火花を刹那散らせ

柚緒駆

火花を刹那散らせ

 サンダー、と言っても稲妻じゃない。ヤスリの回転刃を装着したディスクグラインダーの事だ。木工用サンダーもあるが、俺が仕事で使うのは、金属用ヤスリを装着したサンダー、仕事の内容はバリ取りだ。


 完成直前の量産人型機動兵器、その最終工程に向かう前に、表面に浮いた溶接バリを削り取るのが俺の仕事。月面工場の小さな重力の中で、塗装を待つ連中の巨大な肩や腰をサンダー片手に駆けずり回って、火花で顔を火傷しながら面を平滑にすることにやりがいを感じていた。


 複雑な気持ちがないと言えば嘘になる。俺が削ったこの人型機動兵器は、塗装を終えた後実戦に配備され、火星の戦地に送られるのだ。そして何万人もの火星居住者を殺す。俺は別に火星人には恨みはない。だが今は俺にできる事をやるしかない。俺は削った。削り続けた。


 自分の腕に溺れる訳ではないが、俺が削った跡は美しいと思う。宝石のように輝きはしない。しかし塗装がしっかり乗りそうに削られている。機動兵器が美しき完成品となるためには必要な欠かさざるべき技術である。そして何より火花だ。高速で回転するヤスリが金属表面に触れたときに吐き出される、オレンジ色に輝くドラゴンの息。その美しさに俺は毎回息を呑み、心を震わせた。


 そんな毎日の状況が一変したのは、冬のある日のこと。突如急襲した火星部隊に対し、月基地は警備部隊で応戦しようとして全滅、工場は火星勢力の手に落ちた。しかし捕虜になったものの、俺の仕事は変わらなかった。求められたのは相変わらず機動兵器のバリを削り取ること。機動兵器の姿形は変わったが、やることは一緒だ。俺は早速作業を始めた。けれど仲間たちは拒んだ。火星人のために働けないというのだ。一人、また一人、仲間たちは銃殺されて行く。そんな中、俺は毎日サンダーで、火花を浴びながらバリを取り続けた。


 やがて地球軍の大規模反攻作戦が始まり、月基地は奪還された。工場の捕虜は解放され、自由の身となった。そして、俺は糾弾された。同僚たちはみな口々に、俺がいかに火星人のために熱心に働いたかを叫び、罵った。軍法会議が開かれ、俺はその場に引きずり出された。


 ある将校が言った。「何故裏切ったのだ」と。別の将校が言った。「何故仲間を見殺しにしたのだ」と。俺は問い返した。俺のしたことが罪だと言うのなら、勝手に戦争を始めたあんたらの罪はどうなるのだ。だが誰も答えない。やがて軍法会議は終了した。俺を火星への内通者として処刑する、それが結論だった。


 最後に死に方を選ばせてくれるという。銃殺か薬殺か。それがせめてもの人道的な扱いだと彼らは思っているようだ。俺は銃殺を選んだ。どうせ死ぬのなら、最後まで美しいものを見ていたい。火花を刹那散らせ、弾丸は俺を射貫くだろう。今、独房のドアが開いた。


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