7輪 絶望へのカウントダウン



「君は魔法少女の運命から逃れたいと思っている。そうだろう?」



「そんなこと――」



「君がほかの魔法少女の運命も解き放つんだ、と言ったら?」



「なに、簡単だ。魔法少女の力の根源は夢と絆。だが、人間は、魔女になっても夢を忘れることはできない。なら、君の手で絆をズタズタに切り裂いてしまえばいい」



「どういうこと?」



「魔法少女に変身さえできなければ、運命に囚われなくて済むということさ。それに、もう、君はどうすれば彼女たちとの絆を断ち切れるか、知っているだろう?」



「そんなわけ――」



「嘘を吐かなくてもいい。自分を誤魔化さなくてもいい」



「君がみんなを救うんだ。そう考えれば気が楽だろう?」



「そう――ね」



 ######


 私の名はツキ。


 魔法少女ツキ。


 元の名前はあったけれど、捨てることにした。



「さて。今日はこの町の名物、そそぎ灘タワーに来ています」



 魔法少女にはアイドル活動が必要ということで(どうして?)今日はローカルテレビの撮影をしている。



「この町は皆さんもご存じの通り、緑に囲まれた、とってもいい町です。みなさんも温かくて、空気もおいしくて。そんな町の名物が、あの大きなタワー、そそぎ灘タワーなのです!」



 町の人はそんなことよく知ってるので、これはローカル局の作る町の宣伝番組なのだろう。


 もしかしたら都会とかで空き時間に放送されるかもしれない。


 そう思うと、ちょっと緊張してしまう。



「私は魔法少女ツキです。魔法少女である私はこの町で生まれ育ちました――」



 #####



「ふーう。地震雷家事親父ってな」



 帰宅した後、家事を終え一息ついていたヒカリは自分の言葉を嘲笑う。



(俺には親父がいねぇんだったな)



 ヒカリの父親について母親は何も言わず、ヒカリも尋ねはしなかった。


 ただ、何となくではあるが、母親の挙動から、ヒカリの父親はろくでなしであったという想像ができた。



(ママを無理矢理レイプして生まれたのが俺、とかか? でも、弟がいるわけだし)



 だが、ヒカリの母親とヒカリ自身の年齢を鑑みるに、ヒカリの母親は中学生でヒカリを生んだことになる。


 母親は歳を誤魔化していたが、弟の予防接種などの関係でヒカリは自身の母子手帳を見て、母親が自分自身を産んだ年を知った。



「色々大変だったろうな。ママも」


「ままぁ?」



 お絵描きをしていた八光がヒカリの言葉を聞いて、ヒカリに駆け寄る。



「ままはだいじょうぶなの?」


「ああ。大丈夫だ。すぐに良くなって帰ってくるからな」



 そう言ってヒカリは八光の頭を撫でる。



「ほら、もうすぐ飯にする……ぞ?」



 言葉を発している途中で、ヒカリは見慣れない光景を目にする。


 いいや、それは決して見慣れない光景ではない。


 ごく普通でもないが、おかしいところはどこにもない。



「ソラ……?」



 縁側からソラがヒカリたちを覗いていた。


 ソラは自分の家を知っていたのかと思い、どこかで知る機会でもあったのだろうとヒカリは無理矢理納得する。



「そんなところでどうしたんだ? ソラ」



 上がれよ、と言おうとした時、ソラはくすり、と笑った。



 その笑いがヒカリにはとても気味の悪いものとして映った。



「どうしたんだ、ソラ。なんだか様子がおかしいぜ?」



 ヒカリは本能的に八光を自分の背後に隠す。


 ソラは何も言わず、縁側に座った。



「ヒカリちゃんのお家ってこんなところだったんだ。初めてきたなぁ」



 ぱっといつものソラに戻ったので、ただの取り越し苦労か、とヒカリは安堵する。



「どうしたんだ?こんな時間に。ただ飯にでもありつこうってのか? お前は野良犬か?」


「野良犬みたいな生活をしてるのはどっちかな?」


「え……」



 ヒカリの体に戦慄が走る。


 体中が凍ったように冷たくなって、何も考えられなくなりそうだった。



「なんだよ。文句あるのかよ」


「ううん?わたしはとってもいいお家だと思う。とても温かい感じのする家だよ。なんというか、ずっと住んできた家族がとっても温かい家族だったんだね」



 ヒカリは母親とこの家で暮らしていた時のことを思い出す。



「そ、そうか」


「でもね」



 ソラは縁側に視線を移して言った。



「ボロい家だとか、貧乏くさいとか、保健所に住んだ方がいいのに、とか、そう言うことを言う子はいるよね」


「誰がそんなこと言ったんだ!」



 頭の中で思い出していたヒカリの記憶は一瞬にして壊れ果てる。


 ヒカリを支配するものは怒りのみだった。



「ツキちゃんとナミちゃん」


「そんなわけないだろ? あいつらが――」


「でも、わたしが嘘を吐く理由もないでしょ?」



 そう言われて、ヒカリの頭は混乱する。



「わたし、実はずっと我慢してきたの。ふたりがヒカリちゃんのいないところでずっとヒカリちゃんの悪口を言うものだから」


「そんなわけないだろ。あいつらに限って、そんな……」


「本当だよ。ヒカリちゃんのお母さんのことだって、病気が移るから、あまりヒカリちゃんと一緒にいたくないって。わたし、それを聞いて、もう無理だと思った。だって、あまりにもひどいから」



 俺たちの友情なんて初めからなかったのか。


 俺が貧乏だってのは仕方がない。


 嘆いたって仕方がない。


 でも、ツキとナミだけは、二人だけは俺のことを差別しないと思っていたのに――


 それに、大好きなママのことを悪く言うなんて――



「大丈夫。泣かないで。わたしはヒカリちゃんの味方だから。ヒカリちゃんだけの友達だから」



 ソラはふわり、とヒカリの傍まで近寄り、抱きしめる。



「もう、魔法少女なんてやめるの。わたし。あんな子たちとヒカリちゃんも一緒にいることない。ヒカリちゃんもわたしと一緒に魔法少女なんてやめましょう?ずっと二人でなかよくしましょう?」


「ああ……」



 ヒカリは涙ながらにそう頷いた。



 ########



「ナミちゃん。こんにちは」


「こんにちは。ソラちゃん」



 夕暮れ時の微妙な時間にどうしてソラが来たのかナミは少し不審に思ったものの、特には気にしなかった。



「どうしたの? こんな時間に」


「急にナミちゃんと話したくなって」



 ソラははにかむ。



「なにかありましたのですの?」



 すると、ソラは突然ナミのたわわの胸に飛び込む。



「ど、どういたしましたのですの?」


「ごめん。ちょっと、悲しいことがあって」



 ナミは優しくソラの頭を撫でる。



「今日、オタクだってバカにされて。それで、悲しくて……」


「まぁ!……」



 ナミにはソラの気持ちがよく分かった。


 自分自身もまた、人には言えないオタクな趣味を持っているのだから。



「ゲームやアニメの話ばかりして、キモいって」



 その言葉を聞いて、ナミは胸がチクリとするのを感じる。


 でも、それを払しょくしようと。



「でも、気になさらないで。その方たちはオタク文化のすばらしさを分かっていないだけなのですの」



 サブカルマニアの肩身が狭いことをナミはよく分かっていた。


 特に、まだ小学生となると差別意識は大きなものになる。



「そうだね。でも、それを言ったのがツキちゃんとヒカリちゃんだったから……」



 ぐすり、とソラはすすり泣く。



「そんな……」



 ナミはツキとヒカリから突き飛ばされたようなショックを受ける。


 あの二人も、やはり自分を得体の知れないもののように扱うのか。


 やはり、自分は受け入れられないのか。



「でも、話せばわかるかもしれませんし……」



 そんなことが杞憂なのをナミ自身がよく分かっていた。



「とってもひどいことを言われたんだよ? もう、わたし、みんなと一緒にいられない。魔法少女もやめるの」


「そんな……」



 ナミは自分の胸の中で涙を流しているソラが、自分自身の化身であるような気がしてならなかった。



「泣かなくても大丈夫なのですの。わたくしがソラちゃんを守りますもの」



 ナミは自らの胸の痛みを誤魔化すように、ソラをきつく抱きしめた。



 #



「ふふふ。なんてちょろいのかしら。人間って。こんなに弱いものだったなんて――」






 次回予告



「ああ、もう癖になりそう」


「ソラちゃんがいけない性癖に目覚め始めた!?」


「ツキちゃんも一緒にどう? 一気にヒロインの座に返り咲くことができるよ?」


「確かに、今回のソラちゃんはまるでハーレム物の主人公のようなモテっぷりね」


「まさか、生まれてくる性別を間違えた!?」


「いいえ!このままでいいのですの! むしろ、このままでなくてはだめなのですの!」


「ソラ。俺にはお前しかいないんだぜ……」


「うぅ……ヒカリが濡れた子犬みたいな表情に……これは私でもやられそうだわ……」



『次回、ハーレムでとっても満足してるはずなのに、何故か男キャラに惹かれ始めている』



 もう、ToHeartの幼馴染(男)のビジュアルのすさまじさ!



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