第6話

「わ、悪い! ちょっと人が多くてさ……」


「そうなの? まぁでも、お互いの友達付き合いもあるもんね」


 良かったと高志は安心した。

 これでなんとか部屋には来られ無い、しかしピンチに変わりは無い。

 早いところ、部屋に戻って店を抜け出さなくてはと高志は考え、紗弥の元を離れようとする。


「じゃ、じゃあ俺はもどるな! また夜に……」


「あ! 高志君、ドリンク取りに来たんだ……」


「はぎゃぁぁぁ!!」


 戻ろうとした高志の前に現れたのは、高志を狙っている夢だった。

 夢もドリンクを取りに来たらしく、手にはコップを持っていた。


「高志……誰?」


「えっと……高志君の友達?」


「いや……あの……えっと……」


 こういう瞬間を修羅場と言うのだろうと、高志は思っていた。





「ごめんなさい!!」


 カラオケボックスでの合コンが終わり、家に帰宅した高志はリビングで土下座をしていた。 相手はもちろん紗弥。

 紗弥は困ったような表情で高志を見ながら、膝の上にチャコを乗せて頭を撫でていた。


「……確かに、私に飽きたら捨てて良いって言ったけど……」


「ち、ちがうんだ!! アレはただの数合わせで……」


「言い訳しないの! この馬鹿息子!!」


「全く……誰に似たんだか……」


「お父さんでしょ?」


「え?」


 なぜリビングで土下座をしているかと言うと、帰ってきた高志と紗弥の話しを高志の母親が聞いていたからで、非常に怒っていた。


「だから、アレは優一に……」


「言い訳しないの! 全く情けない……アンタに紗弥ちゃんはもったいないくらいなのに!」


「全くだよ、父さんは母さんだったから、余計にうらやま……」


「何?」


「いえ、なんでもないです……」


 高志は激しく後悔していた。

 やっぱり行かなければ良かった、強引にでも断っておけば良かったと、高志は自分を責め続けた。

 一番嫌だったのは、紗弥を悲しませてしまった事だった。

 寂しそうな紗弥の表情を見ると、今も心が痛む。


「……高志は……私に飽きたの?」


「違うんだ! 今回のアレは優一に無理矢理!」


 そう言う紗弥の表情も暗い、高志どうすれば紗弥に信じて貰えるかを考える。


「にゃー」


 チャコまで目を細めて、高志の方をジーッと見つめている。

 なんだかチャコまで怒っているような感じがする。


「上で二人で話ししよっか……」


「う、うん」


 紗弥にそう提案され、高志と紗弥は二階の高志の部屋に上がっていく。


「紗弥ちゃん! ぶっ叩いて良いからね!」


「そうだよ、そんな最低息子で申し訳ない……」


 階段の下から高志の両親のそんな声が聞こえて来る。

 チャコも紗弥の後ろにくっついて来た。

 部屋の中に入り、紗弥は高志のベッドに座り、高志は自分から床に正座する。


「………正直……凄く傷ついた…」


「う……す、すいません……」


「……本当に私に飽きてない?」


「飽きてない! む、むしろ夢中です!!」


「そ、そう言うのは良いから……」


 高志の言葉に、紗弥は顔を赤らめ顔を反らす。

 チャコは再び紗弥の膝の上にやってきて、高志をジーッと見つめる。


(チャコ……お前がなんか一番怖いよ……)


 いつもは高志にすり寄ってくるチャコだが、今日に限ってはそれが無い。

 ただジーッと自分を見つめてくるチャコが、高志は怖かった。


「……じゃぁ、まだ私が好きって……照明して……」


「え……ど、どうやって?」


「し、しらない! 自分で考えて!」


「え……えぇ……」


 そう言われた高志は、必死に考えた。

 どうやったら紗弥に照明出来るだろうかと、頭をフル回転して考えた。


「えっと……じゃあ、その……抱きしめて良いですか?」


「……す、好きに……すれば……」


 高志は考えた結果、何かの雑誌で見た、彼女と仲直りする方法を試して見る事にした。

 抱きしめて、優しく話し掛ける。

 そう雑誌には書いてあったが、効果はあるのだろうかと、高志は半信半疑だった。 

 しかし、他に方法も思いつかず、高志はそれを実行する。


「し、失礼します……」


「ん……」


 高志は紗弥を後ろから抱きしめる。

 弱々しくて柔らかいその体は、強く抱きしめたら壊れてしまいそうだった。

 紗弥の心臓の音が高志にも伝わって来る。


「紗弥……ごめん」


 高志は紗弥の耳元で優しく囁き始める。


「………私が一番?」


「うん」


「……別れない?」


「うん、有り得ない」


「………じゃあ……もう少しこのまま」


「うん、ごめんね」


「もういい……抱きしめられたら、どうでも良くなっちゃった……」


 紗弥は高志の手を握り、うっとりした表情で高志に体を預ける。

 高志はそんな紗弥の体を優しく包み込む。

 夏休み前から波乱の予感だったが、なんとか丸く収まり高志は安心する。

 そして、高志は誓った。

 今後は絶対紗弥を悲しませないと……。


「ねぇ……」


「ん?」


「水着………一緒に買いに行こ……」


「え……じょ、女性用は友達との方が……」


「浮気者……」


「一緒に行かさせていただきます!」


 当分、紗弥には頭の上がらなそうな高志だった。





 色々あったが、夏休みに突入した。

 高志は紗弥とほとんど毎日一緒だった。

 午前中に紗弥と共に宿題をし、午後は二人で出かけたり遊んだりする生活だった。

 そして、今日は約束の水着を買いに行く日。


「な、なぁ…紗弥」


「なに?」


「ほ、本当にここで買うのか?」


「うん、高志は文句言えないよね?」


「うっ! つ、付き合います……」


「よろしい」


 高志と紗弥がやってきたのは、ショッピングモールの中にある、期間限定の女性水着の専門店だ。

 お客さんは、もちろん女性のみで高志は居心地の悪さを感じていた。


「う~ん、どれが良いかな?」


「さ、紗弥は何でも似合うぞ?」


「ありがと、でもちゃんと見て決めて欲しいな」


「そ、そうか?」


「うん、ちょっと試着してくる」


「え!?」


 そう言って紗弥は試着室の中に入ってしまった。

 残された高志は、女性ばかりの店内で浮きまくり、かなり気まずい思いをしていた。

 しかし、自分のやった事を考えればこれは仕方が無いと、高志は我慢する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る