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 これは僕の持論だけど、常人より頭が回る――学校のテストで点数が取れるとかそういうのではない、「地頭」と呼ばれる物が優れている――そんな人は、ゲームも大体上手い。


 だから。


「はい、シュート・ザ・ムーン。昴君と空君と雪乃君全員+26で...昴君が50オーバーか、交代だな」


 今日行ったゲームで大体一位を取ってる天音先輩(トランプ以外にも色んなゲームをしたが基本的にいつも無双していた)は、やはり只者では無いんだなぁ......と思う。部室でこうやって遊ぶ時も、単純に学問的な知識や教養に関しても、この人にはまるで勝てる気がしない。


「また天音先輩が一位。いつも通り」


「です、ね......」


「ほんと、なんだかんだでハイスペックですよね天音先輩って」


 だが、僕達の驚きと称賛に満ちた口調を物ともせず、天音先輩は


「大体この手のゲームなんて経験と知識さ。回数を重ねて、その二つを十全に使いこなせれば完全な悪運の時以外は結構な割合で勝てるようになる」


 と、無造作にトランプを回収しながら大した事は無いという口調でサラッと言ってのけた。それが簡単にできるから凄いんじゃないのか......って思うんだけど。


「というか、この部室にある色んなゲームって誰の私物なんですか?」


 そこでふと、南さんが疑問を口に漏らす。まぁ、その疑問が出るのも当然だろう。この部室にはトランプやウノといった有名な物から、外国製らしいボードゲーム(天音先輩曰く大体はドイツ製なのだとか)まで、多種多様なゲームが置いてある。むしろ今までスルーされてたのがちょっと驚きだ。


「この部活って、夜とか合宿の時はそりゃまぁ色々真面目にやる訳だけど、昼ってどうしても暇になるじゃないか。だから先輩達が代々ゲームを買ったり持ち寄ったりして暇潰しに遊んでいたんだ。で、卒業したらそのまんま先輩達が部室にゲームを置いていって......それの積み重ねが今の状況を作り出した。ちなみにに私も何個か持ってきてる。」


「って訳。正直、これだけでも一個文化部作れるくらいの量はあるんじゃないかなぁ」


 そう。僕達がやっていたゲームは大体がOBやOGの残していった物だ。カード系のゲームにはご丁寧にスリーブまでついていて、管理も行き届いていたりする。


「そうだったんですか......。確かに天文部の活動記録、まぁまぁ昔までありましたもんね」


「地味に、この部活は歴史が古い」


 確か、数十年前まで活動の記録は一応残っていたはずだ。もっとも昔の方の記録は結構ボロボロで読みにくいけど。


「とは言え今は廃部寸前だけどな......。というか、そろそろ下校時刻じゃないか。みんな帰りの支度をしてくれ。特にそこの半分寝ている一年」


 天音先輩が壁にある時計を見ながら言う。


「......えっ、あ、あぁ、もう下校時刻っすか。了解っす、はい」


 その声を聞いて、本を片手に寝かけていた葉村君そこのいちねんが体を起こしてそのまんま帰りの支度を始める。結局今日は何もせずに遊んで終わった気がするが......まぁ、天文部に限ってはたまにある事だ。心の中で嘆息しつつ、僕も帰り支度を始めた。




 校門で先輩達と別れた後、僕と空は帰り道をのんびり歩いていた。5月の太陽は部活が終わった後でも、ギリギリその姿を隠さずに西の空を茜色に染めている。


「......ねぇ、昴」


「ん?なに?」


 空が、ふと言葉を漏らす。


「私達さ」


「うん」


「あと何回、星を観れるのかな」


 そのまま、ぽつりと独り言のように呟いた。どこか憂うような横顔――黄昏ている、というのだろうか。そんな陰のある空の顔は、天を覆い始める瑠璃色に映えて、とても絵になるものだった。いつも見ている顔なのに、思わず少し見惚れてしまう位に。


「い、いやどうしたの、急に」


「......なんでもない」


「観測会とか合宿とか、まだまだあると思うけど。まだ5月だよ?」


「でも、夏が終われば天音先輩は引退する」


「......まぁ、ね」


 僕達の学校は、それなりに難しい割に高3の夏までちゃんと部活をやらせてもらえる。文武両道、なんて散々使い古されたフレーズを今でも掲げていてよくもまぁ恥ずかしくないなぁとは思うが、そのフレーズの影響で天音先輩が夏終わりまで天文部にいてくれるのは実際、非常に助かる。


「天音先輩が引退して、私達の上に誰もいなくなって......そうなったら、全部終わるのなんてあっという間なんじゃないかって、そんな気がして」


 ちょっと寂しげな声。どう返事すればいいのか、少しばかり逡巡する。


「良いことなんじゃないかな、そう思えるのってさ」

 

 ただ、気の効いた返事なんてそんな簡単に浮かぶわけもなく。気付けば、僕は身勝手にも思ったまんまの事を口にしていた。


「え?」


 空が、僕の方を向いた。僕はそのまま言葉を続ける。


「僕は、この1年間楽しかった。天音先輩が居なくなるのは寂しいけど、それでも次の1年だって負けないくらい楽しいと思う」


 僕だって、空と同じ事を考えたことが無いわけじゃない。入学から3年の夏までの時間は、およそ28ヶ月。今の時点で......驚く事に、もう半分。


「楽しい時間は、すぐに過ぎる。時間が過ぎるのをあっという間に感じるのは、それだけその時間を楽しく過ごせた証なわけで。これからの一年でそう思う事ができたのなら、それはいい事だと思うよ。僕は」


 楽しい時間は過ぎるのが早く感じる。つまらない時間は過ぎるのが遅く感じる。それは、昔からよく言われてる当たり前の事だ。......当たり前すぎて、たまに忘れてしまうくらいに。


「それにさ、部活じゃなくったっていつかみんなで集まる機会はあるも思う。今こうやって同じ学校にいて、部活として星を見上げる事が出来るのは確かに今だけだけど。でも、卒業して全部が終わるわけじゃない」


「.......卒業しても、また」


「うん。だからまぁ、これからの事とか考えるのも、そりゃ大事だけどさ。それで今を楽しめなくなるのは損だと思う。観測会、もう来月でしょ?」


「今を、楽しむ」


 噛みしめるように空が呟く。表情からは、さっき見た陰らしき物が少し無くなっている気がした。




 そこからは、しばらく無言で歩いた。元々僕や空はそんなよく喋るタイプの性格ではない。だから、会話が途切れる事は珍しい事ではない。でも、その事を特に不満に思った事は無かった。昔は結構仲が良かったけど、中学三年間は別々の中学に進学して疎遠になって、でもそこから高校の一年でまたある程度仲良くなる事ができて。言葉こそ無くても、そんな変遷を辿って作り上げられた僕達の距離は......少なくとも、僕にとっては心地の良い物なのは確かだ。


 1m。


 隣を歩く彼女との距離。遠過ぎもせず、近過ぎもせず。僕達には多分、これが一番合っている。そのまま無言で歩いていると、気付けばもう家の前だった。


「ねぇ」


 空が、家の鍵を用意しながら呟く。そしてそのまま、僕の方を振り返った。


「私ね、楽しみ。次の観測会」


 満開、とまでは行かないけど。その時空が見せた笑顔は、多分今日見せた笑顔の中では一番明るかったと思う。


 もう大丈夫みたい、かな。


「......ん。僕も楽しみだよ」


「そっか。じゃあ、またね」


「また明日」


 そのまま帰宅する空。僕は.....家の鍵も出さず、その場に立ちすくんでいた。何ともなしに空を見上げる。すっかり陽が落ちた空には曇り一つ無く、今日は綺麗に星を見ることができそうだった。


「楽しみ、か」


 静かに、その言葉を反芻する。来月の観測会の日は、どうか晴れますように――。なぜか、そんな思いがふと頭を過ぎった。

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