第5話

「すみません、お待たせいたしました」


 店員さんが紗弥達を呼び、マイクの入った籠を手渡す。

 紗弥達はそれを受け取り、部屋の中に入っていく。


「おぉ、結構広いね四人なのに」


「開いてる部屋がここだけって事じゃない?」


 四人は部屋の中に入り、早速曲を選び始めた。

 隣の部屋に同じクラスの男子が四人居る事を知らずに……。





 高志と優一、そしてクラスメイトである泉と赤島は、カラオケボックスの一室で四人の女子高生と向かい合っていた。

 高志以外の三人は、別な学校の可愛い女子にテンションが上がっているが、高志は全くテンションが上がらない。

 それどころか、先ほどから難しい顔で何かを考え込んでいた。


「えっと、じゃあまず無難に自己紹介からにしようか」


 優一が場を仕切り始め、泉と赤島も乗っかる。

 流石と言うべきなのは、優一の人脈の広さだ。

 まさか、ここまで可愛い子を紹介出来る人脈を持っていたなんて、高志は知らなかった。

 それは泉や赤島も一緒のようで、女の子達が入って来たときは、優一の顔を二度見していた。



「高志、おい! 高志!」


「ん? どうした?」


「どうしたじゃねーよ! 次お前の番だぞ」


「あぁ……」


 考え事をしている間に、高志の番が来てしまった。

 高志は一人だけテンションが低い。

 いや、他の三人がいつも以上に高いだけで、高志はいつも通りだった。


「えっと……八重高志です」


「おいおい高志! なんだよ緊張してるのかぁ?」


(うぜぇ………)


 いつも以上にテンションの高い優一の絡みに高志は額に青筋を浮かべる。

 早く家に帰りたいと思いながら、高志は仕方なく自己紹介を始める。


「えっと、趣味は飼い猫の世話かな?」


「え! 猫飼ってるんですか? 私も家で飼ってますよ!」


 そう言い出したのは、茶髪の女の子で、どこかふわふわした感じの子だった。

 少し前の高志なら「あ、可愛い……」と思っていたのだが、今の高志は違う。


(紗弥の方が可愛いな……)


 今の高志には紗弥が居る。

 他の可愛い女の子を見ても、あまり可愛いと思わなくなっていた。

 

「そうなんだ」


 その為、反応も薄い。

 そんな反応が冷たいと感じたのか、優一は高志の脇を小突き、空気を読めと訴えて来る。

 高志は溜息を吐き、仕方なく話しを続ける。


「あぁ……うちのはまだ子猫でさ、毎日暴れ回って大変なんだ」


「え! 良いなぁ~、うちの猫はもうかなり歳なんです。写真とかないんですか?」


「あぁ……えっと……コレだね」


「キャー可愛い~」


 高志は女の子にチャコの写真を見せる。

 その写真は、チャコにクマのかぶり物を被せた時のものなので、可愛さは保証されている。 ちなみに、かぶり物は紗弥が持ってきた。

 それから、皆でカラオケをしたり、話しをしたりとそれぞれ相手の女子と仲良くなり始めていた。

 高志も猫の話題で仲良くなった女の子と、話しが弾んでいた。


「へぇ……キャットタワーってそんな値段で買えるんだ……」


「うん、ネットだと安いよ」


「なら、検討してみようかな」


「普通にお店でも売ってるよ、よかったら……私が教えてあげようか?」


「え?」


 高志が仲良くなった女の子の名前は、村上夢(むらかみ ゆめ)と言う名前で、高志に積極的に話し掛けてきていた。

 しかも、自分から高志の隣に座り、今は高志の膝の上に手を置いている。

 そんな女性の仕草に、男ならドキッとするのだろうか、高志は全くそんな感覚にはならない。

 それどころか……。


(あぁ~早く紗弥に会いたい……)


 そんな事を考えており、隣の女の子の事なんて話し相手くらいにしか思っていなかった。


「ねぇ、高志君ってさ……」


(いきなり名前で呼ぶのか……)


「何?」


「彼女とか居ないよね? 合コン来てるんだし」


「え!?」


(本当は居ます、なんて言えないよな……空気的に……)


高志はそう考え、夢に笑顔で言う。


「居ないよ」


「じゃ、じゃあさ………わたしとかどう……かな?」


「はへ?」


 思わず間抜けな声が出てしまう高志。

 まさかそんな事を言われるなんて、思ってもみなかった。

 高志は夢には悪いと思ったが、夢のそんな言葉を否定する。


「いや、出会ったばっかりで何もわからないし……」


「そ、そうだよね……あ、あはは~」


 なんだか少し気まずくなってしまった。

 これでこの子も自分から興味を無くすだろうと高志は少し安心する。

 しかし、そんな高志の期待を裏切り、夢は更に積極的になった。


「休日は何をしてるんですか?」


「えっと……い、いろいろかな? 外に買い物とか……」


 高志は夢の押しの強さに少し引いていた。

 体をぴったりとくっつけられ、彼女から漂ってくる香水の匂いで、高志は頭がくらくらしてきた。


「わ、悪いんだけど……その……少し離れてもらえるかな?」


「あ! ご、ごめんなさい……」


 そう言って夢は高志から、本当に少しだけ離れた。

 こんな事をされれば、いくら高志でも夢が自分に気がある事がわかってしまう。

 高志はその事を悟った瞬間、真っ先に紗弥の顔が浮かんできた。


(ごめん紗弥! 浮気じゃないから!! このことは何も無いから!!)


 別にバレた訳でも無いのに、高志は心の中で紗弥に土下座する。

 一方の優一達はと言うと……。


「へぇ~そうなんだ! じゃあ今度……」


「え、俺? う~ん参ったなぁ~」


「良いよ、良いよ、気にしないで~」


 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、他の女子と話しをしていた。

 高志はそんな三人を見て「こいつらノリノリだな……」なんて事を思いながら、ドリンクを取りに一人部屋を出た。


「はぁ……こんなとこを紗弥に見られたら……」


 そんな事を呟きながら、ドリンクサーバーのボタンを押し続けていた高志。


「呼んだ?」


「ん、あぁ呼ん……って、紗弥ぁぁぁぁ!!??」


 後ろを振り向くと、高志の後ろにはコップを持ってキョトンとしながら立っている紗弥の姿があった。


「高志もカラオケだったんだ」


 そう言う紗弥の顔は、満面の笑みで凄く嬉しそうだった。

 そんな紗弥の表情に、高志は罪悪感と緊張感で吐き出しそうだった。

 

「あ、あぁ……ぐ、偶然……だな」


「那須君と来たの?」


「ま、まぁ……そ、そんな感じだ……」


「じゃあ、後でそっちの部屋に皆で遊びに行っても良い?」


 それはヤバイ!

 そう感じた高志は、冷や汗を掻きながら、なんとか上手い言い訳はないかと考え始める。

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