第5話 弾痕とカレーと孫と
「……──ほう」
クレイジージャックとサンダーソニアからの報告を受けたのは、クレイジージャックへ直々に依頼をしてきた上官だ。
反吐が出そうな悪声のせいか、クレイジージャックは仮面の奥で遠慮なく顔をしかめている。というか、露骨なくらい態度に出ている。
毎回のことなのだろう、すっかり頭部の涼しくなった上官はクレイジージャックを見ずに、サンダーソニアの話を聞いていた。
「なるほど。さすがCOSSeFのエージェントだ。とても分かりやすい報告だったよ」
「恐縮です」
「ただ、取り調べをする前に始末をしてしまうのは、失策だな、クレイジージャック」
「うるせぇバーコード。お前の頭部は幾らになるかスキャンしてやろうか? あ?」
「なんで喧嘩腰なんだ貴様は?」
直接的な罵倒を受け、上官は額に青筋たてながら声を低くさせた。
「当たり前だろぉ? 命がけの任務を終えて戻ってきたんだぞ、まずは労え。というかとっととスープカレーカムイ食わせろ」
負けじと低い声で言い放ちつつ、クレイジージャックはこれぞとばかりに腹を鳴らした。そう、すっかり空腹なのだ。
ただでさえ嫌いな奴の声を聞かされているのに、空腹が重なれば言葉も荒くなるものである。
よって、クレイジージャックの要求は彼の中では正当なものだった。
「ああ、あれか、実に美味であったぞ」
「……あ? もしかしてテメェ様、喰ってくれやがったとかほざかねぇよな?」
「アホぅ。この私がそんな横取りするはずがないだろう。どんなものかと気になってた私の分も買って来させたのだよ」
「……この俺より先に食いやがったのか、テメェェェェッ!」
「はっはっは! 証言者になりうる者を仕留めた罰と思え! 後、私の頭はプライスレスだ。覚えておけ。いいな?」
びしっと指をさされ、クレイジージャックの頭は最高速になった。
「つまるところ……あんた、測定された?」
恐る恐る訊くと、上官はそっと顔を背けてから、顔を覆う。
「いや、孫にな……」
「そ、そっかー、うん、そっかー……。なんか、ゴメンな?」
思わずクレイジージャックも謝るくらいの不憫さだった。
切なさと虚しさに溢れた空気を、しかし咳払いの一つが払拭する。
「ごほん。とりあえず、今回の騒動、どうするべきか――どう対応されるおつもりか、お聞かせ願えますか? 特務防衛庁として」
「どうもこうも、すぐに対応せねばなりませんな? もちろん、内閣府から言われるまでもなく。報告内容から察すれば、おそらくその装置は、
上官のその指摘は、おそらく正しい。
同じ結論に至っているサンダーソニアは、大きく頷いた。クレイジージャックもその話を聞いてゆっくりと顔を上げた。
この世界は、
異世界は多次元からの次元を越えるほどの圧力をかけ、一時的に破壊することで侵入してくる。
そのためには、
ちなみに、こちら側から《ブレイク》に高エネルギーを衝突させることでその破壊を押し戻すことが可能で、《ブレイク》を終息させるきっかけになる。
今回も、既に終息させてある。
「だとしたら、あれは潰しておいて正解だったみたいだな?」
「だろうが、問題はその装置が作れる段階にある、ということだ。おそらく……」
「その推察からして、ここ最近、出現頻度が上昇しているのですね?」
サンダーソニアが口を挟むと、上官は頷いた。
「その感覚が二週間より短くなることはないが……およそ、半年から一年かけての統計では上昇している。決して、誤差と見るには無視の出来る数値ではない。つまり、前々から推察はされていたのさ」
「今回で、それが決定的になった、と」
「うむ。故に、その目的が分からないのはな……」
顎をさすりながら、上官は唸る。
自然と咎めてくるような視線がやってくるが、クレイジージャックは気にしない。耳をほじくって何食わぬ顔だ。
「とはいえ、このまま何をしないワケにはいかない。クレイジージャック。貴様には引き続き調査を依頼しよう」
「はぁ!? なんで俺だよ!」
当然のようにクレイジージャックは反発する。
「君が今まさに纏っているスーツ――Gekkoスーツは、そもそも隠密性に長けたモノだ。この手の任務にうってつけだろう」
「それだったらお前ら自衛隊の連中でも何とかなるだろ。っていうか奴等の方が毎日訓練に勤しんでるし勉強だってしてるし、プロなんだから優秀だろうが! そういう奴等に任せろよ!」
クレイジージャックの反発もある意味で正しい。
上官もおそらく、ある縛りがなければそうしていただろう。信頼性も安定性も、自衛隊員の方が高いのは事実である。
それさえ覆すのが、クレイジージャックの特性である。
「……確かに、地域の電力を全て出力に回せば、およそ十二時間、こちらから
「だったら!」
「《侵度》だ。言わせるのか?」
呆れて言う上官の目線は険しい。
この世界のものが
それが《侵度》だ。
屈強な自衛隊員にも当然それは存在し、凡そ数時間程度で限界は来る。そうなると、活動範囲は決して広くない。まして、
「あーあー。そうか、どこに何があるか全く分からない状況じゃ、隠密行動だってしれてる。となると、《侵度》が一切ない俺にはうってつけってか」
「それに、Gekkoスーツがある限り、特殊能力者にも負けない。もちろん、《キング》や《ボス》ともなれば別だろうが……」
「はいはい。分かりましたよ。けど、高くつくぞ?」
クレイジージャックは《音楽隊》――つまり外殻の人間で、フリーエージェントとしての契約だ。故に、純粋な公務員ではない。
故に、報酬の要求は毎度のことだ。
「予算の限りは、工面しようじゃないか」
そういう上官に、クレイジージャックは大きく頷いた。
「オーケー、契約成立だ」
「よし。それではこっちで《ブレイク》の準備はしておく。座標の希望はあるか」
「今日、開いた座標位置で」
クレイジージャックは即答した。
「三日かかるぞ?」
「だったら丁度良いんじゃね? 色々なタイミング的に重なりそうだ」
「良いだろう」
短く答え、上官は手を叩いた。
それだけで、傍で聞いていた隊員たちが慌ただしく動き出す。
「そういえば、クレイジージャック。お前、色々と疑われているらしいな」
その中で、上官はクレイジージャックを真正面から見据えた。
痛烈なまでの視線に、クレイジージャックは思わず顔を背ける。どこか罰の悪そうに、舌打ちもいれた。
小言を幾つか貰いそうだ。
「お前は無茶苦茶だし、アホだし、色々と規格外ではあるが……相手側に通じているとはとても信じられない。だから、その無実、見事に払拭して見せろ」
「……それも依頼か?」
「お前が無実の罪で投獄されると、色々と面倒になるんでね。だが、それはお前も同じではないのかな?」
「……ちっ」
上手く返されて、クレイジージャックは舌打ちをまた一ついれるしかなかった。
「ま、せいぜい足掻くんだな」
「お前は俺に払拭して欲しいのか、欲しくないのか、どっちだ! いやいいわ。そんなのどうでもいい、いいからメシを寄越せ、メシを!」
鼻で嘲笑われ、クレイジージャックは怒りを口にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
家に戻って、クレイジージャックは満足していた。ようやく飯にありつけたこともあるが、久しぶりに面白いことになりそうだったからだ。
皿についたカレーの一滴さえ舐めとってから、クレイジージャックはプラスチックの皿をゴミ箱に投げ捨てた。ノールックのダストシュートなど、出来て当然だ。
「あら、意外と綺麗にするんですね」
「当たり前だ。俺は掃除が嫌いだ」
だったらなるべく汚さないことが重要である。
「ヒントは、たった一つ」
「カナリア……だけ、ですね」
ソファを挟んで、クレイジージャックはテーブルに足を組みながら乗せてふんぞり返り、サンダーソニアはちょこんと縮こまっていた。
とても監視役とは思えない。
だが、クレイジージャックは決して油断していない。
「カナリア……か……何があるんでしょうね。単純に考えれば、黄色い鳥、ですけど」
「後ピーチクピーチクうるせぇな」
「いや、綺麗な声じゃないですか! 歌姫の象徴でもあるんですよ!」
「知らねぇな。そもそも歌ってぇのは、一人ひとり好みがあって然るべきだろ? 綺麗な歌声が最高、だなんて誰が決めたんだ? あぁ? お前は清貧こそがヒーローとか思っちゃってる清廉潔白ちゃんですかァ? 言っとくけどな、お前のそのクソでかい胸は多くの男を汚らわしい思考にさせてて、んでもってお前を汚してるんだぞ? っていうか今もまさにな!」
「なんでそこまで言われなきゃならないんですかぁ! っていうか見ないでください、撃ちますよ!?」
片手で胸を押さえてその胸を弾けさせ、サンダーソニアは懐から取り出した銃を構える。
見事と言うべきその勢いのまま、サイレンサーで音を殺された発砲音が静かに響く。
「いやっていうかもう撃ってんじゃねぇか!」
「は、つい」
「つい、じゃねぇよ! お前俺が咄嗟に頭傾けてなかったら眉間に貫通痕つくとこだっただろうが! つかどうしてくれんだ、あの壁は!」
クレイジージャックは指で壁に出来た弾痕を指しつつ、しかし嬉しそうに言葉を畳み掛ける。
このビルは頑強さが売りで、壁も分厚い。
故に、貫通はしていない。
「ったく、本当にクレイジーだな、お前は」
一方、サンダーソニアは額に汗を滲ませつつ、あんぐりと口をあけて愕然としていた。
──なんだ、見えないリンゴでも口につっこまれたか、とクレイジージャックが言う直前、サンダーソニアが口を開く。
「……私の銃撃をこの至近距離で避けるあなたもあなたですけど」
「そりゃお前、俺は一度死んでるからな?」
とんとん、とわざわざ手刀で首の縫い痕を叩いてクレイジージャックは嗤う。
「一度人間やめると、人間超えちゃうんだよ」
「……本当に、あなたは規格外ですね」
「そうだな、あの手術の時、俺の身体はこっちの世界で一瞬にして再構築された上で、カオス粒子によって繋がれた。つまり、その時点で俺は人間じゃなくなってんだよ」
だからこそ、クレイジージャックに《侵度》は存在しない。
だが、逆に気になるのはサンダーソニアであった。彼女はクレイジージャックのような特殊な身体ではないはずだ。
クレイジージャックもそこに懸念はあった。
「それよりも、お前の方は大丈夫なのか? 言っとくけど、俺は一度潜ったらどこまでも行くぞ? それこそ、一般人の活動限界を超える範囲まで探るつもりだからな?」
「――私の活動限界は、推測値ではありますが、およそ一週間です」
一瞬だけ、空虚がやってきた。
目を見開くだけで、言葉が出てこなかった。だからこそ、クレイジージャックは笑う。
「一週間!? はぁ!? なんだそりゃ、耐久性が高いとか、そんな次元じゃねぇぞ! なんなの? お前、俺のアドバンテージ奪うの楽しいの?」
「アドバンテージがどうかは知りませんけどぉ……。私、そういう体質らしくて」
「体質とか。なんだ、胸の大きさがそういうの体現してんのか?」
「胸の大きさは関係ないですから!」
今度は両手で胸を覆い、サンダーソニアは顔を赤くして抗議する。
「と、とにかく、私は現状維持能力が高いだけなんですから!」
「まぁ、そうじゃないとCOSSeFには入れないだろうから、納得はするんだけどさ、とりあえず、お前のそのコードネーム。長くて読みにくい。名前、変えろ」
「そんなこと私に言われても! コードネームは貰うものですし……」
「じゃあ略せ。サニアな」
「なんでそんな微妙にダサく略すんですか! サニーで良いじゃないですか!」
「アホか。そんなカワイイ一辺倒とか意味ねぇだろ。浅はかさんですか? コケティッシュさがあってこその略称だろうが」
あっけらかんと言い放ち、クレイジージャックは笑った。
「もう!」
「とにかく、だ」
テーブルに置かれたピザを一切れ手にして、クレイジージャックは目を細める。
「楽しく、遊ぼうぜ」
「任務をなんだと思ってるんです? 真剣なんですよ? 特に今回は、何かキナ臭いものを感じます。それくらいはあなたも理解しているはずでしょう!」
「ああ、理解してるぜ? 今回の《ブレイク》でもいきなり戦闘になったからな? けどよ……それこそ、それが楽しいんだろ? 何があるのか、知りたいだろ。あの《ニア》で何が起きようとしているのか。あの、アナーキーでなんでもアリな世界で」
「またそんな……クレイジーですね」
呆れたように言うサニアに、クレイジージャックは笑みを返す。
「Yes.I am crazy jack」
――と。
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