第9話 バカじゃねぇの? いやサイコーだ!

「んな、な、なんでぇぇぇえ――――っ!?」

「チィッ!」


 迫るロケット弾は、一発ではなかった。

 明らかに建物事二人を仕留めるつもりの、殺意に満ちた攻撃だ。


 白煙を上げ、殺意のロケット弾が大量に迫って来る。


 その中で、クレイジージャックは舌打ちをして跳躍、ついでに怯えて立ち尽くすサニアを片手で拾い上げる。助けるなんて、ガラではない。だが、放置も出来ない。

 直後、轟音が幾つも立て続けに響いた。

 刹那にして爆風と爆炎が周囲を破壊し、視界が覆われる。身体の制御など出来るはずもなく、ただ翻弄された。


 ――くっそ、さすがにやってくれる! バッカみてぇだ!


 クレイジージャックは即座にスーツに流れるエネルギーのほとんどを強度増大に当てる。次々と爆風と熱、瓦礫が襲ってくるが、その全てをスーツは弾いた。

 だが、サニアはそうもいかない。生身だ。

 仕方なく、彼はなるべく彼女を包み込むようにして覆いかぶさるしか出来なかった。


 だが、それでも重傷は避けられない。


 辛うじて息をしていて、処置が可能であれば、即座に退避。《ブレイク》を通じて現実世界へ戻る。それが彼の下した、至極当然で冷静な判断。人命優先の。

 そんな自分に嫌悪しつつ、クレイジージャックは逃げるためのルートを探ろうと頭を回転させ、唐突に背中へ叩きつけられたとんでもない衝撃に空気を吐き出した。


「かはっ!?」


 辛うじて、スーツは破壊されていない。だが、何度も受け続けていては、危険。そう判断せざるを得ない威力。

 脳裏に浮かんだのはアパッチのカタログスペックで、すぐにチェーンガンだと当たりがついた。あれでこの爆風の中、正確に着弾させるなど信じられないことだが、それを可能とするのがこの狂った異世界ニアである。


「くそがっ……!」


 舌打ちして悪態をつくと、いきなり内側が暴れた。

 なんだ、と思うより早く、内側――サニアはクレイジージャックを突き飛ばして離れた。


「自殺行為か!?」

「そんなの、エージェントらしくありませんっ……! もうっ!」


 サニアは苛烈な表情の中、全身を光らせる。

 どこか見慣れたその光は、カオス粒子であると即座に分かった。同時に湧き上がる疑念。どうしてサニアが、それを使える――?

 思う暇はない。

 クレイジージャックの身体は自然と動く。

 ハンドガンを抜き、凄まじい速度で迫って来る瓦礫を撃ち落とす。さらに足場になりそうな岩場に貼りついて盾にしつつ、一呼吸おいてから稲妻を全身に宿した。


「お前らがやりそうなこと、読めてるんだよっ!」


 ほとんどカンに身を任せ、クレイジージャックは爆風に面向かうように飛び出し、稲妻に指向性を持たせて放つ。

 耳の鼓膜が振動して痺れる中でも分かる、空気の切り裂く悲鳴。

 爆発の光にも負けない稲妻は、不規則に世界を切り刻みながら一点を突き刺す。


 直後、爆轟がまた起こった。


 今度はロケット弾の規模ではない。新たな爆風が襲いかかる前に、クレイジージャックはまた大きい瓦礫に隠れた。

 内心でほくそ笑みながら。


「やっぱり……! 対戦車ミサイル、ヘルファイア! 当然撃ってくるよなぁ! さいっこーにクレイジー! でもそういうの好き!」


 ――《シンジュク》の《マフィア》なら、間違いなく!

 迎撃に成功した高揚感の中、クレイジージャックは逃げるための算段を再び考える。アパッチなんて大物を出してきた以上、連中は本気だ。

 本音は戦いたい所だが、ここは一旦逃げてほとぼりが冷めるのを待つ方が、冷静。 

 そこまで自分を慰めてから次の行動にうつろうとして、固まった。


 サニアだ。


 サニアの全身が変化していたのだ。

 機械じみた、鷲のような雄大な翼に、近未来的な全身鎧。その両手は、銃口に変化していた。それはまるで――自走砲のような長大で巨大な砲身。それが二つ。

 いや違う。クレイジージャックは内心で否定し、見つける。


「これだけの熱と物質があれば、これくらいっ!」

「――35mm二連装高射機関砲……! バカじゃねぇの! いや、サイコーだ!」

「くらええええっ!」


 サニアの咆哮と同時に、砲撃が唸りを上げた。

 炸裂弾を放つそれは、容赦なく爆炎を切り抜け、アパッチに直撃する。


 さしものアパッチも直撃を喰らってはひとたまりもない。


 次々と弾薬が炸裂し、装甲も装備も破壊し、アパッチは自爆するかのように巨大な爆発を起こした。


 当然、またもや強烈な爆風が起こる。


 クレイジージャックはそれを予測して逃げようとしたが、それより速く空を自在に飛ぶサニアが腕を元の状態に戻して回収、さっそうと飛び去っていく。

 グングンと上がる高度の中、クレイジージャックのテンションはひたすらに上がった。


「おいおいおいおいおいおい、アパッチを撃墜たぁ派手だなぁ!」

「仕方ないです、あのままじゃあ、私たちがやられてたっ……!」


 派手に声をかけると、サニアは少し悔しそうだった。

 そんなものに同情して口を噤むほど、クレイジージャックは優しくないし、生ぬるくもない。今後相棒としてやっていく以上、問い質すべきことはある。


「はッはぁ! 良い判断だ! サイッコーだぜ! そのスーツもなぁ! どういうことだ、俺のスーツと同じ匂いがするぜ?」

「本当なら、見せたくなかったんですけどね……未知の物質、カオス粒子。それを研究していたのは、特防庁だけではないってことです」

「そらそうだ」


 当然だ。

 まだ知られていない未知の物質。秘密裏に政府内で極秘に共有し、研究していることくらいクレイジージャックも察しはついていた。もし特防庁が技術も何もかも独占していたのであれば、方々から非難と圧迫を受けていただろうからだ。


 ないということは、どこかの誰かの庇護下であり、それは秘密という罪を共有しているからの他ならない。


 故に、こういった存在はクレイジージャックは予見していた。

 まさか、ここまで華々しくサニアに見せつけられるとは思っていなかったが。


「そのスーツ、俺と同じ基本性能を持ってるっぽいけど、違うとこも多いよなぁ! 聞き逃さなかったぜ!?」

「本当に、クレイジーかと思えばクレバーですね……っ!」


 眼下は、轟々と燃え盛る火災。

 特にアパッチはすさまじく、残骸を撒き散らしながら火の柱を形成していた。当然のように騒ぎは起こっていて、喧噪もすさまじい。


 今はあの派手な炎と煙に隠れて注目を浴びないでいるが、それも時間の問題だ。


 とにかくここから離れることが急務、と、サニアは加速する。


「私のスーツは、模倣。材料となる物質と熱があれば、それを元に組み替えて変化させることが出来る、というもの……くっ、地味に重いっ」

「俺のスーツは色んな機能ついてるからな、重いぞ」

「平然と言わないでくださいよぉ!」


 サニアの弱気発言はとりあえず無視して、クレイジージャックは考える。

 これでサニアは十分な戦力として数えるに相応しい。ある程度無茶しても大丈夫だ。


「……もう無理、限界ですぅ!」


 そう言って、サニアは上空でクレイジージャックを手放した。


「お前さ、そうならせめてもう少し高度落とすとかしろよ!」


 抗議を上げつつも、クレイジージャックは空中で姿勢を整え、近くの建物の屋上に着地した。どうやらマンションの屋上、というよりも、屋根のようだ。配管以外は何もない。

 少し旋回してから、サニアも着地する。

 広げた背中の翼を折り畳んで収納し、ふぅ、とへたりこんだ。アパッチの放つ炎で、赤く照らされる。つまり、まだ現場から近い。

 加えて、身を隠す場所はここにはない。


「おい、すぐに移動するぞ。さすがにここは目立つ」

「少し休みたいんですけど……このスーツ、形状変化は凄く集中力を使うので」

「だったらもう少し頑張るこったな。見つかって騒がれる方が面倒だ」


 内またで座り込んだサニアに、クレイジージャックは冷たく言う。


「とりあえず、住宅街の方に逃げるぞ。ステルスモードは装備してあるな?」

「機能としては、もちろん」


 頷くサニアに、クレイジージャックはステルスモードを使う。

 光学迷彩、赤外線探知拒否等、自分の存在を隠す機能だ。とはいえ、足音や呼吸音などは消せないため、本人自身のステルス技術が必要となる。


「あの、どこへ行くんですか?」

「ススキノだ。そこに、隠れ家がある。とりあえずそこに避難して、様子を見るぞ」

「それでほとぼりが冷めそうになかったら、いったん帰ると言うことですか」


 クレイジージャックは黙って頷いて、さっと全身を隠した。



 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 ──閑静な住宅街。

 その一角に、古い長屋のような、トタン板の目立つ家屋がある。埃もかぶっていて、誰も近寄らないような、そんな雰囲気だ。思わず入るのを躊躇ってしまう。

 殊更、女子であれば。

 クレイジージャックにそんな機微があるはずもなく、彼は何の遠慮もなく門を開け、鍵を開けた。


「こんなところ、いつの間に確保したんですか……」

「オークションで格安案件として出品されてたから買ったんだ」


 常に夜に包み込まれ、鬱々しいウィットに富んだ空気に加えて薄汚れた《ススキノ》においても、ここは特異だ。

 それでも目立たない。やはりここが異世界であるという独特さたらしめる所以か。


 少し抵抗したがるサニアの腕を掴み、クレイジージャックは玄関へ入る。


 違和感。

 内臓がぐるりと掴まれて捩り上げられたような、絶妙な不快と、目眩。

 応じるようにして、世界がぐにゃりと曲がっていく。


「うっ……これは……」


 ねじまがる不快感に口をおさえ、サニアは訴える。クレイジージャックも吐き気に見舞われ、平衡感覚を失って膝をついた。


「こいつぁ……転送魔法か……! 随分と、質の悪い……!」


 ようやく思い至り、クレイジージャックは歯噛みした。

 ──《魔法》。となれば、連想されるのはただ一つだ。

 どうやら手荒な歓迎を受けたらしい。


 薄れる、というよりもごちゃごちゃになって飽和しそうな思考回路の中、クレイジージャックはスーツの出力を上昇させて戦闘用に切り替わる。


 そんな準備が整ったところで、ぐにゃりと曲がっていくだけの世界が収束し、いきなり景色が切り替わった。

 臭いが変わる。

 あざとく感じとり、クレイジージャックは鼻をすんと鳴らす。

 このシンナーのような刺激臭、血、雑然とした生臭さ。《シブヤ》だと瞬時に確定させた。


「ここは……?」


 クレイジージャックが警戒を強める中、サニアも中腰姿勢で周囲を見渡す。いつでも変化できるようにか、高音域の駆動音がした。

 色とりどりのペンキやスプレーで落書きされたボロボロの壁、意味のないフェンス、赤のカーペット。

 何故か天井には蛍光灯の他にミラーボールが飾られ、どこからかクラブミュージックが漏れるように流れてきていた。


「いったい、何が……」

「慌てんな。転送魔法で連れてこられただけだ。玄関にこんなトラップしかけやがって……」

「て、転送魔法? 罠?」


 事態についていけず、サニアは更に混乱を見せる。実にエージェントらしくない。

 ここは混沌の無法地帯、異世界ニアだ。これぐらい起こっても当然なくらいの心構えが欲しいものだ、とクレイジージャックは評していると、拍手がやってきた。


 どこまでも乾いていて、どこか愚弄するように。


 ほとんど時を同じくして、空気が一気に冷えていく。瞬く間に、白い息が漏れ、周囲に霜がおりた。


「さすがだな。全然慌てない。噂通りだ」


 氷結を思わせるような声。

 見やると、いつの間にやってきたのか、部屋の奥の方──フェンスの向こう側にある、毛皮のあしらわれた黒のレザーソファに腰かける男がいた。

 キラキラと光る水色の髪に、ファーのついたジャケット。抉るような鋭い猛禽の瞳は、見据えられるだけで寒気がする。


 誰だ、と訝るサニアを庇うように立ち、クレイジージャックは小さく舌打ちした。


 その僅かな反応に、男──少年とも、青年とも言える整った顔に笑顔が染み付いた。


「はじめまして、だな。クレイジージャック」

「──テメェ様みたいな超大物に名前を覚えてもらえてるとかびっくりだぜ? 《キング》さんよぉ!」


 吐き捨てるように言いはなった言葉に、サニアが一度だけ震えた。


「──異世界を二分する巨大組織のひとつ……《シブヤ》を支配する《ギャング》のリーダー……絶対零度の《キング》……そんな、まさか」


 震えるその声は、まさに恐怖そのものを表していた。


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