わかった。この人達おかしい
兄貴はお茶とお茶請けの準備にもう少しかかるそうな……私は兄貴の到着を今か今かと待ちつつ、兄貴の部屋の中で、小春さんの接待を継続ざるを得なかった。
「すみません……兄貴、もう少ししたらお茶とお茶請けもってきますから」
「いえいえ、どうぞお構いなく……」
兄貴のことに関して謝罪する私に対し、小春さんは優しく微笑んでくれた。優しい人だ……笑顔を見る限り、この人は変態ではなく、懐の広い、神様のような人とも思えるが……
私に返事をし、部屋の中央にある丸いテーブルの前のクッションの上に腰掛けた後も、小春さんは……
「……」
「……ふふ」
「!?」
こんな具合で、あの意味不明な書に視線を向けては、うっとりとした眼差しでそれを見つめる……その様子は、神様や仏様、聖人君子といった類ではない……どう見ても兄貴と同類だ……。
そうして、私が小春さんの予測不可能な反応に困惑していたときだ。
「……あ」
「……あら?」
私のスマホから着信音が聞こえた。小春さんも同じく反応しているところを見ると、小春さんのスマホにも着信が入ったらしい。聞こえる着信音は私のものだけだから、小春さんはマナーモードにしているようだ。常識的なふるまいだ……
同じタイミングでスマホを取り出し、同じタイミングで着信を確認する私達。着信はどうやら兄貴からのLINEで、私と小春さんに対し、同時にメッセージを送ったようだった。
――すまん。準備してたはずの茶菓子がない。急いで買ってくる<スポンッ
私と小春さんのLINEには、そんなふざけたメッセージが『すぽん』という気の抜けたSEとともに表示されていた。
「……ッのバカ兄貴ッ!!」
「?」
今からお茶菓子を買ってくるだなんてふざけてる……小春さんをこれ以上待たせるなんて失礼にも程がある。私は急いで部屋を出て階段を駆け下り、玄関で今まさに外出しようとしている変態兄貴を呼び止めた。
「兄貴ッ!! どこ行くんだよッ!!」
「真琴? どうした?」
「どこ行くんだって聞いてるんだよッ!!」
「どこ行くも何も、さっきLINEを送っただろう。俺はこれからお茶菓子を買ってくる」
「小春さん、兄貴を待ってるんだぞ!? それなのにこれからお茶菓子買いに行くって、小春さんに失礼すぎるだろッ!!」
「……」
「お茶菓子が必要なら、私が買ってくるから! だから兄貴は小春さんと一緒にいてやれよ!!」
まくしたてる。これはさすがに小春さんに失礼すぎる。小春さんは今日、誰よりも兄貴と一緒にいたいはずなのに……それなのに、兄貴は小春さんを待たせるだけでなく、お茶菓子をこれから買いに行くなんて……常識的に考えておかしい。
私は必死に兄貴を引き止めるのだが……
「……いや、俺は妥協したくない。俺が選んだ最高のお茶に最高のお茶菓子で応対せねば……」
「……!?」
「でなくば、小春のおっぱいに失礼だ」
「!!??」
兄貴はキリリとした口調でこういい、靴を履くのをやめない。意味がわからない。これ以上小春さんをお待たせする方が失礼ではないのか。
大体、小春さん本人ならまだしも、『小春さんのおっぱいに失礼』ってどういうことだ? 兄貴の血迷った迷言が久しぶりに炸裂した気分だ。一体何を言ってるんだこの変態は? 喋っているのは日本語か? それとも、発音系が日本語に奇跡的に酷似した宇宙語かなにかなのか?
そんなわけで、兄貴は外出の準備が整い、私が兄貴の迷言に頭を抱えて困惑していたら……である。
「雄二さん」
階段の上から、天使の賛美歌のような優しい声が聞こえた。小春さんがいつの間にか、階段の上から私たちを見守っていたようだ。
「……小春」
「雄二さん……行かれるのですね」
私を間に挟み……だが私のことを無視して、情熱的に見つめ合う二人の姿は、どこからどう見てもアホらしい。試しに角度を変えて眺めてみたが、アホらしさは変わらない。しゃがんだり身体を斜めに傾けたりもしてみたが、やはりアホらしさは少しも変わらない。
「ああ。何者かの手によって、準備していたお茶菓子がなくなってしまったが……小春のおっぱいに対し、俺は妥協をしたくない」
「……」
「わかってくれるか? ……今しばらく、待っていてくれるか?」
なんだこの突然のメロドラマ的展開は。ただお茶菓子を買いに行くだけだと言うのに、まるでこれから戦火が激しい戦場に向かうみたいじゃないか。私はいつから大河ドラマに迷い込んだんだ。
兄貴の問いに、小春さんは自分の胸を抑え一度うつむいた後、花開いた桜のような、ふんわりと柔らかく、そして美しい笑顔で、
「……はい。お待ちしてます。いつまでも」
と戦場へと赴く兄貴に対して答えていた。なんだこの異空間。
「ありがとう。小春のおっぱいのもとへ、必ず帰る」
「はい。私のおっぱいは、あなたを待ち続けています」
そしてそのあとは、互いに笑顔とうるうるした瞳で見つめ合い、愛を語り合っている。
その光景を間近で見ていて、私は頭が痛くなってきた。『おっぱいに対して妥協したくない』と言い切る兄貴も変態だが、『私のおっぱいはあなたを待ち続ける』と言い切る小春さんも小春さんだ。この二人は一体何者だ。私と同じ人間ではないのか。私がおかしいのか。
「……真琴」
状況が飲み込めず……いや飲み込みたくない一心で、必死にこの状況に抵抗していたら、兄貴が神妙な面持ちで私に声をかけてきた。
「あんッ!?」
私もつい、顔に青筋を立てて、トゲの生えた返答をしてしまう。私が悪いのではない。異空間をこの場に創造した、兄貴と小春さんが悪いのだ。
「いかなる脅威からも、小春のおっぱいを守ってくれ」
そして兄貴は口を開けばこれである。小春さんはどこかの悪の秘密結社に命を狙われているとでもいうのか。よしんば狙われているとしても、格闘技経験皆無の私でも小春さんを守り通せるほど、その悪の秘密結社は脆弱なのか。そして、小春さんではなく小春さんのおっぱいを守り通せとは、一体どういうことなのか。おい兄貴、外出前に全部説明しろ説明。……いやいらん。やっぱり聞きたくない。
「頼むぞ真琴……ッ!!!」
「いいから行くなら早く行けよ」
ものすごいイケメンボイスで懇願する兄貴を、私は一言で切り捨てる。もう好きにしてくれ。私は早くこの異空間から立ち去りたいんだ。
「雄二さん……ッ!」
そしてそんな兄貴に感激したのか、小春さんは高鳴る胸を両手で必死に押さえつけ、涙が滲んだ瞳で、玄関のドアを開く兄貴の背中を見送っていた。
……わかった。兄貴が兄貴なら、その恋人の小春さんもおかしいわ。
「行ってくるぞ小春ッ!!」
「はいっ!」
……もう好きにしてくれ。私は突っ込まないから。
ちなみにこれは余談だが……お茶菓子がなくなったのは、昨日のうちに兄貴が準備していた高級店『をだや』のどら焼きを『これは息子たちから俺へのプレゼントだ!』と勘違いした親父が、すべて食べてしまっていたかららしい。
その真相を知って激昂した兄貴によって、親父は残り少ない貴重な頭髪を5本むしり取られた……と涙目で私に教えてくれた。別に教えてくれとは言ってないのに。むしり取られろそんな髪の毛。
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