6輪 はいよる こんとん
今日から午後まで授業がある。
そして、放課後になった。
「あっけないわよね。みかたは ぜんめつ した 的な?」
わたしはツキちゃんを無視して帰る。
「ちょっと、ソラちゃん!? なのですわ」
「ナミ。いいの」
「でも……」
「あら? ヒカリも帰るの?」
「ずっと学校にいても仕方がねえだろ」
「そうだよね」
「ツキはどういたしますの?」
「私も帰るわ。最近調子悪いから」
「それってもしかして――」
「おめでたってやつかな」
######
「待って。ソラちゃん」
わたしを追って、ナミちゃんが駆けてくる。
「なに?」
「わたくし、ソラちゃんのことをソラって呼びますわ」
「どうして?」
「だから、ソラもわたくしのことをナミと――」
「止めてよ!」
わたしは感情的になって叫ぶ。
「わたしは怖いの。ナミちゃんだって、前はそんな名前じゃなかった。なのに、もう、わたしはナミちゃんの名前を思い出せない。みんなの名前だってそう。わたしの名前をわたしも忘れてしまいそうで――」
自分の名前がこの世界から消え去った時、わたしはどうなるのだろうか。
「ソラ!」
ナミちゃんはわたしのほっぺを、大福のように柔らかい両手で包む。
そして、無理矢理自分の方にわたしの顔を向けさせた。
「わたくしの名前はナミですわ。今は魔法少女ですもの。魔法少女は、大切なもののために何かを犠牲にしなければ、なれないのですわ」
「そんなの、無理だよ!わたしには」
わたしはナミちゃんの両手から逃げようとするけれど、ナミちゃんは思いのほか力が強くて、どうしようもない。
「わたくしはソラがナミと呼んでくれるまで離しませんの」
「ごめん。ナミちゃん。わたしは、まだ、現実を受け入れられない。だから、ちょっとだけ放っておいて」
ナミちゃんはわたしを心配してくれているのは分かった。
けど、まだ整理がつかなくて、そして、わたしの知らないことも多くありそうで。
わたしはその真実の数々を知ることが怖いのだ。
「そうなのですわね。わたくしも強引なのでしたわ。だから、一緒に同人誌を作りましょう今すぐ迅速に即急に作りますわよ!」
今度は逃げることができなかった。
「やっぱり、百合を目指すべきなのですかしら。やっぱりほもぉなのですかしら」
「ナミちゃん、好きだね」
ふとBLは暇なときに想像して悶絶する時があるけど、百合に関しては――
お花畑でわたしとツキちゃんが微笑みあっている。
ツキちゃんはわたしの頬に手で触れて、優しい笑みでわたしの唇を――
「なにで想像したのですの?誰で想像したのですの?」
「う、うぅ……」
とてつもなく恥ずかしくて、二の句が続かないというか、そんな難しい表現知らないというか、ともかく頭がパンクしそうなくらい顔も熱くなったりなったり、なったり――
「うんがぁ……」
わたしは煩悩を追い払おうとするけど、なかなか消えてはくれない。
「それがとっても大事なのですわ。その溢れ出すりびどぉこそ、創作に必要なのですの」
「作者はもっとりびどぉを抑えた方がいいと思うけど」
「だって、お金が無くて今月のでんげきもえおーを買えていませんのですの。そんなの、鬱憤たまりまくりなのですわ」
「義之分析ってやつね」
「で、どんな妄想を?」
「べ、別に妄想なんか……」
とにかくナミちゃんの意識を別のところに向けなければならない。
そう思ったわたしは近くにあったマンガの原稿を手に取る。
絵に自信がないといったことをナミちゃんは言っていたけど、そこそこしっかりと書けているラフ画だった。
「これって、ヒカリちゃん?」
身近な人をモデルにしただけなのだろうけど、まるで疑っているといった風にナミちゃんにけしかけてみる。
「やはり、わかりますのね……」
「え……」
わたしの口から甘い吐息が漏れた。
「そう……まだわたくしが小学校に上がったばかりのころですわ……」
わたくしは少し任侠なお家に生まれました。
両親は任侠な家が嫌いで、おじいさまの家から離れていたのですけれども、幼い頃にわたくしの両親は事故で亡くなって、わたくしはおじいさまの家にひきとられましたのですわ。
わたくしはおじいさまやその義兄弟たちに可愛がられて育ちました。
別に不満は少しもありませんでしたの。
おじいさまたちはわたくしを一般的な家庭以上の愛で育ててくださいましたもの。
でも、わたくしには分かっていたのですわ。
すこし、わたくしの家は他の家とは違うということを。
だから、小学校に入学した時もなるべく人々に関わらないようにしていましたのですわ。
他の人と関わると、わたくしの家の特殊性が浮き彫りになりますもの。
それが怖くて、でも、怖気づいていることをどなたにも悟られたくなくて、わたくしはずっと一人で過ごすと心に誓いましたのですわ。
でも、小学校ではみんなでやる共同作業が多かったのですの。
おともだちのいないわたくしはいつも一人で、誰にも声をかけられなくて、とても心細かった。
そんな時ですの。
「なぁ、お前、なんでいつも一人なんだよ」
わたくしに話しかけてきたのは、長くて黒い髪を頭の後ろでくくって短くした、男の子みたいな女の子たったのですわ。
ええ。どう考えてもヒカリですわ。
でも、わたくしはあまり人に関わりたくなくて、そうでなくてもボーイッシュな女の子は苦手というより怖くて、
「わたくしは一人でいいのですの」
と意地になって言いましたのですわ。
「なんだ、テメェは。カンジわりぃな」
そう言ってヒカリはどこかに消えて行ってしまいましたわ。
また、一人で長い時間を過ごさなくてはいけない。
そう考えると漠然と不安になって、折角お友達ができるチャンスだったのに、とわたくしは自分を責めましたのですわ。
「ったく、泣くくらいなら素直になれよな」
突然声が聞こえて、わたくしは顔を上げました。
すると、そこには先ほどの女の子ともう一人、優しそうな女の子がいたのですわ。
「こいつ、お守りが得意だから、お前をヒモにしてくれるぜ」
「バカなこと言ってんじゃないの」
もう一人の女の子、常に笑顔を絶やさない、肩くらいで切りそろえた髪の女の子はわたくしに言いました。
「ごめんね。コイツ、こんなんだから、とっつきにくいと思うけど、根はやさしいから。あなた、ナミちゃんよね」
わたくしは返事代わりに頷きましたのですわ。
「私はツキで、こっちはヒカリ。実はね、コイツがナミちゃんのこと気になるからって」
「どういうことですの?」
わたくしはきょとんとして尋ねましたの。
するとヒカリは真っ赤になって、「なんでもねえし」なんて答えるものですから、なんだかこっちまで恥ずかしくなったのですわ。
「ナミちゃんがおじいちゃんと暮らしてるって聞いて、ちょっと思うところがあったのよね」
「俺もママしかいねえんだ。病気だから、なんとなくお前の気持ちも分かってよ……」
「ママ!?」
ヒカリの口から出た、ギャップのあるセリフにわたくしはこのとき目覚めたのですわ。
百合という趣味に――
「ごめん、ナミちゃん。物凄く最後の一言までいい話だと思ったんだけど……」
「この物語の十八番なのですわ」
「いや、言わなかったらお涙頂戴ものだったのに」
「可愛い女の子には涙は似合いませんもの」
そう正面切って言われてしまうと、とても反応に困ってしまう。
突如として、ナミちゃんの秘密の部屋に二人きりであるということを意識してしまった。
なんだか心臓がバクついて、喉もカラカラになってきて――
「わたくしにヒカリが言った言葉なのですわ。わたくしはこの言葉をプロポーズだと思っていますの」
「いやいやいやいやいやんがるるが」
くしゅん。
「誰か俺の噂をしてやがるな。それも嫌な悪寒付きだぜ」
「大丈夫?ヒカリちゃん」
「……うん。大丈夫よ。ママ――」
「ちなみに、ヒカリを巡るライバルは多いのですわ。なにせ、極秘裏に行われた地下帝国の人気ランキングで一位だったのですわ」
「そんな――」
わたしほどでもないと思ってたけど、あまりモテないんじゃないかと思ってたのに――
「男女ともに人気なのですの。だから、わたくし、一瞬たりとも気が抜けませんのよ」
「そうなんだ……」
「突如としてそれぞれの髪型について設定をつぎ足しして申し訳ありませんのですわ。ようやく作者がそれぞれの容姿について考え始めたころですの」
「もう、内容が半分も終わっているのに、今さらなんだ……」
「ちなみに、ソラちゃんは三つ編みメガネですわ。西洋の町娘みたいな、かなり趣味的な服装をしていますのですわね」
ちなみにナミちゃんはブランドものを召していて、流石任侠の娘だと思った。
ナミちゃんの家からお暇する時に、ぼそり、とナミちゃんは言った。
「わたくしも、怖くないというわけではないのですわ」
どうして戦うの。
そうわたしが問う前にナミちゃんは言った。
「でも、わたくしはあの時の二人のように、強くありたいと思うのですわ。わたくしはあの時の自分自身を自分の手で助け出してあげたいだけなのかもしれない。けれども、みんなとともに、誰かのための活動をしていくというのはわたくしの夢でしたから。だから、怖さなんて無理矢理なんとかできますの」
じゃあ、わたしの夢はなんなのだろう。
わたしは何のために魔法少女を続けて行けばいいのだろう。
答えの出なかったわたしは、ナミちゃんに何も言えずに家を後にした。
帰り道を行くころにはもうすでに茜色の空になっていた。
「家を焼くのか……それとも、勘のいいガキは嫌いだよ、なのか」
あのひ みた そら あかね いろ の そら を
わたしが気持ちよく歌っているのを邪魔するように哀愁に満ちた口笛の音が響き渡る。
本当は仰々しいはずの曲が、あかねいろにそまるさかと相まって、心の底から締め付ける。
「わたしが気持ちよく歌ってたのを邪魔しないでくれる?」
わたしは白い髪に白い肌の魔女に言った。黒いゴスロリドレスを身に纏い、そこに実物大のフランス人形が立っているような錯覚を起こさせるような少女。
「それは申し訳なかった。魔法少女」
「びっちびっち びっちあくてぃびてぃ~」
「諸君らは魔女をバカにするものだと勘違いしていないか?」
「別に?作者の趣味でしょう」
わたしは魔女の顔を睨む。
夕焼けの影の中から、琥珀色の瞳が不気味に輝く。
「で、大魔女様が何の用かな?」
「大魔女でもないけどな。それこそ作者の趣味だろう」
―― C.V. 茜屋日海夏 ――
読めない人はコピペしてググろう!
「やふーの人がぐぐるって使うって言うネタ、もう定着し過ぎよね。ずっちゃんの声なみに定着してるわ」
「我ら思う故に我らなり」
「あなたもなかなかネタを連発するわね」
改めて、わたしは仕切り直す。
「で、まじでおたくないんぐりっしゅな魔女様が何の用なの?」
「なに。君を助けてあげようと思ってね」
くすり、と魔女は笑う。
そして、一瞬のうちにわたしとの間合いを詰めた。
「いまおこったことのありのままをはなすぜ――」
「君は魔法少女の運命から逃れたいと思っている。そうだろう?」
「そんなこと――」
いいや。それはわたしの本心だ。
わたしは魔法少女なんてやめて、何も知らない女の子に戻りたい。
「そんなこと――ない」
嘘だ。だけど、なんだか――
魔女はケケケ、と笑い声を出す。
「君がほかの魔法少女の運命も解き放つんだ、と言ったら?」
わたしは思わず、魔女の言葉に耳を傾けてしまっていた。
「なに、簡単だ。魔法少女の力の根源は夢と絆。だが、人間は、魔女になっても夢を忘れることはできない。なら、君の手で絆をズタズタに切り裂いてしまえばいい」
「どういうこと?」
「魔法少女に変身さえできなければ、運命に囚われなくて済むということさ。それに、もう、君はどうすれば彼女たちとの絆を断ち切れるか、知っているだろう?」
「そんなわけ――」
「嘘を吐かなくてもいい。自分を誤魔化さなくてもいい」
わたしは魔女の目を見た。
宝石のような輝きを持つ琥珀色の瞳にわたしは心を吸い込まれてしまった。
「君がみんなを救うんだ。そう考えれば気が楽だろう?」
「そう――ね」
わたしは思わず頬を緩めてしまっていた。
魔女の言葉を聞いた途端、心がとても軽くなった。
次回予告
「とうとう、ソラが闇落ち?」
「やっぱり、いつかはすると思ってました。普段はいい子だったのですけれど」
「毎日自由帳にカップリングを書き記すほどに情熱の迸る子でしたわ」
「みんな、悪ノリが過ぎない?」
「でも、もうすぐこの物語も終わっちまうんだな。なんだか切ないぜ」
「くっ。この超絶可愛いツキちゃんだけ仲間外れになるのね。らんぼうするんでしょ? えろどうじんみたいに」
「なんだか本気でそういう人が現れそうだよね」
『次回、お野菜戦隊 ベジタブレンジャー』
持ち込みの際は企画書から!
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