3.弔辞・弔電奉読


「えー、校長が逝ったので弔辞奉読はちゅ、イケガミ!」


 司会の宣告、そこでオチタが立ち上がり代行、のはずだった。


「間に合った!」


 駆けつけたのはクラスの放送委員、手には一枚の円盤。後ろからテレビとDVDプレーヤーを台車に載せたウエノさんが続く。

 オチタがアガリを見ると、『完成していたの?』のアスカ顔をしている。


「弔電子映像が届いたので今から奉読込します!」


 用意が済むと、司会は興奮した様子で再生ボタンを押した。

 古印体でデカデカとタイトルが出る。


【 弔電 】


「なんで葬式って故人がやること無いんやろ?」


「私のお婆はクロークやらされてたよ」


 チカちゃんはその辺の友達と雑談していたが、テレビに真剣なイケガミ君が映ると義理で一瞥いちべつした。


『今回の弔電は、故人が産まれる前に死んだとされていたお父様からです』


「ぬぐ」


 当然画面に飛びつく。


『十月下旬、匿名の情報を入手した我々はアマゾン奥地へと向かった』


「海外!?」


 イケガミ君が高速バスに乗り込む姿が映され、次のカットではスラム街を歩いている。


【 ブラジル最大の都市 アイリン 】


 彼はスーパー玉出に入り、お土産を物色し始めた。


「いやそこ大阪のあいりん。なんで弔電で平然と嘘つくん?」


 と、笑い飛ばしてチカちゃんは母親の方を見た。

 その顔は紙のように白い。


「え」


 目が合うと反らされ、娘は恐る恐る続きに戻る。

 クリオネ片手に放送委員が訪ねたのは木賃宿ドヤの一室。


『ここにお父様がいらっしゃいます』


 コンコン。

 ゴクリ。彼女は唾を飲む。

 戸が開く。


『ダレヤ?』


 出てきたのは上下スウェットの黒人男性だった。


【 イブラヒム・チカパパさん (64) 】


「なんでや!」


「イビー……」


 お母さんの瞳に涙が光る。


「嘘!?」


 チカちゃんは目をしばたたかせ、自分の両手を眺める。


「言われてみると肌が黒くなってきた気が」


 彼女はじっと画面の男性を見つめる。

 男性はイケガミ君から説明を受けた。何度か頷き、カメラをうるんだ瞳で見返す。


『チカ』


「オトン……」


 彼は長い沈黙の後、重々しく口を開いた。






『テッテレー』


 振り向くと【大成功】の看板を掲げた母親が。


「ババア!!!!」


 さすがにブチ切れた故人が喪主と弔電班を半殺しにするのを尻目に、アガリは肘でオチタをつつく。


「司会が笑い止む前に」


 オチタは頷いて椅子を軋ませる。

 その時、チカちゃんがスカートを振り乱してイケガミ君にハイキックした。




『オチタ君はそれでええん?』


『……』


 彼は握力89kgの拳を握りしめ震えていた。

 夕方駅ロータリーコンビニ前。彼をぶん殴り最後のヤンマガを略奪したおっさんは、原付をふかして嘲笑あざわらう。

 通りすがりのチカちゃんは眉根を寄せた。


『そか』


 彼もおっさんも早々に立ち去ろうとしたが、彼女は違った。


『でもな』


 すっと背を伸ばし、走り出す原付へ。


『ウチの答えはこれや!』


 そして脚を上げ、カブごとおっさんを蹴倒けたおす。

 直後二人とも警官に連行されたが、間違いなくこの時だ。

 恋に落ちた。




「はい、次はお焼香でーす」


 涙を拭った司会の子が進行を再開する。


「オチタ?」


 彼は立てなかった。

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