ヤマタノオロチ


 八咫が現場に到着する、しかし、そこはもう地獄絵図と化していた。敵の大型兵器とやらが、暴れ回った結果だろう、すでにもとの形を保ってはいなかった。地べたに伏せる味方の兵士から、話を聞く。

「敵性……兵器は……恐らく……犠脳体兵器と、見られ……はぁ、ぅぐ、『朋』の干渉を受け付けませんでした……」

 どうやらそこまでが限界だったらしい、意識を失う。

「犠脳体……、プリンチップ社の格下げ品だけかと思ってたが、そこまで来たか……」

 犠脳体兵器、人間の生きた脳を中枢に用いた完全自律兵器、ミリオポリスの全マスターサーバーが干渉を試みてもハッキングによる停止は不可能。日本で復興支援部隊を襲った者達の使う兵器はどれも、世界各地で確認されたモノとはスペックが数段劣るものばかりだったのだ。それゆえに、今まで特に苦戦することもなかった。辺りを見回すと、そこら中で火の手が上がり、隊員達が仲間の救助や、消火活動に当たっていた。その光景を見て、八咫は否応なく思い出してしまう、過去が脳裏を過る――

 

 ――自分が機械化児童となった理由。

 それは、きっとありふれていて、だれにでも起こりうる不幸。

 火事、火元は不明、そこで八咫は全身に大火傷を負い、そして家族と身体のほとんどを失った。天涯孤独となった身でそこから先、選べる道など一つだった。

 通称〈子供工場キンダーヴェルグ〉と呼ばれる施設で機械化児童となった後、労働児童育成コースに入り、そこそこ優秀な成績を収め、見事に軍属となった。だが、果たして自分は生きたかったのか、死にたかったのか。軍に入り、戦う日々に入ってからというもの、それがわからなくなった。他人とは違う、火傷を補うための人工皮膚に、機械の義肢、周りとの差異は施設に居た時には感じた事のない感覚、さらに戦う度、戦火を見る度に視界の端に現れる業火、これは家族が自分を呼んでいるのではないか、という想いに繋がっていく、募る違和感と自殺衝動は限界に達し、気が付けば外に飛び出し無我夢中で逃げ回った。たどり着いたのはビルの上、家族と同じ死に方は選べなかった。柵を乗り越え、飛び降りようとして、だけど、止められた。彼女に、姫乃に、そこからが、八咫の第二の人生、時計の針が進みだす。

 ようやく訪れた「生きる意味」その始まりなのかもしれなかった――


 ――ハッと、我に返る、囲まれている事に気づく、早く化け物兵器を倒しに行けと負傷の少ない隊員にせっつかれる。どうやら、犠脳体兵器は、巨大な陸戦兵器らしいこと、そして此処を破壊した後、東京湾方面に向かったらしいということも、そもそも、どうやら東京湾方面からこの場所に向かって来たらしく、向かったと言うより戻ったというのが正しいというのが隊員達の話で分かった。

「奴ら、どこから仕掛けて来たのかと思ったが、まさか海中にいたのか?」

 海より向かって、海に戻ろうとしている、戻る理由は不明だが、それが一旦、元々、居た場所に戻るようなものだとしたら。犠脳体兵器がそんな帰巣本能じみた行動方針で動くとも思えないが、他に可能性も思い付かない。

「犠脳体兵器がもう動いているってことは、その中身の脳を持っていた奴はもう死んでると?」

「実は、犠脳体兵器が来る前に、まず生身の敵兵士たちが来てな、そいつら身体に爆弾巻き付けて万歳と叫びながら突っ込んできた」

「それは……」

 過去の模倣にしてはやり過ぎだろう。ミリオポリスで起きた〈アンタレス事件〉で〈待望の会〉と呼ばれる過激派組織も自決した者達がいたという話を聞いたことがあった八咫だったが、それでも理解できないことだった。同時に彼らも、その主義主張に賛同する者達だったのだろうかという事まで考えかけて止める。

――今から考えても自分にはどうしようもないことだ。

「じゃあ、その中に脳のない奴が」

「ああ、木っ端微塵だがね」

「『朋』は無事なんだな?」

「お前も知ってるだろう、。アレは重要機密だ。正確な場所は上層部の、さらに一部しか知らん」

「わかってる、アクセス出来るかってことだ」

 犠脳体兵器にハッキングは通用しない、しかし、それでも少しでも敵の情報などを探ることは可能なはずだった。

「それなら問題ない、通信設備もやられはしたが、全部じゃない」

「よし、何か少しでも分かったことがあったら教えてくれ」

 情報的バックアップが受けられる事を確認した八咫はすぐさま飛び立つ。地を這う相手なら、空から行けば今からでも追い付ける。そうして、その場を後にする。羽ばたく漆黒の羽は夜に溶けながら飛び立った。


 すっかり寂れてしまった東京の街並みを往く鋼鉄の大蛇。

 そのハラワタの中――カプセル=髄液=脳。

 地を這いずりながら、目的のモノを探し暴れ回る。

 人の意識を捨てて、兵器へと変わりゆく。

 犠脳=新たな力、人を超え、国を取り戻すための暴虐の荒神。

 万歳、さあ謳おう。


 全速力で飛ばす八咫、羽の探査で位置を把握、目標ターゲットを視認。その巨体を見つけるのはあまりに簡単だった。ギャリギャリと車輪を鳴らし道路を進む、側面には宣伝のように『PRINCIP INC.』の刻印。俯瞰して見ると全体はまるで蛇のように、あるいはムカデのようにも見えた。装甲は細かく連結されグネグネとある程度自由に曲がるようになっているようだった。そして各所にはアームや機銃が取り付けられ、さながら武装列車のような様相。

「あんなものどうやって造ったんだ!? クソッ! とりあえず先頭車両から潰すしかない!」 

 右腕のライフルからプラズマが発射され、金の光で敵を焼き焦がしていく。じゅうじゅうと焼かれる蛇の頭。しかし、様子がおかしい蛇の頭、その動きは止まった。

 だが、そこ以外の部分が中心から離れるように動き出したのだ。装甲の連結部が外れ、それぞれが自立稼働を始める。

「分裂した⁉」

 その数、今現在進行形で焼かれている先頭のを含め八つ。

《こちら太陽ゾーネ、義脳体兵器が八つに分裂! どれを追えばいい!?》

 ベースへ通信、マスターサーバーでも干渉できない兵器に対して、現在、満身創痍のベースが、なにか有効な手を考えられるとは思えなかったが、一匹一匹潰すにも、目星か、指標は欲しい。

 そして返ってきたのは思わぬ答えだった。

《こちらベース、八咫、大丈夫?》

《はぁ? その声は姫乃か? なんで姫乃が通信に出るんだ》

 ベースにはまだ、僅かながら人員が残っていたはずだ。

 姫乃まで駆り出すほどとは思えなかった。

《話は後、それより、オーストリア軍からミリオポリスから犠脳体兵器の情報はないか聞いてみたんだけど、どうやら『ヤマタノオロチ』って名前で、多関節型フレキシブルユニットを大型化した実験兵器らしいの。分離して別行動を取ったり、破損個所を取り外し再接続して修復したり、関節ごとに脚やアームを搭載したり、別の装備を搭載したり、それでその中にはミリオポリスで確認された氷結装甲を搭載している可能性が高いって! だから東京湾には近づかせないで!》

 海に近づかせるなとは大雑把な指示だったが、散り散りになった蛇の内、積極的に東京湾を目指す個体を潰していけばいいという訳だ。そうなれば後はもう、ひたすらに、順番に叩いていくしかない。もう動けないかと思われた一体目が表面を焦がされながら、ギチギチとこちらにアームの照準を合わせようとする。撃たれる前に、もう一度、ライフルで撃つ、今度こそ蛇の頭は焼き尽くされ行動不能になった。身を翻し、二体目のヤマタノオロチを追いかける。すでに車輪を加速させ道路を邁進している。上空から追いかけ、追いつき、並走した。すると二体目の蛇のアームから火炎が放射、さらに機銃が掃射された。

 業火、銃火、常にチラつく炎が、今度は目の前からやってきたのかと錯覚する。しかし、そんな思考を断ち切って、回避行動を取る、頭の側のギリギリを過ぎる、ヘルメットにかする、衝撃が頭を揺らす、腕や足に傷を負う。反撃、連射、金の光で、じゅうじゅうと焼きあがる二体目の鉄蛇はオレンジ色になって溶けていく。

「これもハズレか。次!」

 再転送を実行し、機甲を新しいものへと置換する、そこで通信が入った。エメラルドの一瞬の輝きが、空を流れ星のように駆けていく。三体目に追いつき捕捉する、そこにベースにかろうじて残っていた援護が現場に到着する。

 二つの腕と四つの脚の軍用機体〝ケンタウロスツェンタウアー〟がヤマタノオロチに砲撃を撃ち込む。

 動きを止め、軍用機体へと反撃するため、照準をそちらに向けたところを八咫が仕留めた。さらに移動、四体目、先ほどの三体目からの攻撃で、損傷を負った軍用機体がなお支援、砲が損壊すると、接近し、体当たりし、軍用機体の全身で押さえつけて動きを止める。

 操縦者が操作を自動運転に切り替え脱出する、八咫はその様子を確認した後、軍用機体ごと焼き払った。五体目の下へとたどり着く、軍用機体の支援を失った、もう射線を逸らしてくれる味方はいない。放たれる火炎、掃射が全て八咫に向けられ放たれる。避ける、かする、手足に当たる、辺りが燃える、壊れる、自分も、この街も。思い切って驀進ばくしんする蛇の目の前に回り込み着地する。ライフルを撃ち放って、ギリギリのタイミングで、機械の脚力で跳躍、なんとか横へと回避する。真下を熱で溶けた鉄塊が真横を通り過ぎていく、思わず肝を冷やす。フルフェイスのヘルメットをスライドさせて顔を外に出す、額の汗を左腕で拭う。さっと辺りを見回す、犠脳体兵器が暴れまわった跡、辺りに引火し、揺らめく炎は、八咫の精神を必要以上に揺さぶった。とある話を思い出す、かつて此処、東京を焼いたという大火災、密集する超高層ビル群が起こす風によって全域に広がったという地獄のような業火、彼らはそれを再現しようとでもしているのか。大勢の人間から、そしてなにより八咫からなにもかもを奪っていった炎。それを見せられるたび、肌が焼け爛れ、酸素が失われていく感覚がフラッシュバックする――


 ――自分が助かったのは奇跡だった。

 奇跡、それはつまり自分だけが助かってしまった、本来の確率なら死ぬはずだったのに。

 確率、本当に自分は確率に愛されない、八分の一が当たらない。

 死にたくなる、炎の中に消えてしまいたくなる――

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