第12話 ズルい大人の交渉

 赤外線カメラが、黒装束の武装兵士を捉える。

 特殊部隊もかくやというその恰好だけで分かる。《マフィア》の連中だ。自衛隊のように訓練されたその動きから、そこそこ名のある部隊だろう。


 そこまで判断して、クレイジージャックは駆けだした。


 斜め前へ、つんのめるようにしながらも、身体をしなやかに投げ出しながら加速。さらにハンドガンを抜いた。チャージは終わっている。

 相手の数は五人。

 一目で数えてから、躊躇なくアサルトライフルを構える一人に青白い閃光を放った。


 片手が跳ね上がる反動のついた、高威力の一撃。

 先制攻撃は容赦なく兵士の胴体をアサルトライフルごとぶち抜いた。


「ぐぁっ!」


 上がる悲鳴。

 兵士は吹き飛ばされ、屋上のドアに叩きつけられた。煙が上がり、装甲も窪んでいるが、それだけだ。軽く吐血しながらも、兵士はよろよろと起き上がった。


 ――あの一撃を耐えるとか、どんな耐久力してるんだよ! サイコーだな! 愛してる!


 クレイジージャックはテンションを上げて加速する。

 兵士たちは既に動いていた。

 クレイジージャックを囲む様にしてアサルトライフルを構えて放つ。


 即座に硬度を上げるが、予備動作もほとんどなく火が噴き、次々とクレイジージャックの全身を襲う! けたたましい音がして、衝撃と僅かな痛みがやってきた。

 硬度の上昇が間に合わなかった。

 衝撃に負け、クレイジージャックは前につんのめって転がる。


「いた、いたたたたっ、お前ら、ひっでぇな寄ってたかって! もう容赦してやんないんだからな!」


 子供のようにがなりつつ、クレイジージャックは転がる勢いを利用してジャンプ。更に拳を叩きつけて地面のコンクリートタイルを何枚も剥がし、水面蹴りの要領であちこちに蹴り飛ばす。

 破片の奇襲に銃撃が止む。

 その刹那を狙って、クレイジージャックは着地してハンドガンを二発、僅かな時間差をつけて放った。突き進む青白い閃光は、顔面を庇っていた兵士の胴体を貫通し、さらに第二射が突き刺さってトドメを刺す。


 ――さすがに、二発目は受けきれねぇようだな!


 確信しつつ地面を蹴る。急加速し、一撃目を受けてヨロめいていた兵士に飛び掛かった。


「ちょっとゴメンよっ! 数を減らしたいんだ、悪ぃね」


 まるで誰かを追い越しでもするかのようなノリで、クレイジージャックはナイフを抜きその喉を掻っ捌いた。

 これで二人目。

 冷徹に数え、返り血を浴びたクレイジージャックは三人目に取りかかろうとする。

 同時に、サニアも我に返って両手を銃に作り変えていた。これで勝ちは確定だな、と安堵した瞬間、また気配が生まれた。


「そこまでだっ!」


 声が衝撃波となり、全員の動きを一瞬だけ止める。

 その間に、黒服の連中が乗り込んで来た。


「ここにきて、増援か? 俺、そういうメンドくさいの超キライ」


 クレイジージャックは挑発しつつ、身構える。

 今度は武装していないので、すぐに始末できるはずだ。どう倒すかの算段をつけていると、黒服は腕を上げて何か指示を下す。

 とたん、武装集団が攻撃を停止させた。反射的に、クレイジージャックとサニアも攻撃を停止させた。

 どうやら上位者は黒服の方らしい。


「あ?」


 不審になっていると、黒服の一人が前に出て来た。ご丁寧なことに、両手をホールドアップして。あからさまな敵意の否定に、ますます訝るが、クレイジージャックには関係のないことだ。

 素早くハンドガンを構える。武装集団を制止出来るのだ。ただものであるはずがない。加えて、彼の動き。一切の無駄がない。

 後一歩踏み込んできたら撃つ。勝手に線引きして、クレイジージャックは息を止める。


「手荒な真似をして済まなかった。魔法使いが変身していないかどうか、試しただけだ」


 寸前で気付いたのか、黒服は足を止めてさっと早口で言った。

 カン付いたのか、偶然か。

 ギロりと睨みながら、クレイジージャックは続きを促す。


「それで?」

「本物だと確信したよ。まさかこの一瞬で二人も仕留められるとは思わなかったが」


 だとするならば、クレイジージャックを過小評価している。

 最新鋭の科学技術どころか、未知の技術まで組み込まれた彼のスーツは、この異世界ニアでも特異な存在だ。加えて遠慮の欠片もなく、高度な戦闘技術を持つクレイジージャックが使えば、どうなるかぐらい想像もつくだろう。

 もっとも、そんなスーツを着用している、というのは知らないのだろうが。


「それで、《マフィア》の連中がこんな歓迎までしてくれて、何の用事なんだ?」

「正体まで見抜いてくるとは、恐れ入る。それならば話は早いな」


 黒服の男は笑みを作る。が、サングラスの向こうの目は笑っていない。


 ――こういう手合いは話は早いがやりにくいんだよな。


 正直に苦手意識を出しつつ、クレイジージャックは警戒を解かない。

 さっきまでやり合っていた《ギャング》よりも数段、交渉と言う言葉を知っているからだ。うっかりは許されない。

 黒服は無造作に上着のポケットへ手を差し入れ、電話を取り出す。


「電話だ。《ボス》と繋がっている」


 ――《ボス》。

 黒服の言う人物はただ一人だ。《シンジュク》を恐怖で支配する男――《マフィア》のリーダー、《ボス》だ。


「ホント、今日は大物とばっか話すことになるな。なんだ、今日はツイてんのか? いや厄日だな厄日。マジで最悪だ。ちょっと俺お腹いっぱいなんだけど。明日にしてくれない?」

「電話だ。《ボス》と繋がっている」

「おいおい、何でいきなり特定のセリフ以外離さない村のNPCみたいになってんの? それとも何? 俺のお腹を下させたいの? どんなドSだよ」


 呆れるが、クレイジージャックはハンドガンの構えを解かない。

 とはいえ、ここでこれ以上一戦を交えるのは、良くない。まだ近くを魔法使いどもがうろついている可能性が非常に高いからだ。

 だからこそ、相手もサイレンサーを付けて攻撃してきたのだ。


『随分と口の回る男だな、クレイジージャック』


 何とかして切り抜けようと思索していると、電話から声がした。どうやらスピーカーモードのようだ。

 これは強制的に話すイベントらしい。

 もちろん無視して切り抜けても構わないのだが、そうなると戦闘になる。


 おそらく、この町を巻き込むレベルでの規模で。


 試しにレーダーで調べると、夥しい敵性反応ヴィランシグナルが出ている。同時に、兵器類も平気で使ってくるだろう、それこそアパッチのような。

 こんな組織的に動く連中を、ヴィランと呼ぶのが正しいかどうか、疑問にはなるが。


「よぉ、《ボス》。こんな形で会話することになるとは思わなかったぜ」

『俺もだ。それよりも、随分と派手にやってくれているようだな?』

「先に言っとくけどアパッチ撃墜したの俺じゃねぇからな」


 すかさず言い返すと、スピーカーの向こうで嗤いがやってきた。


『構わん。また《ヨコスカ》でコピーすれば良いだけの話だ』


 兵器のコピー。

 それはおそらく、この異世界ニアを構成する生命体群の特性を使っているのだろう。そもそもこの世界そのものが現実世界の模倣だ。それぐらいやってのけるだろう。

 クレイジージャックからすれば当然だが、サニアにとっては新しい情報らしく、密かにメモを取っている。


「あっそ。それで? 悪いが《カナリア》関連の協力依頼とかは願い下げだぞ。ちょっとしたトラウマだ」

『成る程。カキ氷と話をしていたのはそれか』


 上官にも似た悪声を放ち、《ボス》は納得したように声を放つ。カラン、と氷が鳴る音がした。ウィスキーでも決めているのだろうか。そう思うと少しムカついた。

 今頃、優雅にクソ高いソファに腰かけて足でも組んでいるのだろう。

 容易に想像がついて、クレイジージャックは身勝手に不機嫌になる。


『安心しろ。俺はそんなガキみたいなことは言わん。我々の目的はただ一つだ』

「目的?」

『そう。《カナリア》の抹殺。それだけだ』


 あの《キング》とはまた違った爆弾発言に、クレイジージャックは呆気にとられた。

 まさか、ある意味で異世界ニアにおいては希望とも言える存在を抹殺しようとするとは思いもしなかった。本当にこの世界はぶっ飛んでいる、とクレイジージャックは嗤う。


「おいおい、なんでそうなるんだよ?」

『我々は逆に考えただけだ。もし、噂通り、自由にタイムラグなしで異世界への扉が開かれたとしよう。そうなればどうなる? 自由に行き来できるようになる。つまり――向こうの世界からも自由に干渉してこれるようになるワケだ』

「まぁ、そうだな」

『つまり、向こうからの侵入を許す可能性があるということだ』


 鋭い指摘に、クレイジージャックは唸りそうになった。

 事実だからだ。

 もし《ブレイク》が恒久的に出現したとなれば、非常事態にも程がある。自衛隊はともかく、米軍がまず黙っていないだろう。なし崩し的に自衛隊も協力する可能性も十分にある。

 専守防衛の観点でも、《ブレイク》による恒常的干渉は本土への直接攻撃と受け取っても差し支えない。


『つまり、全面戦争になる可能性がある。そうなれば、まず我らに勝ち目はない』


 前時代的な、まるでトランシーバーみたいなケータイ端末の向こうの《ボス》は警戒を臆面もなく出す。

 クレイジージャックは興味深そうに嘲笑うクラウンマスクの奥で目を細めた。


『我らがいかに武装しようが、魔法使いや怪物ども、機械人種どもがいようが、弾道弾を一定数撃ち込まれればそれでお仕舞いだ』


 どこで、そこまでの戦力があると知ったのだろうか。もしかしたら、生命体群が模倣した中に、何か現実世界の情報でも掴んだのだろうか。

 やはり侮れない。

 冷徹に評しつつ、クレイジージャックは続きを促すように見守る。


『もちろん抵抗はするだろうし、痛手を与えられるだろうが……敗けは見えている。そっちからすれば我々は邪魔な存在でしかない。端的に根絶やしにするだろう? もし外交があるとしても、友好的交渉はありえまい。ならば、そのような危機的状況を許すわけにはいかないだろう』

「……だから、《カナリア》を殺すと?」

『そうだ。危険因子は排除するに限る。どうだ、悪い話ではないだろう? これは我らからの正式な協力要請と思って頂きたい』


 麻薬的な言葉だった。

 いかにも正式な手続きを踏んでいるのだと錯覚させられそうである。だが、所詮おためごかしに過ぎないとクレイジージャックは知っていた。

 随分と保守的な思考だが、その実、拮抗するようであれば攻め立てるといっているのだから。


『言っておくが、これは頭を下げてお願いしているわけではないぞ。もし全面戦争になるのであれば、覚悟を決めるまで。ただで負けてやるつもりはないぞ』


 最後の言葉は脅しであり、宣言でもある。


「……正式な要請であれば、ここでの判断で可否は決められないわ。一度戻って、然るべき検討をしないと……」


 当然と言えば当然のサニアの返事。おそらくクレイジージャックへのアドバイスのつもりもあったのだろう。

 だが、クレイジージャックは刹那的に察していた。


 それが、罠だと。


 クレイジージャックは言葉を挟もうとしたが、それよりも早く《ボス》が動く。


『いいや、ダメだ』


 待っていたかのようなタイミングだ。


『俺は待つのが嫌いなんだ。今、ここで判断してもらう』

「そんな……!」


 クレイジージャックは理解して、静かにため息をついた。


「全部、全部知ってた上で言ってるだろ。思った以上に粘着質なことすんだなお前。さてはチューインガムか? しかもあの包装紙掴んだら指挟まれるヤツ」

『好きに言え。さぁ答えをここで出せ』

「おっと、撹乱作戦失敗」


 おどけつつ、クレイジージャックはその状況を楽しむ。すでに電波を飛ばして上官に報告はしているが、即座の対応は難しいだろう。

 今ごろ蜂の巣をつついたように騒いで、上への報告をしているはずだ。

 だからこそ、クレイジージャックは待ちを選んだ。


「そんな……でも……」

『貴様らの都合など知ったことではない』

「だったら、俺も知ったことじゃねぇな」


 なんとかして時間を作ろうと、及び腰になるサニアに、《ボス》が冷たく否定する。

 瞬間、待っていたと言わんばかりの勢いで、クレイジージャックはそう言ってのけた。


『……なんだと?』

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