4.焼香


「我々は焼香をコンセプトからリデザインしました!」


 祭壇の前で真面目な女子の一群がプレゼンし始めた。

 オチタが見ると幼馴染は首を振る。


「焼香班は企画に熱中するあまりセクト化、三日前に連絡が途絶えた」


「何食ったら同級生の葬式でセクト化する人間に育つんや」


 呆れるチカちゃん。


「第一、焼香のあの粉は何か? 我々が注目したのは語意です。レ点をつければ、香ヲ焼ク。香ばしい粉、そう――香辛料スパイス。そこで我々はハッとしました」


 眉唾まゆつばで聞くオチタも気づく。どこかからいい香りがする。


「香辛料を炒るのって工程レシピの初期では? つまり従来の焼香は未完成。では完成形とは」


 聴衆は鼻の刺激にざわつき、寸胴と合宿用炊飯器を台車に載せたウエノさんがやってくる。焼香班が棺を床に降ろし、その上に匂いの元が乗せられる。


「これが我々のアンサーです!」


 全員集合後、ウエノさんが寸胴のふたを開けるとわっと歓声が上がり、黄金色のとろみがあらわに。


「カレーだよ~」


 会場は熱狂した。


「ふざ、」


 チカちゃんが怒るなりウエノさんが一匙すくって口に突っ込む。


「ムマーイ」


 一件落着。

 全員整列し、紙皿に盛られたカレーライスとプラスプーンをもらう。

 オチタも一口含む。


「ウエチが朝から仕込んだとっておきです!」


 焼香班の自慢どおり味は素晴らしい。大きな豚バラがホロホロ崩れ、重厚な脂とスパイスが得も言われぬ幸福をもたらす。


「ど?」


 ウエノさんがオチタの卓に来た。


「すごいよ」


 彼は素直に褒めた。


「そ」


 彼女は無感動に頷き、それから横の故人に微笑む。チカちゃんも笑う。


「最高や!」


「ちなみに出汁はチカの遺骨ガラっす」


 噴出ふきださない者はいなかった。


「テッテレ~」


「オドレラ!!」


「今のはウエチの単独犯!」


 チカちゃんと焼香班の喧嘩を尻目にオチタは焦っていた。

 時が無情に過ぎる、あの燃える校舎の中と同じ。




 避難先の校庭に彼女がいないと気づいた瞬間、体が動いていた。最悪の愚行だが、力任せにアガリや教員を振り切り、火の海に戻った。


『そんなドラマっぽいことしたら危ないよ~』


 年配の消防士の言葉が今も彼をさいなむ。

 結局、彼はげたチカちゃんを抱え何処どこにも逃げられず泣きべそを掻いただけだった。


 この前の中間、三人で一緒に勉強していた時の言葉が今も胸を突く。


『こんなとこ山賊ぐらいしか仕事無いやん? 上京編は最高に面白くなるで』


 と、豪語した彼女に続編はもう無い。

 どうしてもチカちゃんの願いを叶えてあげたい。

 でもみんな焼香めしに夢中だ。




「あーあ」


 食後のアガリは一面カレー味の床をうとましげににらむ。


「掃除手伝う」


 オチタがそう言っても彼女は表情を変えず、前髪をアメピンで留め始めた。


「いや、逃げよう」


 留めながら、らしくない冗談を言った。


「今から僕と山行こ。赤岳アカダケから縦走じゅうそう。泊りで」


 同年代には珍しく登山が二人の趣味だ。彼女の叔父の影響で、幼少から近くの連峰を踏破してきた。


「どう急いでも美濃戸ミノトで日没だ」


夜間登山ナイトハイクもいいけど。ま、明日か」


「ダメだってば」


「みんなー!」


 司会が声を張り上げ、会話は打ち切られた。


「いよいよだよー!」

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