第19話 Back to the beginning 1
──こいつが、カナリアか。
あどけない少女を見ながら、クレイジージャックは頭を回転させる。ここで感動の再会を味わわせていてはいけない。
すぐにでもライアーはやってくる。
セオリーを破るため、クレイジージャックは小型の発煙筒を出しつつ、即座にサニアへ指示を送る。
「おい、煙幕だ。出来るだろ」
「は、はい」
ピンを抜いて、クレイジージャックは森の中へ放り投げ、サニアは両手をスモークディスチャージャーに変化させてもうもうと濃霧のような煙を産み出す。
あっという間に、周囲の視界が悪くなった。
「おい、あんたら何を……」
「悪いけどここには回転ベッドなんて洒落たもんは無ぇんだ。お前らの行きつけで肌の触れ合いによる感動は味わってくれ?」
ワニ男たちはしっかりと《カナリア》を確保した状態で不審に言う。
だが解説してやる時間もクレイジージャックには惜しかった。
「サニア、煙幕撒きながら移動するぞ。お前らもついてこい。絶対離れるなよ」
「クレイジージャック、セクハラですよ!」
「るっせ、ちゃんと言葉はマイルドにしてやってんだろうが!」
「それでも中身が一緒なら変わりません!」
自分自身も発煙筒をもう一つ追加して、歩きだす。
すると、濃霧だったはずの周囲がいきなり希薄になり始めた。
言うまでもなくライアーの仕業である。おそらく煙幕を能力で無効化しようとしたのだ。
「――マジか」
それを察したワニ男は脅威に表情を染める。
「行くぞ。待ってたらミンチにされちまう。」
驚愕するワニ男の肩を叩いて、クレイジージャックは進む。
後を追うようにして全員がついてくる。
だが。
ほんの十歩も歩かない内に、足音は唐突にやってきた。
「まったく。人の《カナリア》を勝手に連れていかないでくれるかな」
判断よりも、本能が勝った。
クレイジージャックは弾けるように斜め後ろへ高く跳躍し、ハンドガンを抜いて気配に向けて撃つ。青い閃光が放たれるが、どれも手ごたえはない。
地面を撃ち抜いただけか。
理解がやってくると同時に、クレイジージャックは傍にあった木の枝を掴み、振り子の要領で方向転換、違う木へ飛び移る。
瞬間、ほんの刹那前までいた空間が、何かに薙ぎ払われた。
「ホントにもう、早すぎるんだよ! ちょっとは空気読むとかそういうのしないのか!」
「邪魔だな、これは」
フラットな声に忍び込んだ、苛立ち。
「サニア!」
直後、煙幕が完全に消える。
ぞわりと背筋が凍る中、クレイジージャックは全身に稲妻を纏った。相対すると同時にその稲妻を全力で放つ。
四方八方、やたらめったらに見えて、ライアーと周囲を破壊することによる視界封じを兼ねている。とにかく見られてはいけない。クレイジージャックは理解していた。
けたたましい轟音が響き、次々と光が穿ち、周囲の木や土が爆ぜる。
「――ちっ」
ライアーが防御の姿勢を取りながらバックステップを刻み、そして巻き上がる土塊を全て消滅させる。そこへ逃さず弾丸が躍りかかるが、それもキャンセルされる。
青い閃光が消える様を見せつけられて、クレイジージャックはたまらず笑った。
もう笑い飛ばすしかないレベルで卑怯だった。
「もうホントにチートだな、その能力! 何なの、ホント。何でもかんでも《嘘》にして消しちゃうとかさ。ちょっと羨ましい通り越して抱いて欲しくなってきたんだけど。良くみればモテ筋の顔してるしな。ちょっとそこのモーテルいかない?」
「断る」
「ひでぇな、たった一言だけかよ。しかも即答。こっちは熱烈に熱烈を籠めた情熱で持って誘い文句を並べてやったってぇのによ、それはないんじゃないの?」
「良く喋る口だな。……そうか、お前がクレイジージャックか」
「ワーォ。名前知っててくれて光栄。そうだよ、俺がクレイジージャック」
呆れていたライアーは少しだけ眉を寄せてから、思い至って名を呼ぶ。
クレイジージャックはそれを両手を広げて受け入れた。良い。今は、時間を稼ぐ。
「まさかあんたみたいな人に知られてるなんて思いもしなかったね。だって、俺ってそこまで有名ってワケじゃないし。好き勝手生きてるけど、あんたみたいに暗殺請け負って派手に動いてるワケでもねぇしさ」
「へぇ、そうなんだ」
「あ、そういう意味じゃあんたも好きに生きてるよな? こんな誰もこないよーなトコに住んでてさ。んでもって金が少なくなったらテキトーに依頼受けて稼ぐ。もし依頼がなかったら、それこそ能力を使えば何だって出来るもんな。ウハウハだろ? 億万長者だろ?」
「残念だけど、そこまで便利なワケじゃないんだ」
「ああ、だよね、知ってる。ヘヘヘ」
クレイジージャックは挑発するように肩を竦めてから、へらへらと笑う。
一瞬だけライアーの顔が引きつったのを、見逃さずない。
そして、その挙動の一つひとつを。
ざわりと背筋が凍っていく中で、クレイジージャックはその木から跳び離れ、一度地面を蹴ってから違い木の幹にはりつく。更に回り込むようにして這い上がって隠れる。
刹那、直前までいた木々に見えない何かが通り抜ける。
「――躱した?」
ライアーが意外そうな表情を浮かべた。
「なぁ、お互い好きなように生きるもの同士さ、仲良くなれると思うんだよ。だからちょっとコミュニケーションのいろはからやってみない?」
「何が言いたいんだ?」
「そのまんま。仲良くしようぜって話。あ! 言っとくけど俺はお前が強すぎて怖くて歯が立たなくてブルっちまったから仲良くしようって提案してるワケじゃねぇからな! お前なんて怖くねぇぞ! ちょっとトイレ行きたくなってきてるけど!」
クレイジージャックは木々を飛び回る。
隙を窺うが、さすがにそれはさせてくれなかった。
――能力にかまけず、ちゃんと色々と鍛えてやがる。
嘲笑うクラウンマスクの奥で、クレイジージャックは冷徹に目を細めた。
ライアーが腕を振る。
直後。
クレイジージャックが足場にしていた木々が、消滅した。
「ああ!? もうホント、メチャクチャだなっ! 好き! 大好き!」
呆気にとられ、理解が遅れる。クレイジージャックは全身から稲妻を放ち、周囲の地面をまた爆裂させて強制的に土煙を起こした。
ライアーがまた飛び逃げる。
追い打ちに雷を幾つか放つが、それはあっさりと消された。
「一方的だな、君は」
「何言ってんだよ、好意ってのはいつだって一方的から始まるんだぜ!」
クレイジージャックはまた跳躍して後ろの木に飛び移りつつ、発煙筒をばら撒く。
けたたましい音を立ててまた煙が周囲を包む。
はずが、煙の勢いが急速に弱くなった。
当然、ライアーが仕掛けたものだが、驚いているのはライアーだった。
「……――なんだ、これは」
不快を僅かに籠めた冷静な声。
クレイジージャックはあざとくも聞き逃さず、嘲笑う。確信は、今手に入れた。
――なるほど。となると、俺はジョーカーか。
ぐい、と頬を拭ってから、クレイジージャックはまた身を隠す。
今度こそ、煙幕が消えた。
同時にライアーが飛び出し、腕を振った。瞬間的に消える木々。クレイジージャックはまたしても足場を失った。
「っだぁー! もうそんなぽんぽん木を消滅させんなっ! 環境破壊どころの騒ぎじゃねぇぞこれ! お前少しは考えたことあんのか、そういうの! 泣いてるぞ、色んなのが泣いてるぞ! そのうち保護団体とかやってくるぞ!」
「そこにいたか」
「全部無視しやがった!」
言いつつクレイジージャックは激しく動く。
反対に、ライアーはその場に足を止めるだけ。瞬間、腕をさっと振る。
「――ぐっ!?」
地面が生き物のようにうねり、盛り上がっては落盤する。その凄まじい破壊に、クレイジージャックの足も止める。
それが、ライアーの狙いだった。
悪寒が駆け抜ける。目線が合っただけでこの感覚。たまらずクレイジージャックは昂る。真正面から突っ込みたくなるが、辛うじて自制する。
「死ね」
単刀直入な物言い。
瞬間、衝撃が全身を貫通し、身体が分離を始めようとする。
――これは、俺をバラバラにしようとしてるのか!
ミシミシと痛みが貫通し、皮膚が引き裂かれるのが分かった。
ぶしゅ、と漏れる血の感覚と、新たな痛み。脳神経がかき回されるような異様な感覚に悶えそうになりながら、クレイジージャックは呻きながら地面を転がる。
だが、それで終わる。
「……っつぅ、やっぱり、な……」
自動的にスーツが血を吸い上げ、外に放出する。その影響か、白いスーツに血が滲む。
合わせて、緊急の応急処置がほこどされ、消毒と傷口の縫合が行われた。
クレイジージャックは地面に寝転んだまま、それが終わるのを待つ。
「いってぇ……」
「……どういう、ことだ?」
全身がバラバラにならなかったことを見て、ライアーは今度こそ動揺を見せた。
「はっは、分からないだろ? 教えてやんねぇ」
子供みたいに意地悪を言うと、クレイジージャックは起き上がった。
全身にカオス粒子を巡らせて修復を促しつつ、ざっと後ろにまた跳んだ。動きのキレが悪くなったことに苛立ちつつも、また木の幹に張り付いて隠れる。
「――……だったら!」
衝撃。
今度は凶悪で乱暴な何かに木々の幹が軋む音と共にへし折られ、貫通した衝撃がクレイジージャックを襲う。
まともに喰らえば全身の骨が砕ける程の威力だっただろう。
だが、スーツの硬度を最大にしていたクレイジージャックには、ほとんど効かない。
それでも、クレイジージャックは衝撃に乗って吹き飛ばされ、木に背中を強かぶつけてから地面にずり落ちた。
腰に手を当て、ハンドガンをすぐ抜けるような位置取りをしながら。
飛ばされた場所も良い。ライアーまで遮るものが何もない。
――原因は分からずとも、俺への能力の直接作用がそこまでじゃあないと判断。だったら、周囲に影響を及ぼし、その物理効果でダメージを与える。まぁ、フツーだわな。
自分の能力を良く把握しているからこその対応だ。
クレイジージャックは相手を称賛しつつも、嘲る。その対応は、クレイジージャックには通用しない。最大硬度にすれば、ロケット弾にさえ耐えるスーツなのだ。
「さて、《カナリア》はどこにいったかな、と」
終わったと判断したライアーが視線を逸らした、その瞬間。
クレイジージャックが弾ける。
無造作に、音もなく。ハンドガンを抜き蒼い閃光を放つ。空気が引き裂かれ、ライアーの顔面を叩く。
はずが、何故か閃光がブレてライアーの肩を穿った。
「っづっ!」
有り得ない現象。だが、クレイジージャックは構わなかった。
「はっはー! 簡単に騙されてくれてんじゃねぇぞ、ウブか、ウブなのか!? だったらたっぷりと教えてやんぞ、ベッドの上でなぁっ! それともあれか、こう言う、言っちゃう? 断る。ってさぁ!」
けたたましく嘲りながら、クレイジージャックは全力でダッシュし、接近戦を仕掛ける。
大方のタネは分かっていた。
おそらく、ライアーは認識をズラさせていたのだ。それで致命傷を避けたのだろう。計算外ではあったが、対応可能な範囲だった。
「生きてた……!」
「暗殺者が聴いて呆れるくらいのブービートラップに引っ掛かってくれやがって! お前の能力はもう見切ったんだよ!」
クレイジージャックはいつものように、頭を一番前にしながら突っ込んでいく。
「この僕を前にして、ここまで生き残ったのは、君が初めてだよ」
面白くなさそうに、ライアーがまた手を振る。
それより僅か早く、クレイジージャックが電気を纏い、地面を爆裂させる。
聞こえてきたのは、舌打ち。
だが、爆裂させて噴き上がった土塊が、消える。
クレイジージャックは構わず次々と地面を炸裂させていく。だが、あっという間に土塊は消されていく。忽然と、まるでマジックかのように。
「邪魔だな。僕は《カナリア》に用事があるんだ」
「奇遇だな、俺は《カナリア》に用事なんてねぇ」
言い返すと、露骨にライアーの表情が歪んだ。
「……どういう理由かは知らないけど、僕の能力は君や、君が起こす一部の事象には効きが悪いようだ。それだけじゃなくて、防御力もかなり高い。だから、外から能力で攻撃的な事象を起こしてもダメージが少ない」
「良く分かってんじゃねぇか!」
「でも、それでも僕に見られたくないからって煙幕を作り出すのは、どうしてか」
クレイジージャックは電撃を放つ。だが、それは腕の一振りで消された。
「その防御力には限界があるから? それとも、効きが悪いだけで、やはりダメージそのものは存在しているから? たぶん、両方」
ず、と、地面から泥の腕が幾つも出現し、クレイジージャックの足を掴む。
「……なっ!」
「だったら、どうやれば効くか、試してやろうじゃないか」
ライアーの声に、冷静さが戻った。
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