夜明け


《八咫!? 動きが止まってるけど、大丈夫!? 怪我がひどいなら一旦ベースに――》

 ――姫乃の通信、なんとか自殺衝動を振り切る。

《いや、問題ない、このまま全部、けりをつけてやる》

 傷よりも深刻な精神的な疲労をなんとか払いのけて、六体目に追いつく、火炎放射、機銃掃射。羽を撃ち抜かれ、落下しかける、再転送しながら、撃ち返す。低空にまで下りてきた八咫に突撃してくるヤマタノオロチ、必死に上昇しながらトドメを刺す、残骸が横転し転がっていく。八咫の全身は既に避け切れなかった攻撃でボロボロになっていた。身体のあちこちに血が付いている、胴体にいつのまにか掃射によるダメージが入っていた。それを無視して傷ついた特甲を、新しいものに再転送する。

 『朋』が来てからは、転送も随分とスムーズになった。即席の転送施設と、急ごしらえのサーバー群と簡易AIに比べて、よりスムーズに転送が行われるという事が、ここまでモチベーションに関わってくるとは八咫は思っていなかった。接続官コーラスがいればもっと違うのかと、半ば現実逃避のような考えも浮かぶ。

《まずいよ八咫! 海を目指すヤマタノオロチは囮だったんだ! 残りのは隅田川に向かってる!》

 姫乃の声を聴いて、現実に戻る、返事はせずに、方向を転換、川を目指して加速した。ヤマタノオロチの元へ追いつく、そこでは二体の蛇が装甲を開き、なんとガシャンガシャンと音をたてながら連結、体の大きさを少しだけだが元に戻し、川に飛び込む瞬間だった。

「間に合わなかった……?」

 そこで八咫がみたものは、川の水を吸い上げ、凍結剤で造り出した氷の装甲をまだらに纏いながら、自ら吐き出す火炎放射でそれを溶かしている鋼鉄の蛇の姿だった。

 これは失敗作だ。八咫はそう感じた。氷結装甲を搭載したユニットと火炎放射を放つアームを大量に付けたユニット同士が競合を引き起こし、互いの機能を邪魔している。

 結局はこんなものを渡し、戦いをけしかけた者によって起こされた出来事だったのかもしれない。おそらく彼らが犠脳体兵器まで持ち出して暴れまわっているのは何かを探しているからだとしたら。その探し回っているモノ恐らくは彼らの兵力を削いだ『朋』に違いない。しかし、それの本来の用途は、日本の復興を進めるためのものなのだ。『朋』は汚染地域の廃棄物の適切な処理の試算や、復興のための新たな都市設計、復興後、再び同じ被害に遭わないための災害シミュレーションを行い、いつの日か、日本が再興を果たした時には新たな通信網ネットワークを支える柱の一つになるはずのものだ。しかし、それは自分達の主導ではない、国外からの支配と彼らは感じ、その想いを利用されたのではないか、八咫はそう考えた。

 、八咫の知りえない事ではあるがアメリカが中国への警戒網を維持するため日本人の難民認定が先延ばしにされたという話がある。都市の形を、在り方を他の先進国に再び任せた場合、また都合よく利用されるのではないか、そんな彼らの疑念と恐怖を煽られた結果が、この戦いの切っ掛けだった。それを知らないながらも八咫の予想は当たっていた。

 だがそれでも、彼らは被害を出し過ぎた。助けようとした手を振り払うほどに方法を間違えてしまった。あのヤマタノオロチは、その最たるものだろう。もう引き返せないところまで行ってしまった。ならばせめて、兵器と化した目の前の相手には、引導を渡し、この事件を終わらせるべきだ。

「確かに、俺なら導けるかもな……こんな馬鹿みたいな奴らを。せめてあの世にさ」

 金の光は、夜闇を引き裂き、装甲を焼き払い、中の脳を焼き尽くし、溶かし尽くした。


《任務完了?》

 姫乃からの通信、いつものビルの屋上で特甲を解除して着地。八咫は柵に頭をかけて床に仰向けで身体を寝そべらせた。

《だといいけどな、これで、国連の隊員達への攻撃も止まれば……》

 それで仕事も終わり、彼女とも別れることになるのだろうか。だが、それでもいい、だんだんと夜が明けてきた。なんとなく身を起こすと、こちらに来る人影を見つけた。この朝日に煌めく髪の毛を目印に姫乃がこちらを見つけ手を振っている。それに手を振り返す。


 次の日、八咫が治療を受けているベースの一角、二人で、コーヒーで乾杯した。互いに労いの言葉を掛け合う。おもむろに、姫乃が吐息を漏らしながら、ゆっくりと話を切り出した。

「ねぇ八咫〈ナホトカ事件〉って知ってる?」

「少し、ロシアの港に入れてもらえなかった七千人の日本人が船の上で凍え死んだって」

「うん、そこにね、私の友達もいたんだ」

 八咫は黙って話の続きを待った。

「それでね、私、色々、調べたんだ、どうしてそんなことが起きたのか。個人で分かることに限りがあったけど、ナホトカ港に行く船を売ったのは〈ウラジャーイ〉って犯罪シンジケートだってことは分かったの」

 淡々と、とんでもない事を口走る。

「よくそこまで調べたな」

 それに素直な感嘆の言葉を述べた。

「必死だったからね、友達が何で死ななきゃいけなかったのか知りたかったから。でもそいつらは船を売っただけ、どうしてロシアが、日本が、港を封鎖したかなんて分からなかった。一般人の限界ってやつかな、だから八つ当たりみたいに私、色々、勉強した、特に機械とか、コンピュータの使い方とかね」

 苦笑するしかないといった感じの姫乃。

「それから、どうしたんだ?」

 軍と関わるまでになった経緯に自然と興味が湧いた八咫。

「私は船を売った〈ウラジャーイ〉とか、今回の事件を起こした人達みたいなのをずっと追ってた。〈待望の会〉の事もあったし、もうこれ以上、日本を〝悪い国〟にはしたくなかった。……なんか目的変わっちゃってるね」

 恥ずかしそうに笑う。

「それで軍の現地協力者にまでなったのか」

 真剣に話を続ける。

「うん。多分、私は真実を知るよりも、今、出来ることをするために勉強したんだ」

 そして姫乃は少し、言葉を溜めて、驚きの発表をするかのように言った。

「実は今回、『朋』の所得したデータを解析したのは私なんだ! 最初に武装集団の拠点の一つを見つけられるとまでは思ってなかったけど……」

 言い終わると、相手の反応を窺うように、少し不安そうな目になった。

「……まさか『朋』を管理してたのはお前だったのか? そうか、だから通信にも出たのか、でもどうして、さすがにそこまで深く係わってるなんて思わなかった」

 驚きというより戸惑いと納得の入り混じった表情。

「……まあ種明かしすると『朋』を開発した人達の中に親戚がいて少し開発に関わらせてもらったから、そういう仕事を受けれたんだけどね」

 相手の反応が、少し期待と違うものだったので目線を逸らして、誤魔化した。

「理由は分かったけど、どうして今まで言ってくれなかったんだ」

 少し不機嫌そう。

「黙っててごめんね、なにせ機密だったし、でも、もう『朋』を狙う勢力はいなくなったから、話せるようになったんだ」

 ばつが悪そうな、照れくさそうな顔。

「すごいな姫乃は……転送のサポートもしてくたのか?」

「特にハッキング攻撃とかもなかったし、私がサポート出来る事なんてなかったけど、ノイズの除去くらいは」

 照れて恥ずかしそうに頬をかく姫乃。

 八咫は不機嫌な顔から戻り、これまでの話を思い返し、姫乃に尊敬の眼差しを向けていた。

「……俺は姫乃に協力出来たのかな」

 姫乃は、その言葉に驚き、首を縦に振ってから、笑みを浮かべた。

「もちろん! 八咫はもっと、胸を張っていいんだよ!」

 面と向かって勢いよく言われた。

「ありがとう」

 八咫は頬をかく、照れながらもなんとか言葉を返す。

「変なの、お礼を言うのはこっちなのに」

 微笑む姫乃を見て、八咫は視界の端に、業火が、今は見えない事に気づいた。

――そうか、この出会いはきっと俺の心の中でずっと支えになってくれる。彼女と離れたとしても業火と戦っていける。そんな思いで満たされていた。

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ヤタノシュピーゲル 亜未田久志 @abky-6102

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