第18話 激闘の奥で
互いに
もし邂逅すれば、世界が滅びかねない。
クレイジージャックがそう危惧するほど、二人は危険な存在だ。
「なんだ、なんなんだよ、そういう前振りってホント要らないと思うんだけどさ。分かってんのかどうなっちまうのか!」
「ちょっと、何を言って……って」
身を屈めていたサニアも起き上がり、様子を見て絶句する。
既に二人は臨戦態勢。今更止められるはずもない。特に《ボス》の怒りは凄まじく、両腕に纏う黒い籠手からは蒸気のような煙が上がっていた。あれは恐らく《マフィア》が技術の総意で持って作った兵器だろう。
それだけではない。
両足のスーツと革靴が融解し、流線形のブーツが露わになる。あれも《ボス》の能力を強化、もしくはサポートするもの。もはやほとんど肉体と同化しているように見えた。
足音をわざと立てて、《ボス》が近寄っていく。
その足取りは荒々しく、やや前かがみで肩で空気を切っていた。完全にキレたヤカラの詰め寄り方である。
「やべ、逃げるぞ」
全身に鳥肌を立たせたクレイジージャックは、即座に身を翻した。
「え?」
「お前知らねぇのか。アイツの、《ボス》の能力!」
「ああ、そう言えば、異世界の住人には確か一つ、能力が手に入るって……」
人差し指を唇に当ててサニアは立ち止まって思い出す。その直後、クレイジージャックは首根っこを思いっきり引っ掴んでダッシュをかけた。
「立ち止まるな! 俺の言ったことすぐ忘れるのか、それとも三つ以上のことは記憶できなくて片っ端から抜け出す困ったちゃんか? 頭に直接言葉ねじ込んでやろうか!」
「そんなことはっ!」
「だったら今すぐ自分の足でも走れっ! 俺はお前のかーちゃんじゃねぇぞ!」
クレイジージャックはがなりながら離れる。
ちり、と、皮膚が焼けるような感覚がした。
「アイツの、《ボス》の能力は、
言い放った瞬間、《ボス》の黒い腕が展開され一回り巨大化。瞬時に、周囲から蜃気楼が立ち上った。身構えていた《キング》がすぐに動く。
ふわり、と腕を撫でる。
ピキピキと氷が見悶えして凝っていく音を立て、《ボス》の周囲の地面から霜柱が大量に出現したと思えば氷の柱となって《ボス》を串刺しにしようと狙う。
だが、それらは一瞬の内に溶け、ただの水となって散った。
「アイツは自分の周囲の温度を自由に操れる。本来は自分の手とその数センチくらいが範囲だが――あの籠手、機械の力でそれを大幅に増幅してやがる。だから、恐怖の象徴なんだよ!」
次々と空気が凝固し、まるで生きた蛇のような軌道を描いて幾つも迫っていく。だが、その全てが《ボス》の腕の一振りで放つ蜃気楼によって溶かされ、抉られ、消えていく。
ニヤりと、まるで面白い玩具でも見つけたかのような無邪気さの嗤いで《キング》は足を踏みしめた。瞬間、六角形の氷晶が地面に刻まれ、一気に細かく鋭い、氷の棘を無数に出現させる。それは《キング》を守る盾になりながら、武器になる。
一瞬で出現させた反動で、棘が幾つも砕けて空中に舞う。
キラキラと棘が黄昏色を反射して舞う。空気が冷えに冷えて、時間さえ止めるような、そんな中で、《キング》はその両手を激しく動かす。
蠢いたのは、その止まったかのように思えた空気。
「溶けにくいよ、これは」
渦巻く風に運ばれ、棘が次々と襲いかかる!
「だから、どうした!」
忌々しく吐き捨て、《ボス》は拳を強く握って更に強い蜃気楼を放って棘を無効化させたばかりか、熱を強引に吐き出して温度差と圧力差による空気の壁を生み出し、風を弾き飛ばした。
周囲に分厚い氷が展開され、《ボス》は囲まれる。
間髪おかず、氷の壁が刃となりながら容赦なく襲い掛かるが、《ボス》は身体を捻りながら跳躍した。
あの脚のブーツの性能だろうか、爆発的な跳躍。
あっさりと氷の圧迫を回避した。それだけでなく、スーツの内ポケットに隠してあった黒光りのハンドガンを抜き、撃つ。
弾丸は、容赦なく《キング》の顔面を狙っていた。
「へぇ」
恐ろしいまでの身体能力と射撃能力だが、《キング》は驚かなかった。
何せ、自分の周囲には氷の盾があるのだから。銃の弾丸程度、簡単に受け止められる自信が彼にはあった。
――だが。
その氷が、不自然にはじけ飛んだ。
事態を一瞬で理解した《キング》は、目を見開いて氷を生み出す。
刹那、次々と弾丸が撃ち込まれ、片っ端から風船が弾けるように割れ散っていく。
「まさか――《魔術無効化》? そんな高価なものをバンバン使うの?」
「俺は《ボス》だからな」
空中でキックし、《ボス》は一気に《キング》へ迫る。
「やだやだ、暑苦しいオッサン、近寄らないでよね」
氷で足を固め、さらにその氷を高速展開させながら《キング》は異常なアクロバット軌道を描いて距離を取る。その副産物として複雑な氷の彫刻が生み出され、さらにそこから氷の刃と鎌が出現して更に《ボス》の接近を拒む。
その凶悪な刃に対して、《ボス》は握りこぶしを作るだけだった。
胸を張るようにして腕をコンパクトに折り畳む。
そして空中に突き出した拳。
轟、と風が、熱が唸り、刃が砕け溶けて消えていく。
「――っ、ホント、バカみたいだね!」
「ビビって逃げてる小僧よりは遥かにマシだな!」
笑顔が少し崩れた《キング》に、ドス黒い笑顔を浮かべる《ボス》。
二人の衝突は激しい衝撃となって周囲に散り、さっきまでクレイジージャックが潜んでいた場所を氷と熱で薙ぎ払う。
「……なっ……」
「ったく、本気でやんなっちゃうわ、何アレ、人外と人外にも程があんだろ。しかもアレで本気じゃないんだから、マージで勘弁だわ。どんどん俺の存在感薄くなるんだけど」
絶句するサニアの隣で、クレイジージャックは不良座りしながら拗ねた。もうやる気ゼロを示すようにだらんと手を振る。
あの二人が出会えば、世界が壊れる。
それは、誇張ではない。あの二人は全てを破壊する力がある。
「ど、どどど、どうするんですか?」
完全に動揺しているサニアに、エージェントらしさはない。
クレイジージャックは容赦なくその頭を小突いた。
「アホか。俺たちの目的を忘れんな。あくまでも《カナリア》の奪取、保護だろうが。これだけ派手に暴れてくれれば――」
「これは、《カナリア》の匂いだっ!」
クレイジージャックの言葉が遮られ、一人のワニ男が鼻を鳴らしながら立ち上がる。
思わずクレイジージャックはワニ男を睨んだ。
「うん、あのさ、もうホント。お前空気読め?」
「んなこと言ってられる場合か!?」
「言うよ。だって俺だし。俺は俺のカッコいい台詞に被せられるの超嫌なの!」
「クレイジージャック、今はお座りでお願いしますねぇ」
「おいお前今俺を犬扱いしたな?」
クレイジージャックは指を怒りに突きつけながらサニアに迫り、ぴたりと止まった。
おぞましい程の、身震い。
空白。空虚。――絶望。
それを覚え、その方角を見る。
深い藍色に、桃色のメッシュが入った髪。
静謐な黒。
何より、あの人外極まる熱と氷の攻防に、軽々しく割り込み身軽さと無謀さ。
「……きやがったな、ライアーっ……!」
声が絞り出す程度にしか出せなかった。
直後、穏やかな動きでライアーは二人の間に着地する。
そして。
二人の熱と氷の全てを、消滅させた。
落ちる、沈黙。
「まったく、僕の庭で騒がしくしないでくれるかな」
――空使いの、ライアー。
《キング》と《ボス》は同時に認識すると、瞬時に動いた。
ライアーの足元に氷が生まれる。が、消える。
《ボス》が素早く構え銃を撃つ。が、消える。
まったく同じタイミングで、二人の顔が歪んだ。笑顔が消える。だが、猛攻の手は止められなかった。止まれば死ぬ。
理解しているからこその攻撃だ。
「うるさいな」
何かするでもなく。たった一言でその猛攻も消え去る。
「僕の前ではすべてが無意味なことを知っているくせに」
零れる、ため息一つの呆れ。
「邪魔をするな、ライアーっ!」
「なんで君がこんなところに現れるのかな?」
十分に距離を取ってから、二人は猛然と抗議を始めた。かなりテンションが高い。
だが、ライアーは釣られることなく、静かだった。
「ここが僕の庭だからだ。それと……さっきから周囲が騒々しいからね。あれ、君たちの部下だろう。ちゃんと不始末はとってくれるかな」
話す間にも繰り出される攻撃を全部無効化しつつ、ライアーは言う。
「それと……《カナリア》は渡さないから」
その宣言に、二人の表情が、また変わった。
全身に、また殺意が宿る。
まるで空気が震えるくらいに。
「そっか……」
「ならば……」
二人の目が、野蛮に光る。
「「死ねっ!」」
激戦が始まる。
今までとは比にならない氷と熱が放たれる。
それを遠目に見ながら、クレイジージャックたちは《カナリア》を探していた。
あのライアーのことである。
必ず《カナリア》を近くに置いているはずだ。自分の近くこそが、最も安全であると考えているはず故に。その居場所は、ワニ男頼りだが。
肝心のワニ男どもは、大きく迷っていた。
「この近くなんだが……」
「クソ、匂いはするのに、なんでこんなボヤけるんだ……!」
焦燥感を表に、吐き捨てる。
おそらくも何も、ライアーが《カナリア》を能力で隠してしまっているからだ。完全に見つけきれないのはそこだろう。
「おいおい、急げよ。そうじゃないと……」
立て続けに響いていたけたたましい音が、静かになった。やってくる耳鳴り。
不気味なまでの沈黙に、誰もが動きを止めた。
その中で、クレイジージャックだけが肩を竦める。
「あーあ。終わっちまった」
ゆっくりと頭を撫でる。
「そ、それって……まさか、あのライアーを……?」
「んなワケねぇだろ爬虫類。気温下げて冬眠させんぞ」
悪態をついてから、ハンドガンを抜く。
ぐっと視界をズームかけると、広場では《ボス》と《キング》が仲良く倒れていた。しっかり
否、生かしたのだろう。ライアーが。
騒ぎを収拾させるために。
案の定、次々と部下の連中がやってきて、二人を回収する。後は、撤退する気配だ。
あの二人を、ああまであっさりと沈黙させるとは、さすがライアーである。
ワニ男が指を鳴らしたのは、その時だった。
「――ここだ。間違いなく、ここにいる」
ワニ男が指を差したのは、一本の木だ。
「おい、《カナリア》、聞こえてるだろ、分かるだろ、俺だ。ギターのペイタだ」
そう、ゆっくりと声をかける。
すると、その木が揺れた。明らかな動揺の気配を連れて。
「なぁ。帰ろう。俺たちのライブハウスに。しみったれて、汚くて、オンボロで、たまに音響とか、調子悪くなっちゃうけどさ、それでも、自由に音を出せた、あそこに」
声掛けは、それで良かった。
はらり、と、木が、何かのヴェールのように剥がれ落ちる。その特異すぎる現象に、誰もが目を見張る。
「――《カナリア》」
ワニ男が感慨深そうに名前を呼ぶと、くせ毛の強いボブカットの少女は、静かに頷いた。
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