第11話 大脱走の末
「サニアは全力で回避運動しろ! 迎撃は俺がする! 初めての共同作業だ! しっかり息合わせて喘げよっ!」
「は、はいぃっ! っていうか、やっぱり重いっ……!」
セクハラ発言に気付かない程テンパっているのか、サニアは情けない返事を裏返った声でしてから、アクロバットな回避運動に出た。
ぐるぐると定まらない視界の中でも、空中から敵の魔法が飛んでくる。
炎、稲妻、水、氷。高性能なレーダーのおかげで、風まで見える。
それらを縫うように、掻い潜らせる射線を取ってクレイジージャックはハンドガンを放つ。青白い閃光は、一瞬で敵を撃ち落とした。
この一発で良い。
そうすれば、狙いは一気にクレイジージャックへ降り注ぐ。
「おいサニア、武器作れるか? ハンドガンだけじゃあサイクル回せねぇや」
「可能ですけど、物質が……!」
「任せとけ。ちょっとだけ高度下げろ」
クレイジージャックは次々と飛んでくる魔法に怯む様子一つ見せず、簡単に言う。
サニアは錐もみ回転しながら必死に下や左右からの攻撃を回避しつつ高度を下げる。目まぐるしい中、これだけの機動が出来るのはOSのサポートあってこそだろう。
クレイジージャックは両手から電撃を放つ。
それらは近くに迫ってきていた敵を撃墜するが、ほとんどが看板に直撃する。
そして、無理やり引っ張って引き剥がした。
「ほら、物質だっ!」
「なんて乱暴な……でもっ!」
引き寄せられた看板に干渉し、サニアは見事なチェーンガンを生み出した。弾丸もバッチリである。
これにはクレイジージャックも歓喜するしかなかった。想定以上の大物である。
早速キャッチして、クレイジージャックは高らかに嗤いながら引き金を絞った。
凄まじい反動がやってくるが、スーツが素早くフォローする。
結果、やってくるのは僅かな振動だ。
そのおかげで安定したチェーンガンは、容赦なく空を舐め、地面を舐め、血の霧を生み出していく。三〇mm機関砲である。人間など、一撃でミンチだ。
「あーっはっはっはっはっはっは! サイッコー、マジでサイッコー!!」
クレイジージャックの異常性は、やみくもに射撃しているわけではない部分だ。
きっちりポイントし、最大限相手に被害を与える。
クレバーで殺意に満ちた行為でもあるが。
だからこそ、いずれ限界が来ることも察していた。この射撃も対策を取られたら終わりだ。今、この混乱しまくった状況で、先手を全部こっちが取っているからこその所業である。
「さて、と」
凶悪な弾丸を振り撒きながら、クレイジージャックは周囲をサーチする。
ここは《シブヤ》。敵の本拠地だ。隠れる意味がない。
で、あるならば、相手がそう大挙して押し寄せられない場所へ逃げるのが最善だ。
「とりあえず、《ススキノ》か《アキバ》に逃げるぞ。ベストは《ススキノ》だな!」
「それは分かりますけど、どうするんですか!? ドアは地上ですよ!」
そう。町と町とを移動するためには、違いを繋ぐワープゲートのようなもの、ドアを潜る必要がある。相手も当然、そこを使って逃げることは読んでいるので――おそらく《キング》が素早く指示を出すはずだ――ガードも固めるはず。
よって、時間をかければかけるだけ不利になる。
となるとやることは一つ。強行突破のみだ。
「――見つけた!」
サーチで発見し、クレイジージャックは素早く位置をサニアに報せる。
だが、相手も素早く、既に防御を固めようとしていた。魔法で露骨に壁を生み出している場所もある。
装甲が分厚そうな場所は無視し、まだ比較的薄い場所を選ぶ。
「俺が突破口を開くし見本を見せる。ちゃんとついて来いよ」
有無は言わせないし、ぐだぐだも言わせない。
その精神で、クレイジージャックは即座に行動へ移す。
チェーンガンをぶっ放して敵を軽く掃除し、時間を稼ぐと同時にサニアから離れる。チェーンガンを足場にして稲妻を生み出して接地、充分なタメを作りつつ、スーツの硬度を最高に引き上げた。
「って、まさか……!?」
「そのまさかってヤツだ。人間弾頭? ちっち、違うな」
まるで子供が新しいおもちゃを手にしたかのような嬉しさを表現しつつ、クレイジージャックは反動を最大限に活かして跳ぶ。
チェーンガンが破砕されるが、構わない。
それだけの凄まじい加速を得られたのだから。
「はっはっはァァァ――――ッ! 最っ高にイカしてるってヤツだァァ――――っ!」
景色が流線形に変わり、まさに一直線。ただ一直線。
クレイジージャックは盾になろうと立ち塞がった連中を蹴とばし、骨さえぶち砕きながらドアを蹴破った。
全身を気持ち悪い感覚が包み、加速が急速に収束していく。
真っ暗闇が、いきなり終えた。
開けた視界は、アニメのキャラクターが軽やかに踊る広告看板の目立つ、ネオンサイン。
言うまでもなく《アキバ》だ。
即座に理解し、クレイジージャックは着地する。合わせて人間としての原型を留めていない魔法使いたちが地面に転がるが、それはどこかへ投げ飛ばしておいた。
「ひゃああああっ!?」
放り投げだされるようにして、サニアが空中へ踊る。クレイジージャックは素早く回収してステルスモードに移行。二つほど移動したビルに貼りついて屋上へ登った。
当然のように追手が差し向けられるが、遅い。
クレイジージャックは気配を殺しつつ、サニアを連れて屋上へまんまと逃げおおせた。
鉄骨作りの広告をすりぬけ、屋上のど真ん中でクレイジージャックはサニアを投げ捨てた。呆気にとられていたサニアは、情けなく尻餅をつく。
「あいたっ。ちょっと、ヒドいですよぉ」
「いつまでもボーっとしてるからだろ。胸を揉まれなかっただけマシと思えっておい待て撃つな撃つな絶対に撃つな。今撃ったら居場所バレるだろうが!」
「ぐっ……」
電光石火の動きを見せたサニアに、クレイジージャックは両手をホールドアップしながら諭した。サニアは唸りながらも不満を押し殺す。
変化させた手を戻したのを見て、クレイジージャックも冷たい地面に座り込んだ。
常に夜のせいか、コンクリートは常に冷たい。スーツの耐性を下げているので、ひんやりと感覚が伝わって来る。
今この時は、その冷たさが嬉しかった。
さすがに全身が火照っている。あれだけの立ち回りをしたのだ、当然と言えば当然だ。
クレイジージャックも安堵の息を吐いた。
「はっは、あー、面白かった」
「面白かったじゃありませんよ。一歩間違えていれば死んでましたよ?」
「だろうな。作戦が上手くいってくれて良かったぜ。さすが俺」
自画自賛を忘れない辺り、クレイジージャックである。
「呆れる余裕はないですね。無茶苦茶やったからこそ、切り抜けられたんですよぉ?」
「無茶でもなんでもねぇよ。俺はやりたいようにやっただけだ。それに、相手を乱して突き崩すのは、多勢に無勢の基本戦略だろうが」
「そりゃそうですけど、物事には加減っていうものがあるんです」
「何言ってんだ。ちゃんと忖度した結果だろうが」
「裏切りまくりましたけどね……それにしても疲れた……重くてギリギリでしたよぉ」
サニアはがっくりと項垂れた。
とにかく疲労感が強いらしい。時間を確認すると、これまた結構経過していた。そろそろ一旦帰還することを考えても良いだろう。
「ま。《ギャング》にあれだけ盛大にケンカ売ったんだ。ほとぼり冷めるまで隠れるっていうのも必要だろうしな。関係なく戦いまくるってのも乙だけど」
「全然乙じゃありませんし、効率的じゃありませんよぉ」
愚痴るようにサニアは反駁してきた。どこか投げやりでもある。
これは本格的に休息が必要だな。とクレイジージャックは判断する。明らかに集中が切れている証拠を見つけたからだ。
クレイジージャック自身も、相応に疲労を覚えている。少し糖分が欲しいところだ。
「けど、分かったこともある」
背中のバックパックから、固形レーションを取り出しつつクレイジージャックは分析を口にし始めた。どうせ録音機能もある。情報を纏めるには有効だ。
「分かったこと?」
「少なくとも《カナリア》は《シブヤ》にはいない。これの確証が取れた」
マスクの笑顔の口部分が消え、口が露わになる。クレイジージャックはカロリーメイトのような形をしたレーションを放り込んだ。ついでに水も摂取する。
サニアもそれに倣い、レーションを取り出し始めた。
「どういうことです?」
「可能性としては、まだ《シブヤ》の全域を調べ尽くせてない可能性があったんだが、《キング》のあの立ち回りを見て分かったんだよ。少なくとも自分が息のかかっている場所にはいない。だからこそ、俺に協力を持ち掛けて来た」
色々と賢しく動く《キング》のことだから、自分の領地内と、他人の領地内の両方の捜索を同時に行っている可能性を、クレイジージャックは疑っていた。だが、それは完全に否定された形だ。
それはつまり、《カナリア》が敵対勢力である《シンジュク》にいる可能性を疑っていることでもある。確かにクレイジージャックなら《シンジュク》へ堂々と入れる。今回の一件で《シブヤ》には行けなくなったが。
ともあれ、《キング》がクレイジージャックへ本当に求めたものは、その身軽さであることに間違いはない。
「それと、俺たちが持ってる《カナリア》の情報と同等には持ってるってこと。ってことは、少なからず足跡を見つけてるってことだ。にも拘わらず、その足取りを追うことが出来ていない。まるで神隠しにでもあったかのように」
「《カナリア》はよほど上手く逃げてるんですね」
頷いて、クレイジージャックはさらにレーションを齧る。
「だな。あーくそ、ピザ味のレーションくっそマズいな」
「なんでそんな爆弾味を選んだんですか……私のは普通にフルーツ味ですよ」
「うるせぇ、男には挑戦しないといけねぇ時があるってもんだ」
それでも食べるのは、栄養補給を優先している結果だった。
マズいのもまた一興。彼の考えである。
一気に喰い終え、咀嚼も程ほどに水で胃袋へ流し込んでから、クレイジージャックは続きを口にする。現実世界へ戻ったらスープカレーカムイを食べにいくことを誓いつつ。
「それと同様に、同じく動いてる《マフィア》にも推測が立つ」
「……あ、なるほど」
クレイジージャックは親指で口を拭いながら、一度だけ頷く。
「《マフィア》はアパッチを繰り出すくらい、《カナリア》の捜索に力を入れてる。下位組織を二つ潰しただけであの反応だ。アレルギーに近い。ってことは、もう《シンジュク》内は徹底的に洗った後なんじゃねぇか」
残念ながら、クレイジージャックに《マフィア》のリーダー、《ボス》との面識はない。だが、その人物の人となりは幾らでも耳にしてきた。
あの《キング》とは別種の、冷淡さを持ち合わせた、ある意味で統率のカリスマ。
力で制御する《キング》と違い、《ボス》は恐怖で統一している。
冷淡、残酷、残忍。
とにかく悪い性格しか耳に入ってこないが、だからこそ、誰からも恐れられていることが分かっている。そこまで徹底できるのは中々ない。
そこから、クレイジージャックは《ボス》がかなりのキレ者であると分析していた。
「だから、外部に情報を求めている、と?」
「だろうな。必然的に、《シンジュク》にも《カナリア》はいない」
残るは《アキバ》《ススキノ》《ヨコスカ》の三か所だ。
これだけでもかなり広大であることに違いはない。
どこから探すのかは、一度戻って作戦会議を開く必要があるだろう。それと、時間との闘いであると認識もした。クレイジージャックは即座に回線を開く。相手は上司だ。
『なんだ、クレイジージャック』
「無茶を承知で言う。俺たちが帰った後、少なくとも一晩でまた突入できるようにしろ」
『アホを抜かせ』
当然のように否定がくる。その悪声も相まってムカムカするが、クレイジージャックはそれをセーブした。
「三日じゃ遅いんだよ、分かれ」
『それだけ逼迫してるってことか』
「どうせアンタのことだ、同じような設備をどっかで持ってるだろ。例えば、すすきのとか、横須賀とか」
勘繰ると、答えは一瞬だけ止まった。それだけで十分な答えだ。
『……随分と、無茶をさせるのだな』
「世界の命運が掛かってるんだぜ?」
『報告は後で聞こう。準備はしておく』
それきり、通信が切られる。早速動いてくれるのだろう。
「こっからは時間との勝負だ。行くぞ」
「は、はいぃ」
クレイジージャックがそう促した直後だった。
レーダーが敵意を察知して警告音を鳴らし、一秒と待たずに屋上のドアが蹴破られる。夜の世界へ紛れ込むようにして飛び込んできたのは、黒く、全身武装した兵士たちだった。
緊張が、高まる。
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