第4話 カナリア

 サンダーソニアの悲鳴をBGMに、クレイジージャックはぽっかりと開いた、渦巻く黒い穴にダイブする。どぼん、と、プールにでも飛び込んだかのような、音と感触。

 一気に呼吸が難しくなる中、クレイジージャックは自分にスーツを展開させる。

 装甲と全身スーツを一緒にした、それでいて流線形のスタイリッシュ。そして、爬虫類の目のようなマークが刻まれたフードパーカーに、嘲笑うクラウンマスク。


 それが、クレイジージャック。


 どこまでも潜水していく、青く僅かな光しか届かない空間を抜けると、一気に落下がやってくる。

 着地はすぐだった。


 固い感触に、たちこめる土煙のような、埃。

 同時に着地したサンダーソニアはむせ返っていた。それを無視して、クレイジージャックは即座に周囲を確認する。

 潰れて久しいような、廃れた倉庫のようだ。壁には汚れと落書きがこびりついていて、所々剥がれている。床の木板も割れて穴が開いていたり、パイプが転がっていたり、《ニア》らしく小汚い。

 唯一違うのは、室内が明るいということだ。


 まるで昼間のように。


 同時に、スーツの稼働率が上昇している。どうやらここは、エネルギーがひたすらに満ちている場所らしい、と、クレイジージャックは冷静に判断した。


「……な、なんだ、テメェっ!」


 僅か二秒にも満たない分析の後、やってきたのは焦燥に満ちた怒号だった。

 廃れたボロボロの倉庫に良く似合うダミ声に、厳つい見た目。まるでワニと人間を足したかのような見た目の連中が、ズラり。


 ――《ヨコスカ》の連中か?


 すん、と鼻を嗅ぐ。

 空気は、《ヨコスカ》のものではない。だが、あの怪物的な見た目は《ヨコスカ》に多く住む連中の特徴だ。そして、足元、クレイジージャックが着地時、足場にしたもの。それは鋼鉄製の機械だった。

 見たこともない様々な幾何学模様な部品が組み合わされた、前衛的アートにも見えるそれからは、虹色の粒子が漏れ出ている。


 マスクの奥で、クレイジージャックは目を細めた。


「――カオス粒子。お前ら、こんなもの使っちゃって、まぁ随分と楽しそうなことしてんじゃねぇの。何をしようとしたか、ちょっと俺に教えてくれねぇ? どうだ、簡単だろ? ママのおっぱい吸うことの次くらいに」


 クレイジージャックは説得を試みる。だが、あっさり否定された。

 じゃき、と、硬質な金属音を一斉に立て、一〇人はいるだろうワニ人間たちが銃口を向けて来たのだ。


「ふざけんな!」

「そこから降りろ! 撃つぞコラぁ!」

「名ぁ名乗れ! 誰だテメェ!」


 ひっ、と、サンダーソニアの引きつく声。恐怖でひりついた喉独特の音がした。

 反対に、クレイジージャックは笑みを隠せなかった。


「あれれ、おかしいな。俺は質問しただけなんだけど」

「ふざけろっ!」

「あーあー、そういきり立つなって、どんだけ頑張ってもそれ以上は大きくなれないぞ?」

「はぁ? 何いってんだこのボケが!」

「何って、ナニのことじゃねぇの? それよりもさ、教えてくれよ。コイツで何をするつもりだったのか。俺、気になるんだけど」

「喋るわけねぇだろ! っつか、テメェ誰だ!」


 どうやら話にはならないようだ。

 どんどんと相手のヘイトが高まっていて、今にも引き金を引かれそうである。クレイジージャックは両手を上げて無抵抗を示しつつも、余裕を隠さない。


「俺? そっか、名乗らせるのかぁ、良いぜ。俺はクレイジージャック」


 全身を戦意で気高く昂らせつつ、クレイジージャックはコケティッシュに首を捻る。


「お前らに狂気を届けに来たんだ」


 同時に、足下の機械を蹴る。

 バク転の要領で逆立ちしつつ伸びるように跳躍し、天井に両手両足で貼りついた。

 瞬間、一斉に銃口がクレイジージャックに向けられる。一人が、なんの躊躇いもなく引き金を絞った。


 サイレンサーをつけているからだろう、ぷしゅ、っとした小さな破裂音が響いた。


 それが幾つも重なり、弾丸が一斉にクレイジージャックを襲う。

 だが、クレイジージャックは避けることもせず、その弾丸をスーツで受け止めた。ぱらぱらと潰れた弾丸が地面に落ちて転がっていく。


「あーん、無駄無駄。ちょっとお宅ら、本気でやってくれね? 今の、蚊が飛んできたことよりも不快指数少ないぞ」

「テメぇえええええっ!」


 次々と弾丸が吐き出される中、クレイジージャックは天井を這いながら移動、一気に加速して急降下した。


「最新鋭スーツなめんな? そんな豆鉄砲、痛くも痒くもねぇんだよっ!」


 そう言って、クレイジージャックは一人目の顔面に膝を叩き入れて粉砕し、さらにオマケとばかりに蹴りを入れ、自分は一回転して着地した。


 舞い散る血飛沫。


 ワニ人間の一人が、呻きながら倒れた。

 ほとんど同時に、周囲の敵がクレイジージャックへ再び銃を放つ。

 クレイジージャックは華麗にバク宙し、腰のホルスターからハンドガンを抜いた。


「……な、効かねぇ!?」


 弾丸の雨が、火花を散らせながら弾かれていくのを目の当たりのして、怪物が叫ぶ。

 その驚愕はとても滑稽だった。

 クレイジージャックは嘲笑いながら、ハンドガンでポイントして撃つ。吐き出されたのは、青白く輝く弾丸。

 吸い込まれるようにして、一匹のワニの頭を撃ち抜く。


 クレイジージャックが踊る。


 銃弾の雨の中、ダイブしながら一発。そして地面を転がって起き上がりざまに一発。そして地面を蹴り、急加速。すれ違いざま、側頭部へ向けて一発。

 全てが計算されているかのような動きで身体を折り畳みつつスライディング。広げられた両足の間を股抜きですり抜け際、顎を下から撃ち抜くように一発。 


「ただの銃だと思った? まさか。最新鋭技術が詰まった、エネルギー型のハンドガンだよーん。って、おっと」


 勢いが弱まったせいか、相手の足にぶつかって止まる。まるで挨拶をするかのように首を捻っておどけてから、まるでその延長線のように腕を上げてポイント、同時に撃ち抜いた。

 ――これで、六発。エネルギー充電開始。

 内心でカウントダウンを始めつつ、クレイジージャックは起き上がると同時にダガーを二本引き抜いて右手は順手に、左手は逆手に構えた。


「あああああああっ!」


 一方的な展開に気でも触れたか、ワニ頭の一人が叫びながら銃――アサルトライフルを構えて来た。

 一瞬、空気が固まる。


「おいおい、AKS-47かよ。さすがにそれは痛そうだ」


 クレイジージャックは苦笑しながらもおどけてみせた。


 スーツの硬度を操作すれば耐えうるが、衝撃は殺しきれそうにない。スーツのカタログスペックを隅々まで把握しているクレイジージャックはそう判断し、回避を選択した。

 相手が引き金を絞る僅か早いタイミングで地面を蹴って高く跳躍しながらバク宙。

 狙いが空中にやられると同時に低い姿勢で着地。


 ――チュン、と、空気が鋭く削られる悲鳴を傍で聞く。


 背筋が凍る。感情が昂る。

 相手の咆哮と同時に銃口が下げられる中、クレイジージャックは斜め上に跳躍し、壁に接地。両手両足を使って這い上り、さらに両手で壁を叩き、天井を駆け抜ける。

 そのアクロバットな軌跡を弾痕が追いかける中、クレイジージャックは天井からアクロバットに回転しながら落下、襲いかかる。


「あーらよっと!」


 アサルトライフルの銃口が真上を向き、吐き出される。

 逆手に持ったダガーが、7.62mmの弾丸を幾つも受け止めて弾く。その中で回転し、クレイジージャックは順手に持っていたダガーを投げつけ、アサルトライフルを持つ手首ごと切り落とした。

 その間にも吐き出された弾丸を、間一髪で回避し、両手両足を使い、四つん這いのような姿勢で音もなく着地。


 嘲笑うクラウンマスクで、敵を睨む。


 バネのように体が跳ね、悲鳴を上げるワニ頭に突撃。

 最大の威力を籠めた飛び後ろ回転蹴りがワニ頭の首の骨を砕くように折った。


 視界の端で、手首ごと転がったアサルトライフルが拾われたのを確認する。


 どういう腕力か、あっさりと手首を引き剥がして構えてくる。

 距離は近い。だが、クレイジージャックは冷静だった。


「よっと」


 そのワニ頭を掴んで盾にしつつ、弾丸をやり過ごす。予想通り、ワニ頭の胴体には防弾チョッキが装備されているようで、貫通してクレイジージャックを襲ってくることはない。もちろん、防弾チョッキそのものは貫通されているだろうが。

 息絶えているはずなのに、弾丸の衝撃で踊るワニ頭の後ろで、クレイジージャックはダガーを構える。


 一瞬の呼気。


 左へ飛び出すと同時にダガーを投擲し、その眉間を捉える。

 同時に、地面に落ちていたダガーを回収、右手からバールを握って殴りかかって来る一人に対抗すべく姿勢を入れ替えた。


「この、くそがああああああっ!」

「漏らしそうになってんのはお前の方だろ?」


 軽口を叩いてやりながら、そのバールを頭から受け止める。

 鈍い音。

 ひん曲がったのは、バールの方だった。

 一瞬の沈黙。

 クレイジージャックは笑いながらそのひん曲がったバールを腕の一振りで弾き飛ばし、懐に潜り込む。そのまま刃の軌跡は、一度も止まることなく頸動脈を切り裂いた。


 飛び散る、血。


 これで残ったのは、最後の一人。

 返り血を存分に浴びながら、クレイジージャックはその一人と対峙した。


「――……くっ! くそ、このままじゃ! ……カナリアっ……」

「カナリア? なんだそれ」

「知る必要はねぇよ!」

「ざーんねんだけどな? 俺は知りたいんだ。そもそも、なんだよコレは」


 顎をしゃくり、クレイジージャックは幾何学模様の集合体の機械を指す。


「これだけ高濃度なカオス粒子、そうそう使うもんじゃねぇだろ」


 クレイジージャックは声を低くさせて言葉を重ねる。

 この異世界ニアでのみ存在する、特殊な粒子。それが、カオス粒子。あらゆる物質との反応と拒絶を可能とする、まさに混沌カオス。故に、様々な技術に応用が可能で、実際クレイジージャックのスーツの動力源もカオス粒子である。

 また、その技術を利用して、彼の武器も構成されている。青白いエネルギーを放つハンドガンも、異様に切れ味の良いダガーナイフも。


 また、カオス粒子は、扱い様によっては、町一つ軽々と消し去れる破壊力さえ持つ。


 そんなものを高濃度で集めて何かに作用させる機械など、ただごとではない。


「うるせぇ、うるせぇ、うるせぇっ! あああああああっ!」


 やけになったか、残った一人が素手で殴りかかって来る。クレイジージャックは反射的にダガーを投げつけ、眉間を綺麗に撃ち抜いて沈黙させた。


「あ、しまった、やっちゃった。まぁいいか」

「良くありませんよ! せっかくの証拠を集められなくなったじゃないですかぁ」


 すかさず抗議を上げてくるサンダーソニア。

 しっかりと物陰に隠れてやり過ごしていたようだ。もちろん、そう出来るようにクレイジージャックが敢えて派手に立ち回ってやったのだが。


「うるせぇ、この機械はあんだろうが」


 耳をほじる素振りをしながら、クレイジージャックは舌打ちしつつ言い返す。

 ついやってしまったのだから仕方がない。


「それは、そうですけどぉ」

「とにかく、調べてみるしかねぇだろ。お前らそういうの得意じゃねぇの?」

「もう解析は始めてますから」


 ぶぅ、と頬を膨らませてサンダーソニアは言う。


「この世界を世界であらしめる物質――カオス粒子。これを使って、本当に何をするつもりだったんでしょうね」

「《ブレイク》が起こったのも、コイツが関係してるんだろうけどな」

「そうですね。後、カナリア――ですか」

「これは戻って報告ってヤツでーすかぁ?」


 真顔で考え込む様子のサンダーソニアに、クレイジージャックはため息をついた。


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