第6話 マフィア
「多次元コンフリクト境界干渉用超高圧縮カオス粒子エネルギー充填、一二〇%です。フェイズは第三段階」
「座標GPS誘導、位置連動」
「周囲の気温測定、二〇度、湿度四〇%固定」
「第四装甲まで隔壁閉鎖完了。第六装甲閉鎖まで残り五分」
「移送者二名、移動完了。所定位置に移動中」
――相変わらず堅苦しい会話だな。
つまらなさそうに、クレイジージャックは盗聴を止めた。目の前には、鉛で覆われたただ広い空間と、様々な機材。
それらを見回してから、クレイジージャックは隣を歩くサニアを横目でやる。
「っていうか、これから捜査なのにお前はそんな恰好で良いのか?」
サニアは、出会った時と同じ格好――COSSeFのものだ。もちろん、ハンドガンは携帯しているようだが、それは《ニア》においては貧弱武装である。
相手は怪物もいれば、超能力者、果ては魔法使いまで存在しているのだ。
中にはクレイジージャックさえ、脅威を感じる相手もいる。
今回もそういった類と戦いになる可能性はある。
そんな時、最低限でも自衛はしてほしいのが、クレイジージャックの思いではあった。
「大丈夫ですよ。これが私のベストなので」
「あっそ。言っとくけど、俺は自分を犠牲にしてまで誰かを守るとか、そんなヒーローみたいなことしねぇからな?」
「結構です。自分の身は守れますから」
意外と硬質な答えが返ってきて、クレイジージャックは面食らった。
そして、せせら笑う。下らない心配をした、己を。
全身の肌がざわざわと粟立った。
「あ、そ。じゃ――いくぞ」
クレイジージャックの言葉を皮切りに、目の前に真っ黒で渦巻く空間が出現した。
疑似的に出現させた《ブレイク》だ。
「向こうからくるなら、こっちからも、って考えで生み出した技術の結晶。こういうことに使うのは、まぁ、テストも色々と兼ねてるのか?」
「答える必要はないな。今は使える。それだけで良いだろう。だが、先日も言った通り、この《ブレイク》は十二時間維持が限界だ。それまでに必ず、一度は戻ってこい」
「あーあーはいはい、わーぁってるよ」
耳をほじる振りをしてから、クレイジージャックは手をぷらぷらさせた。
そして、何の躊躇いもなく《ブレイク》に飛び込んだ。
「ちょっと! 待ってくださいよぉ! これ、怖いから、心の準備が……!」
慌ててサニアも《ブレイク》へ飛び入った。
ごぼり、と、重い感覚。まるで、水の中にいるかのような。二人はそんな感覚と、僅かな揺らぎのある光へ向かって突き進む。
――抜ける。
なんとなくそんな予感がした直後、重い感覚が消えた。
落下、感覚。
クレイジージャックは、音もなく着地した。
壊したはずの、機械の上に。
数日前、見た時と何も変わらない倉庫の空間。違うのは、建造が始められたばかりの《ブレイク》を生み出す機械と、数日前とは違う面構えの面々。
鋭い目つきで低く思考する。すん、と鼻を何度か嗅いだ。
見た目は違うが、同じ怪物系。おそらく《ヨコスカ》の連中であろうことは間違いない。だが、なんのために――と、そこまで思考が巡ったところで、屈強そうな何人かがいきなり動き出した。
――慣れた動き。プロか。
一瞬で相手の技量を悟り、クレイジージャックが機械から飛び出す。
同時に、相手どもが懐から銃を抜き、撃ってくる。
「! デザートイーグルだぁ!?」
その刹那、クレイジージャックは腕をクロスさせる。重い手応え。だが、ライフル弾丸が弾かれていく。咄嗟に腕を硬化させた。
さっと目を回し、サニアがバックステップを刻んで後退していくのを確認し、クレイジージャックはそのまま反転、天井に貼りつく。
そこへまた弾丸の雨が襲ってくるが、それより早く天井を這って回避する。
「まったく、挨拶もしないでいきなり仕掛けてくるとは、物騒だな! お前らは!」
トリッキーに左右へ翻弄し、狙いをブレさせてから天井を蹴る。空中で一回転する間に二丁に増やしたハンドガンを抜き、即座にポイント、青白い弾丸を放つ。
一撃で二人、まず仕留める。
続いて、二発目でさらに二人。クレイジージャックは鮮やかに着地し、周囲を睨む。
これで、初動で動いた屈強そうな連中の全員だ。
残るは、六人。
数えてから、クレイジージャックはハンドガンを構える。
「やっほー。数日ぶりかなぁ? まったく、いきなり銃で挨拶とか、お前ら野蛮すぎないか? っていうかむしろそれを通り越して恐ろしいわ。鉛と血の挨拶なんて映画の中だけにしてくれないかな? でもまぁ」
クレイジージャックは、嘲笑うクラウンマスクを見せつける。
「そういうお前ら、愛してるけどな」
瞬間、残ったチンピラ姿の怪物が一斉にハンドガンを抜く。
クレイジージャックはそれをさせない。
ハンドガンを投げ捨て、同時に夥しいまでの稲妻を帯びる。瞬間、その稲妻が荒れ狂う。地面が弾け、次々と怪物を襲っていく。
前回は、どこにサニアがいるか分からなかったから、使えなかった技だ。
「どう? 痺れる程の愛だろ?」
余韻のプラズマを周囲に放ちながら、クレイジージャックは笑った。
だが、誰も答えられない。
痺れて動けないからだ。だが、命までは奪われていない。
そんな彼らを引きずり、一か所に集めてクレイジージャックはその山に座った。
「まぁ、ということで、ちょっと聞かせてくれない? なぁ、《カナリア》って何よ?」
「いや、訊ねるならもう少し、こう、何かありません?」
「あ? 要らねぇだろ」
稲妻を迸らせながらクレイジージャックはサニアの主張を跳ねのけた。
答えがやってこないので、自分がイスにしている一人の脇腹に踵を叩きつける。鈍い音と「ぐぇっ」と悲鳴が聞こえた。ちゃんと電力を調節して喋れる程度には留めているからだ。
「……《カナリア》……なんて、知らねぇよ」
掠れ声の反抗的な返答に、クレイジージャックは相手を覗き込む。相手から見れば逆さまに見える、クラウンマスクの笑顔。
それだけで充分威圧になっている。
「じゃあ、なんでこんなトコにいるんだ? 俺、前にもここに来たから、ここで何があったか知ってるんだけどなァ。だからさ、さっさとお前らが知ってる情報を教えてくれよ」
「……っ! てめぇ……!」
それでも矜持はあるのか、相手はクレイジージャックを苛烈に睨む。
そんな相手に、クレイジージャックは銃口を向けた。
「断らないでくれよ? 俺はこう見えても
「……っ! んなこと言われても、知らねぇものは知らねぇんだよ!」
「ホントに? 神に誓って? いや、神なんて誓っても一緒だな、お前の命に誓って? あれだよ? 違ったらホントに撃っちゃうよ? だって、尋問できる奴は他にもいるからな」
言外に仕留めるつもりだと主張し、クレイジージャックはさらに脅しをかけるが、相手は知らないの一点張りだった。
それでも何回か繰り返したのは、嘘をついていないかどうかの判断のためだ。
「嘘をついている挙動は見受けられませんね」
サニアの言う通りだった。
細かく観察したが、特に異常はない。つまり、嘘ではない。
「……じゃあ、なんのために来たんだ? 回収作業か、それとも、もう一度同じことをしようとしていたか……。いや、それは良いか。別に関係ねぇわ。お前ら、誰からの差し金だ」
「《マフィア》だ」
即答され、クレイジージャックは思わず笑みをこぼした。
へえ、そうか。連中が動いてるのか。
「なるほどな。ありがとヨ。良く分かったわ」
嬉しそうにクレイジージャックは連中から離れる。反対に、サニアは顔を青くさせていた。不安なのか、胸に手をやっている。
「……《マフィア》? まさか?」
「《ニア》において、《マフィア》っつったら、それしかねぇだろ。《シンジュク》だ」
――《ニア》には、いくつかの町が存在する。
それぞれが
その町は、《ススキノ》、《シンジュク》、《シブヤ》、《ヨコスカ》、そして最近出来たばかりの《アキバ》の五つある。
最も古く出現し、今や中立地帯である《ススキノ》。
《マフィア》によって統一支配されている《シンジュク》。
《ギャング》によって統一支配されている《シブヤ》。
巨大組織はなく、各々で小さいコミュニティを作り、共存している《ヨコスカ》。
そして、支配者を巡って争い続ける混沌の《アキバ》。
その中で、《シンジュク》と《シブヤ》は格段に仲が悪く、日々抗争している。
そう。この
その中の一つの勢力が動いている、ということだ。《カナリア》を巡って。
彼らはおそらく《ヨコスカ》の小さいグループで、《マフィア》の依頼によってちまちまと動いていたのだろう。だとすれば、絞れる情報は少ない。
「……確か、《マフィア》は高度な武装集団でしたね」
「ああ。しっかりした縦割り構造の組織。そして全身をガッチガチに武装させている。俺のコイツよりイケてはいねぇが、まぁそんな感じの連中だ」
ガチの戦闘要員は、特殊部隊レベルの実力があると言われている。自衛隊の部隊とも幾度かぶつかったことがあり、その時の戦績は五分だ。
一言で表せば、非常に危険な組織である。
当然、第一級警戒対象組織、もちろん公安も監視対象としている。
だからこそ、サニアも脅威を覚えたのだ。
だが、そこで思考を散らしては無駄だとクレイジージャックは知っている。驚くほど短い時間で、彼の思考は深く、広く潜っていた。
「そんな大物が動いてるのか……それなら、コイツらの武装も納得だ。けど、本体じゃなく、こんな木っ端を動かすってことは、裏で動いてる……そうか、《ギャング》――《シブヤ》の連中も動いてるんだな」
「……《ギャング》もですか?」
「《マフィア》は確実な仕事を好む。それなのに、こんなのに任せてたってことは、そういうことなんだろ。《ギャング》の妨害を警戒し、出し抜くつもりだったのさ。突飛さで言えば、《ギャング》の方に旗があがるからな」
言いつつ、クレイジージャックは地面に転がるハンドガン――デザートイーグルを拾って座り込み、色々と確かめる。精度がかなり高い。やはり《マフィア》のものだろう。
サニアも確認しつつ、顎を指で撫でた。
「なるほど、確かに……」
「くく、面白ぇじゃねぇか。
クレイジージャックは何の迷いもなく蔑称を口にした。
《マフィア》と激しく対立する組織、《ギャング》は《シブヤ》を支配下に置く。規律を重んじる《マフィア》とは真逆の、一言でいえば不良少年どもの集いだ。だが、その実組織としては強固で、規律ではなく絆で繋がっている。
時として脆いが、時として強固。
《魔法》なんて、誰もが一度は憧れ、夢みたであろう能力を持ってしまったが故に自己主張が激しく、だからこそ《マフィア》と対峙していられる集団だ。保有している戦闘能力はかなり高い。
何をしてくるか分からない、という不気味さでは《マフィア》よりも警戒すべきで、自衛隊の部隊も何度か辛酸をなめている。
「このビッグツーが動いてるんなら、《カナリア》は何なのか、少なくとも《ニア》にとっちゃあ、かなりの大事なんだろうな」
「その可能性はありえますね」
「だったら、やることは一つだな」
クレイジージャックはゆっくりと起き上がる。
向かうのは、倉庫の出口だった。
「どこかへ行くんですか?」
「ああ。ここは《ススキノ》だろうからな、ちょうど良い」
「分かるんですか?」
サニアは驚きの表情を見せた。クレイジージャックは僅かな苛立ちを隠さない。
「ああ? 匂いで一発だろ。この据えて生臭くて、それで汗とかイカ臭いもんとか。こんな原始的な匂いは《ススキノ》しかねぇだろうが」
「そんなの、分かりませんよ」
「おいおい、頼むぜ。この世界への愛が足りないんじゃねぇの」
「愛なんてありませんから。それより、どこへ行くんですか?」
「決まってるだろ。情報を買いに行くんだよ」
サニアの方を振り返ることなく、クレイジージャックは言ってのけた。
「そう。草書体のとこにな」
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