2.読経

 ポクポクポクポク……


観自在菩薩かんじざいぼさつ 行深般若波羅蜜多時ぎょうじんはんにゃはらみったじ……」


 肩に凹型の経文をひっかけたカミヤがお経を唱えている。


「ただハゲてんじゃなかったんだ」


「寺生まれだって。幽霊も見たことあると」


 わいわい騒ぐ他の連中を余所に、オチタは自卓で悲嘆に暮れていた。


「もう落ち着いたしデスブルーでしょ」


 隣席のアガリは素っ気ない。短パンでスカートを気にせず胡坐あぐら

 チカちゃんはと言えば、木魚で遊んでいる。


「でも最後の願いだ。お前もなんか考えろ」


「なんで僕が」


「ちょうどいいじゃん」


 女子の一人が口を挟む。


「アガリが製作総指揮スピルバーグなんだし」


「悪の総本山かよ。なあ、友達だったろ?」


 彼女が浮きがちなチビを気遣いオチタと三人で昼食を食べるようになったのが、交流の端緒たんしょだった。


「……仕方ないなあ」


 アガリは複雑そうだが、サバトの全貌を知る人間は心強い。

 しかし、クラスメイトは人面獣心だ。


「みんなが感動して泣くには何が要る?」


「んー」


 アガリは整った鼻梁びりょうが歪むほど悩んでから答えた。


「権力……」


「校長!」


 オチタは以心伝心で理解して走り出す。

 ――内申を人質に圧力をかけてもらう。エレガントな解だ。


 ところが、校長はとあるテーブルの下に冷たくなった姿で発見された。


「あ、あの」


 総白髪の校長はガチガチと歯を鳴らしつつ、かろうじてチカちゃんを指さす。


「か、関西弁の罵声を聞くと、神戸で会社員だった頃の上司……退職強要……」


「失礼しました」


 オチタは席に戻ってアガリに告げる。


「ホッブズ」


「クソッ、ここは無政府状態リヴァイアサンか!」


 秒で理解した彼女は次の案を出す。


「ロック」


 オチタは理解した。


「ルソー!」


 横からの茶々は無視。二人は会場隅のカラオケコーナーに向かう。


「ノボル、K-POP禁止」


 オチタの要求にノボルは熱唱をやめ、顔をしかめた。


「いきなり差別かよ。これだから」


「葬式だからだよ。故人の趣味でも何でもないし」


 日韓ハーフの彼は流暢りゅうちょうにK-POPを歌えるが、葬式のBGMには向かない。

 つまり、二人は「性善説を信じ自然法に則り、葬式を本来の形にすれば人間は自然に泣く」と考えたのだ。


「せや。ウチはオーケンしか聴かんで」


 暇なチカちゃんがノコノコやってきた。


「マイク貸してや」


「嫌だ、今日は喉が枯れるまでやる」


 マイク争奪戦はすぐに人数が増えて乱闘となり、二人から遠ざかっていく。


「せめて泣ける曲、コンギョは二度と歌うなよ!」


 そう叫ぶのが精一杯で、アガリは肩をがっくり落とした。


「ダメ。こんなのキリがない」


 オチタも一つ一つ直していくことの前途多難を把握した。


「まずさ、なんで会場が体育館なの?」


 十月末の午後。本来ならまだ早いが、今日は特別にヒーターを焚いている。


「校舎は全焼したから」


「いや普通のとこは」


「あー」


 アガリは少し声を潜めて答えた。


「チカちゃんちクソ貧乏でしょ」


「あー」


 カラオケ機器の横でお茶をすすっていた男子が相槌あいづちを打つ。


「去年弁当にひえだけ詰めてきたのは腹筋壊れるかと思ったわー」


 オチタもそのとき笑い過ぎて下痢になったことを思い出した。

 そして、ハッと気づく。


「これだ!」


「何?」


「チカちゃんはピーキーだけど顔は広い。みんなの記憶に残るエピソードが絶対ある。日常の一部が永久に失われたと気づけばいくら友達でなくてもホロリと来るはずだ。となると」


「勝負は」


 得心したアガリが言葉を継ぐ。


「故人との思い出が語られる」


「弔辞奉読!」


 二人の息はぴったりで、カミヤの経は誰も聞いていない。

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