第17話 混乱の最中、思いもよらぬ邂逅

「――やっぱり、来たか」


 宵闇が加速する。

 その中で、豪快に音を立てて突き進んでくるのは、二機のアパッチ。考えるまでもなく《マフィア》のものだ。黄昏色の灯りにしたから照らされ、不気味なくらいのおぞましいフォルムを見せつける。

 だがアパッチは二機だけではない。遠くからも、また新たな音がやってきていた。


 当然のように、《ヨコスカ》は混乱に陥った。


 あんなのがやってくるのは、かつて《ヨコスカ》の支配権を奪おうとして《マフィア》が攻めてきた時以来だからだ。すわ侵攻の再来かと、誰もが迎撃態勢を取る。

 だが、以前と違うのは、そのアパッチが無差別攻撃しないことだ。


 即ちそれは、あのアパッチが目的をもって動いていること他ならない。


 クレイジージャックは物陰に隠れながら、その様子を見守っていた。

 機動に迷いもない。座標もかなりの精度ですでにロック済みなのだろう。そうでなければこんな大掛かりなこともしてこない。

 予想の直撃に、クレイジージャックは顔をにやけさせるばかりだった。


「ほーら、相手から来ただろ?」


 勝ち誇ったかのような物言いに、誰も口は挟まなかった。

 クレイジージャックが提案した、《カナリア》救出作戦の第一段階。それは待つということだった。当然反発が出たが、クレイジージャックは半ば強引に押し黙らせ、そして予想していたことを言い当てることで、納得もさせた。


 ――必ず《マフィア》が動いてくる。その時まで待て。


 ここまで大規模な動きとなると、《マフィア》はかなりの確信を持っている。

 となると、遠からず爆発的な戦闘が起こるはずだ。そもそも《マフィア》の戦闘要員はフル武装した鍛え上げられた軍人プロフェッショナルである。

 伊達で魔法という反則技を扱う連中と渡り合っていない。


「さて、と。作戦の第二段階だ。ド派手に行こうぜ」


 クレイジージャックは静かに告げてから、ケータイ端末を取り出した。

 慣れた手つきでタッチパネルを操作し、送信完了のベルが可愛らしく鳴った。誰もが間抜けた音に辟易するが、クレイジージャックだけがガッツポーズを取った。


「よし第二段階終了だ」

「やってることみみっちいけどな」

「うるせぇ、戦略だ戦略」


 即座にやってきたツッコミに反論しつつ、クレイジージャックは動き出した。

 大通りを跨ぎ、大きい建物の物陰に隠れる。


「けど、本当にあそこなんだろうな? 言っとくけど、地元の俺らでも近寄らねぇぞ」


 無声音で、ワニ男が確認してくる。よほど不安らしい。

 そんな彼の口に、クレイジージャックは人差し指を押し当てた。それからちっちっち、と揺らしてコケティッシュに首を傾げる。


「だからこそ、っつーやつだよ。灯台下暗しって言葉知らないの?」

「けどなぁ、あそこは……」


 言いつつ、ワニ男の目線は迷っている。

 その先にあるのは海、そして、小島。吾妻島だ。現実世界であれば、米軍施設となっており、一般人の立ち入りは出来ない。それが残っているのか、ここ《ヨコスカ》でも誰も近寄ろうとはしない。

 一応、あの黒い海にはバケモノが棲んでいるせいで、物理的に近寄れないのが原因でもあるのだが。


 しかし、その程度の障害、あのライアーなら軽々と突破してみせる。


 だからこそ、隠れ家としてこの上なく最適だ。

 事実として《マフィア》のアパッチはその吾妻島に向かっていた。連中もそこに狙いをつけているのは明らかだ。


「それよりも、そろそろ始まるぜ」

「みたいですね」


 クレイジージャックとサニアの両方に、多数の敵性反応ヴィランシグナルが同時に出現した。瞬間、いきなり空中に炎の矢が出現し、アパッチに襲い掛かる!

 当然のように騒ぎが起こった。

 その様子をほくそ笑みながら、クレイジージャックは観察する。


 これが、クレイジージャックの施した第二段階だ。


 即ち。《ギャング》への情報横流し。

 相手が反応するか際どい部分ではあったが、賭けには成功だ。


 攻撃を受けたとなれば、アパッチたちも黙ってはいられない。海岸線で、いきなり激しい戦闘が始まった。弾丸とロケットが飛び、炎と氷が突き刺さる。

 まさに人外の、ファンタジーの戦争だ。

 これこそが《マフィア》と《ギャング》の戦争である。


 だが、互いに攻撃しつつも、目的は忘れていない。


 実行部隊だろう、互いの何人かは吾妻島を目指していた。

 クレイジージャックたちはそれに便乗する。


「ライアーとは正面切って戦うつもりはない。だから、この混乱に乗じて《カナリア》だけを頂いていく。名付けて漁夫の利作戦」

「そのまんまですね」

「こういう時はストレートな方が良いんだよ、この胸だけ」

「む、むっ!?」

「はいはい、銃を向けなくて良いから。落ち着け」


 即座にホールドアップしてクレイジージャックは怒りを露わにするサニアを宥めた。

 その間にも事態は進行していく。

 海岸線では爆発が飛び交い、凄まじい衝撃波に乗って悲鳴が聞こえてくる。けたたましいまでの怒号、銃声。漂ってくる、不快な香り。これには地元の連中も黙っておらず、多くの怪物たちが乱入していった。


 当然、戦況は大混乱に陥る。


 それだけでなく、海上でも争いが勃発していた。

 凄まじいばかりの振動は当然海にも広がり、海面が突如として異常に盛り上がる。出現したのは、鯨と見紛うほどの大きい口。海に棲む、正真正銘の魔物モンスターである。

 姿を見せただけで、周囲に津波に近い波を巻き起こし、次々と船を転覆させていく。

 魔物モンスターのその目がギョロりと海岸線の戦争を睨みつけると、炎と氷の魔法とロケットが次々に着弾した。


 黄昏が、血に染まっていく。


 魔物モンスターの悲鳴はもはや重低音のサイレンだ。耳を塞がないと鼓膜を破られそうになるくらいだった。

 戦況は狂想曲のように、混沌と化していく。


「あー、いいねいいね。本当にサイコーだ」


 クレイジージャックはその混沌を楽しみながら、まだ見守る。

 目的はまだ達していない。

 奴等を煽って派手に戦闘させたのは、場を混乱させ、相手同士で足の引っ張り合いをさせるだけではないのだ。


 ただ、待つ。


 終わりを告げる使者がやってくるのを。

 だが、本当に出てくるかどうかの確信はない。何せ、ライアーに関する情報が少なすぎるのだ。クレイジージャックは関わりを持とうとしなかったが故に、余計だった。

 うずうずしていると、サニアがため息を漏らした。


「参加しちゃダメですよ?」

「分かってるよ! お前は俺のママか何かか!」


 咎めに反応すると、ケータイ端末が着信を報せた。メッセージだ。

 さっと見ると、小馬鹿にしたような絵文字が一つ。クレイジージャックと、のぞき見してきていたサニアは同時に首を傾げる。


 まさに刹那だった。


 爆発音にも似た、水が固まっていく軋音。

 戦場に突如として出現したのは、そんな歪で巨大な氷の柱。

 空気が一気に冷やされ、嵐にも冷たい似た風が吹き荒れる。スーツが一瞬にしてヒーターをオンにして温めていく。


「さ、寒っ、寒っ!」


 だが、その機能がないワニ男たち――見た目からして寒さに弱そうだ――は一斉に凍えた。ガタガタと大袈裟なくらいに震え出す。

 不憫ではあるが、気にかけてやる余裕はどこにもない。


「こんな大掛かりな氷を生み出せるなんて……そんなのアイツしかいねぇわな」


 クレイジージャックは半ば呆れながら手を軽くあげた。これは予想外だった。

 クラウンマスクのズーム機能が働き、その巨大な氷柱の上に立つ、一人の男を映し出す。クレイジージャックと違って、どこまでも冷酷な嘲笑。


「……《キング》!?」

「あんな大物、呼んだ覚えはねぇんだけどな。ホント」


 クレイジージャックは苦笑しながら言う。

 確かに《カナリア》に関する情報を《ギャング》側にリークはした。そうすることで乱入させ、混乱状況に陥れる。

 ここまでが狙いだった。

 しかし、あの《キング》はそこまで見抜いた上で自ら出っ張ってきたのだろう。クレイジージャックは少しばかり《ギャング》の知能指数を見誤っていたらしい。


「《カナリア》は僕がいただくよ」


 誰に言うでもなく、《キング》はそう宣言して手を掲げた。

 風が踊り、楕円を描くようにして氷の橋が出来上がっていく。行き先は言うまでもなく吾妻島だ。合わせて、その氷の柱に魔法使いたちが次々と這い上がってきていた。


 一斉に突入させるつもりか!


 即決。クレイジージャックは舌打ちして後を追うことにした。


「いくぞ、ここが動き時だ!」

「ちょっと、クレイジージャック!」

「これ以上は俺のセンサーがビンビンになりすぎてイカれちまいそうなんだよ! ここを逃したら先を越されちまう! どうなるか読めなくなるぞ!」


 そう焚き付けてから、クレイジージャックは海へ向けて走り出す。

 慌ててサニアと、凍えながらもワニ男たちもついてくる。

 クレイジージャックは海岸に係留されていたボートに飛び乗った。すぐにロープを切り離し、エンジンをかける。バケモノは未だに《マフィア》と《ギャング》の連中と激しい戦闘を繰り返していて、その身を血塗れにしながらも吠えている。


 チャンスは、今しかない。


 混乱に乗じて、クレイジージャックたちはボートを走らせた。

 だが、それよりも早く、《キング》が上陸する。海岸線の付近を氷に閉ざし、優雅に着地していた。


「いつの間にあんな高速で移動を!」

「アホか。《キング》は《絶対零度アブソリュート》の使い手で有名だが、他の魔法も漏れなく習得してんだよ。そこらへん応用したら、あれくらい出来るだろ。お前魔法をなんだと思ってんの? 本気でチートだぞあれ」


 驚くサニアに、クレイジージャックは器用にボートを操作しながら答えた。

 海岸線から島まではそう離れていない。

 すぐに到着し、クレイジージャックは島の海岸線に乗り上げた。砂浜らしい場所はほとんどないので、着岸できる場所はかなり限られる。当然、主戦場となっているエリアからは離れているが、少し距離が出来た。


 その分タイムロスはしてしまうが、取り戻すしかない。


 上陸をさっさと済ませ、さっと島の森の中へ紛れ込む。それから道沿いに進み、まずは《カナリア》探しである。

 表では、未だに凄まじい喧噪で、時折衝撃で揺れる。


 ここで頼りになるのは、ワニ男たちだった。


「おい、お前ら本当に大丈夫なんだろうな。あーくそ、また虫がつきやがった。触るな寄るなっつーの、俺は虫にモテたくないの。分かったならどっかいけ」

「任せろ。俺たちの鼻はヤツがどれだけ隠しても《カナリア》の匂いを嗅ぎ取る」

「この濃い緑の中でも分かるんですか?」

「当たり前だ」


 自慢げに言いつつ、ワニ男は鼻をスンスン鳴らした。


「何、《カナリア》ってそんなに臭いの? だったら近寄りたくないかな」

「んなワケねぇよ汗かいてもフローラルだよ!」

「そう、それは良かったな」


 若干どころではなく引きつつクレイジージャックは話題を切った。

 とにかくワニ男たちの先導で森の中を進む。


 そして。


 衝撃音が、森の中を突き抜けて来た。

 反射的に全員が伏せる中、冷たい風と熱い風がごちゃごちゃに混ざって周囲を荒らす。


「おいおいおいおい、ホント、おいおいおいおい」


 物陰に隠れつつ様子見をして、クレイジージャックは顔をひきつらせる。

 いや、可能性としては考えていた。

 だが、極端に低いとも考えていた。


「この……クソ餓鬼どもが。人様の任務に茶々を入れるとは、良い度胸だ」

「おーおー怖い怖い。やだなぁ、キレる大人って」


 黒く流線形の装備を施した男と、全身から冷気を放つ男。

 木々の奥に広がるちょっとした広場で、《ボス》と《キング》は対峙していた。

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