第二章 薔薇色ならざる新婚生活3
★★★★
シルヴィアが自室に戻ると、服を
「さぁ陛下、どうぞゆっくりとお
「心にも無いことを言うな。今は二人きりだ。夫婦円満だと、
アシュナードは言い捨てると、ビロード張りの
(……
シルヴィアは机の引き出しから手紙を取り出すと、アシュナードへと手渡した。
「これは以前陛下から届いた手紙ですが、瘴魔の気配が染みついていました」
「私には全く感じられないが、
「普通の人間や力の弱い
「あがってきていない。具体的に、どれほど瘴魔に近づくと、気配が移るものだ?」
「断言はできませんが……だいたい、声の届く
「城内は衛兵を置いているが、死角となる
「そうでしたか……」
手がかりが残されていないと知り、シルヴィアは
「……念のため確認するが、先ほどのあれは、確かに瘴魔だったのか?」
「間違いありません。祝片の子である私の力を受け消滅したのが、何よりの
「祝片の子の力で退治できたから、あれは瘴魔である、か」
皮肉気な笑みを、アシュナードは
「なぜ笑っていますの? 私、何かおかしなことを言いましたか?」
「気にするな。まだ、お前の知る必要のないことだ」
気になる。だが、これ以上アシュナードは、その点について話を掘り下げる気は無いようだ。
シルヴィアは頭を切り替えた。
「この城での瘴魔退治は、私にとっても予想外のものですわ。十五年前、私の行った封印の儀は、確かに成功しました。教国に伝えられた古文書に
「私も、そして各国の王たちも、教国からそう聞いていたな」
「だからこそ、私にもわからないのです。それに、もし瘴魔の復活が早まったとしても、この城に現れるのはおかしいのです。瘴魔の多くは、大陸に散在する『吹き溜まり』と呼ばれる、
「城内で瘴魔が見られるのなら、各地の『吹き溜まり』の近くで、瘴魔の
「その通りです。陛下の下には、瘴魔出現の報は届いていないのでしょう? なのに瘴魔は、この城に現れた……」
小さく目を伏せると、シルヴィアは考えを
(ひょっとして、眠り続けるはずの私が目を覚ましたのと何か関係があるのかしら?)
封印の儀は成功し瘴魔は
封印の儀は、シルヴィアが十五年前に術を発動させた時点で、
なのに、シルヴィアがこの国に
(原因は、私なの? 私のせいで、この国の人が、瘴魔に
シルヴィアは首を振り、暗い想像を頭から追い出した。
今の段階で、
「……瘴魔出現が何を意味するのかは、私にもわかりませんわ。ですが、今夜の瘴魔の他にも、まだ
「おまえが動けば、瘴魔の
「それが、聖女である私の務めですから」
言い切った言葉に
軟禁状態を脱したいのも本当だが、シルヴィアの嫁いだこの帝国で、瘴魔の爪に倒れる人間が出たら、聖女の名が泣くというものだ。
アシュナードは無言でシルヴィアを見つめると、薄く唇を開いた。
「ならば、一つ条件がある。瘴魔の再出現については、無用な混乱を避けるため、広く公表することはできない。おまえが勝手に動いて、面倒ごとを引き起こすのも禁ずる。この部屋を出て瘴魔について調べるのなら、私と行動をともにしろ」
「それでは、今と大差ありませんわ。早期解決のためにも、私は自由に動きたいですわ」
「ならば
「どういうことですの?」
「瘴魔の
アシュナードが
「瘴魔が、よりにもよって敵の多い私の近くで現れたことを、不自然だとは思わなかったか? それにおまえと違い、私に瘴魔の
「それは……」
アシュナードの敵――――つまり瘴魔の再出現に、人間が絡んでいるということだろうか?
シルヴィアにとって、瘴魔は害獣と同じだ。人の世の外より
シルヴィアは今や、
そんな状態で、もしアシュナードが瘴魔に襲われることがあれば、手落ちにもほどがある。
「わかりましたわ。しばらくは、陛下にお供し、一緒に動きたいと思います」
「わかればそれでいい」
「……では、帝都の南にあるレナンド教会への訪問予定を組んでもらえますか? あの教会の近くには、『吹き溜まり』がありますから、この目で確認しておきたいのです」
瘴魔の生まれ出づる『吹き溜まり』の中には、人里近くに位置するものもある。そういった場所には、瘴魔の被害を広げないよう、祝片の子の
現在は瘴魔の
(本当は、もっと自由に動ければいいのだけど、教国と帝国の力関係を考えると難しいわね。ここがアシュナードの支配する帝国内である以上、あまり無茶もできないもの)
今のところ、アシュナードにシルヴィアや、教国を直接害する気はないようだが、信用することは
「できるだけ早く教会を訪問したいのですが、いつ頃になりそうですか?」
「明日明後日は外せない会談が入っているから、三日後の昼下がりだ」
「わかりましたわ。では、夜ももう遅いですし、今夜はここまでにしましょうか」
アシュナードに退出をうながし、見送りのためにと席を立つ。しかし、アシュナードが腰を浮かせる気配はない。それどころか、長椅子の座面に足を投げ出し体を横たえてしまった。
「……そこは、陛下の寝台ではありませんよ?」
「あぁ、上質な布と綿を使っているが、寝心地は良くないな」
不満を言いつつも、アシュナードが身を起こす気配は無かった。
「気持ちよくお休みになりたいなら、寝台に行ってくださいませ」
「なんだ、おまえ、私と同じ寝台で寝たいのか?」
「何故そうなるのですか。陛下の寝室に戻って、一人で眠ればよろしいでしょう」
「私だってそうしたいさ」
「でしたら、何故ここで?」
「考えてみろ。おまえと私は、形だけとはいえ
「それはまぁ、そうですけど…………」
シルヴィアは歯切れ悪く答えた。
(夫婦って、そういうもの? 一晩中同じ部屋にいなきゃいけないってこと……?)
シルヴィアには、誰かに恋をしたことも、その先の段階へ進んだ経験も無かった。
聖女として、封印の儀に
「陛下のお考えはわかりました。ですが、長椅子で寝て体を痛められたりしたら、そちらの方が厄介です。寝台を
「それならば、おまえはどこで眠るのだ?」
「陛下が起きるまで、この部屋で書物でも読んでおりますわ」
皮肉にして幸いなことに、アシュナードと違って、時間だけは有り余っているのだ。睡眠時間の不足は、日中の仮眠で
「やめておけ。書物を読んでいるうちに居眠りし、体を冷やすのがオチだろう」
「ご心配なく。私は眠りこんだりしませんわ」
「うたたね聖女様に言われても、説得力が無いな」
「誰がうたたね聖女ですか。変な呼び名を、勝手に人につけないでくださいませ」
「なんだ知らないのか? 寝台から離れられず部屋から出ないおまえの姿を見て、民たちはうたたね聖女と呼んでいるぞ?」
「……それは、陛下が私を部屋に閉じ込めていたせいでしょう。事実無根ですわ」
ずいぶんと情けないあだ名を、知らない間に付けられていたものだ。
よりにもよって
「おまえは、うたたね聖女という名を
「たとえ眠気があろうとも、聖女の名にかけて、人前でうたたねなんてしませんわ」
「現に先ほど、人前で意識を失いかけていたのに、か? いくらおまえが立ち
「…………」
黙り込む。アシュナードは目をつむり、シルヴィアを見ることも無く唇を開いた。
「私なら軍隊経験のおかげで、寝台以外で眠ることにもなれている。だから、寝台はおまえが使って問題ない」
適材適所と言うやつだと
「…………お休みなさいませ、陛下」
睡眠態勢になるアシュナードの姿に、シルヴィアも仕方なく
(うぅ……お布団気持ちいい。でも、気持ちいいからこそ、悔しいわね……)
(あの陛下、本当に性格が悪いわ。そんなに私を寝台で眠らせたいのなら、あんなあだ名なんて持ち出さず、素直にそう言えばいいのに――――って、うん?)
自分の思考にふと引っ掛かりを覚え、首を
(ひょっとして陛下、私の体調を心配していたのかしら?)
うたたね聖女と、人を
(血も涙も無い人間かと思っていたけど……)
意外といい人―――とまでは思わないが、情ややさしさ、思いやりといったものの持ち合わせが、皆無では無いのかもしれなかった。
(人を
とめどなく考えていると、シーツに体が沈み込むようで、
(…………そういえば、さっき急激な眠気を感じたのは何だったのかしら?)
祝片の子が限界近くまで力を使うと体力を
だが聖女であるシルヴィアにとって、先ほど瘴魔に使った力は全力には程遠かった。
(十五年間眠っていたせいで、まだ本調子ではないのかしら……?)
一抹の不安が、まどろみの中で浮かび上がってくる。
原因不明の
わからないことだらけで心もとないが――――――
(でも今は、眠らなきゃ。せっかくあの陛下が寝台を譲ってくれたんだもの、しっかり眠らなきゃもったいないわ)
あれこれと考えるのは、睡眠をとって頭をすっきりとさせた後だ。
眠気に身を任せ、思考の
(陛下の方も、よく眠れているといいのだけど――――)
さきほど、長椅子で
その姿にどこか
------------------------------------------------------------------------------
次回は【2018年8月21日(火)更新予定】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます