笑ってはいけない好きな子のお葬式

あたし黒髪のようにとけそうな気がする

式次第

1.開式

「えっ香典? いいよ、学生は拾ったドングリとかで」


「嘘……」


 チカちゃんの葬式は入口からもうひどかった。


「な、なら大人は?」


 オチタは動揺してどうでもいいことを聞いてしまった。


「ふわあ」


 受付のウエノさんは斎場さいじょうを見やりつつあくびを一発。会場への扉は開け放たれ、二人の同級生らがテーブルを囲んで駄弁っているのが見える。

 彼女はずれた眼鏡を直してから、オチタに顔を戻した。


「四千円。カミヤに校長にチカのママだけだけど」


「そう……」


 オチタは香典袋をブレザーの懐にしまい、ポケットから偶々たまたまあったとちの実を取り出して渡す。


「あんのかよ」


 手を伸ばすウエノさんは半笑いだ。

 オチタが会釈えしゃくしかけると、会場からBGMのK-POPに紛れて怒鳴り声がしてきた。

 ここまで行くと誰でも不安になる。


「え、マジ?」


 聞きながら彼は扉の横に貼られた紙を確認する。黒字で大きくこう。


【故 諏方よりかた高校三年三組チカちゃん 儀 葬儀式場】


 完璧だ。傍に【一生懸命成仏中】の看板が無ければ。


「マジっす」


 マジなら仕方ない。

 栃の実を受け取っても、まだ彼女はオチタを見ていた。


「てかさ、よく来たよね、オチタ君」


 オチタは沈痛な面持ちで会場に足を踏み入れる。



 会場には同級生と他数名で四十人ほど、大人は本当に三人しかいなかった。喪服を着ているのは校長だけで、生徒は制服か部ジャー、私服も少し。

 円テーブルとパイプ椅子のセットがいくつかあって、卓の中央には紙コップのタワーとジュースやお茶のペットボトルがある。壁には万国旗や輪飾りがかけられ、会場をカラフルにしていた。

 お喋りやソシャゲなど全員思い思いにくつろいでいたが、オチタが入った瞬間だけ水を打ったように静まった。


「おう」


 喧噪けんそうの再開と同時にカミヤが声をかけてくる。袖にチョークが染みた普段のスーツだ。


「先生」


「お前、平気か」


「はい。両親も行って来いって」


「そっちじゃなくて、いや」


 彼は発言を中止し、剃り上げた頭を一撫で。オチタの肩を叩くと席に帰った。


 オチタは最奥の祭壇の方を向き、チカちゃんの遺影を見る。

 色の薄いショートボブを二つに結び、大きな瞳、八重歯を覗かせVサイン。

 小柄な体に元気いっぱい、誰にでも優しかった。

 好きだった女の子の笑顔、それだけでオチタはくずおれそうだ。


「なんなんやこの葬式!?」


 怒号は無視。

 祭壇はお棺も含めて杉のコンパネと角材製、運動会とかの紙の花が飾ってある。

 あの棺に中身が無いことを彼は知っている。二目と見られなかったし、早々に骨にしたそうだ。


「普通気づくやろ『妙だぞ』て!」


 祭壇の横で言い争う連中はオチタの視界に入っていたが、極力関わりたくなかった。しかし幼馴染のアガリがその中にいて、目が合う。

 仕方なく彼は彼女の手招きに応じた。


「とにかくもう時間だし、今日のところはこれで」


「ウチは今日しか無いんや!」


 面子は数名の生徒と、キレ散らかすチカちゃんだ。ブレザーの上はダメになったから今日はワイシャツの上に黒い部ジャーを羽織っている。

 矢面に立つのは司会役の女子で、アガリはその取り巻き。近づくと困り顔のまま手を振る。


「何これ?」


「えーと」


「あ!」


「う」


 アガリが説明しかけると、チカちゃんが彼に気づく。

 オチタはキュッと心臓が縮まるようでアガリの陰に隠れようとした。しかし、故人がその腕をむんずとつかんで引きずり出す。


「聞いたってオチタ君! このバチアタリ暴力人間どもの非道を!」


「ひどい!」


むっとして司会の子が反論した。


「みんなで今日まで頑張ったのに、『仕事帰りとか看板見た人が「おっやってるやってる」て寄りたくなる素敵な式にしようね』って」


「常識無いんかキミら!」


 ヒートアップする彼女に次第に会場の面々も集結してくる。


「お前それはワガママだろ」


 男子のまとめ役ポジション・フキアゲ君は面倒臭そうだ。


「もう遅いよね」


 女子の各集団からも不満の声が。


「だっておかしいやん! 斎場イカレとるし、総員ユルユルやし、そもそも…」


 でもチカちゃんは退かない。


「ウチの葬式で誰も泣いてないってどういうことや!」


 すると、総員は顔を見合わせて微妙な表情になった。

 見るに見かねて、オチタが口を出す。


「あの、故人の遺志は尊重した方が」


「あ?」


 バスケ部エース・ツンツンヘアー・フキアゲ君のオラつきに陰キャ・オチタは怖気おじけづき、190cm115kg体脂肪率11%の体を縮めてアガリの背に隠れた。

 そのせいで彼女に視線が集まる。背が高く気さくで、髪をアップでまとめると王子様みたいな風格がある。級長などに祭り上げられる役回りだ。

 僕もその気持ちに寄り添いたいよ、と前置きしてアガリは切り出す。


「でも『最後まで楽しく、みんな最後まで笑っててや』て言ったのチカちゃんだよ」


「だってこんな楽しもうとするなんて思わんやろ!」


「でも本人も『お焼香の粉がきな粉なら爆笑やろなあ』とかウキウキだったし」


「血を吐きながら言うてたの心で! 後それ全く面白くないから忘れて」


 劣勢を悟ると、チカちゃんは腕組みして神妙な口調で問いかけた。


「のう、なんで人が死んでも葬式まで生きとるかわかるか?」


「あ?」


 フキアゲ君が胡散臭うさんくさそうに唸る。


「キミら遺された者が、ドバドバ泣いた涙の海でジャブジャブ泳いだ話をするのが天国の流行やからや。ウチがあっちでボッチになってもええんか?」


「ねーよそんな不潔なノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」


「あとチカは前科あるから地獄じゃん」


 フキアゲ君の脇から女子の一人がサクッと刺した。


「あれは示談じだんですう!」


「意外に新海誠的な景観で良いとこかも」


「地獄前提にすなっ。決めた! もう決めた!」


 アガリのおためごかしに取り合わず、チカちゃんは憤然ふんぜんと言い放つ。


「全員泣くまで帰らせへんからな!」


 会場は騒然となった。

 眼鏡をかけてねっとりした黒髪の太った男子が挙手。


「明日の二十七時に外せない用事が」


「コラオタク! 明日の深夜アニメ心配するほどウチで泣けないんか!」


 たじろぐオタクと対照に、フキアゲ君は一歩進んで断言する。


「今日まで準備してきたのは休校の暇つぶしだ。俺ら楽しむつもりしかねーから」


「そこまで!? ただ泣いて悲しんでもらいたいだけやで?」


「でもチカが死んで一週間だし今さら泣くのもムズいっしょ」


 女子の一人が言う。


「一理ある」


 誰かが頷く。


「大体、仲良くもねークラス同じなだけの奴が死んでも普通『ふーん』だろ」


 フキアゲ君が言う。


「万理ある」


 わりとみんなが頷く。


不謹慎ふきんしんやろがこのクソボケ共!」


 もはや大惨事。

 ふと司会の子が壁の時計を見た。


「あっ開式」


「よし、やっか」


 みんなは円陣を組み、ウェーイ、オーと雄叫おたけぶと、席に戻っていった。

 残されたのはチカちゃん、オチタ、アガリの三人だけ。


「あああああああああぬ」


 チカちゃんは棺に突っ伏して哀号。

 エプロン姿の女性がそこに歩み寄り、肩に手を置いた。


「オカン……」


「都合あるから延長なんて許さないよ」


 喪主は席に戻り、焼酎チャミスルをチビチビ舐めるのを再開した。


「実の母それだけ!?」


 孤立した彼女が頼れるのはもう一人しかいない。


「オチタ君! 準備に参加しなかったキミだけはウチの葬式で笑ったりせんよな!?」


「う、うん」


「絶対やで!」


 オチタが再度頷くと、チカちゃんは彼の手を取り懇願こんがんした。


 ――あの悪鬼羅刹クソボケアホどもに人の心を思い出させてくれや!


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