7 あいの空

「だからさ、田中ハナコ。私と交際を前提に友達になってよ」


 今度こそ田中ハナコは、鳩が豆鉄砲を食らったように完全に動作を停止した。一瞬で再起動した田中ハナコは、また無い眼鏡のブリッジを上げようとして指で額を突いた。


「今のあなたの発言で二つ、疑問が生じました。一つ、だからさ、が何に対してかかっている言葉なのか。二つ、交際を前提にと言いましたが、私は便宜上人間の女性を模した体構造をしており、ならびに偽装した戸籍的にも私は女性となっています。同性同士の恋愛は生物の本来の機能に反しているのでは」


「その疑問に対する回答一つ目。だって愛の形はたくさんあって、数え切るのにどれぐらいかかるかわかんないじゃん。例はたくさんあった方がいいだろうし、何より自分で確かめてみる方が実感しやすいんじゃない? それともう一つの疑問に対する答えは」


 繋いだ手を引っ張って、田中ハナコの顔を近づける。私は久しぶりの本心からの笑顔を向ける。


「愛の形はたくさんなんだから、こーゆーのもありなのよ」


 物静かで、眼鏡が似合って、ちょっと抜けてるところがあって何より声が可愛い。うん、好みのタイプ一直線だ。


「一緒に確かめてみようよ、私達の愛の形を。一生かけてさ」


 そこまで言って、私は急に自分の頬が赤くなるのを感じた。顔が熱い、頭がぼおっとする。


  お、落ち着いて考えると私結構恥ずかしい事を言ったんじゃないだろうか。くそう、桜田ヒカリ十六歳、ズバズバ言うのは得意でもこういう愛の言葉ってのは慣れてない!


「・・・・・・全端末個体との取得情報の同期を完了。申請受理を確認」

「へ?」


 俯いて私の顔から視線を逸らしていた田中ハナコが、繋いだままの私の手にほんの少しだけ力を入れた。


「世界中の全ての端末個体と、あなたが教えてくれた情報を共有しました。その結果、私が知り得た情報は検証、実施調査の余地ありと判断され、その調査期間が長期に渡る事から接近中の竜の卵の落下気道を変更。コースは地球への衝突角度を外れ、そのまま遠い宇宙の彼方へと駆け抜けていきます」


 おおっと、懐かしくすら感じる意味不明な単語のオンパレード。すぐさま私の頭上を? マークが覆い尽くす。


「これからは行動指針を変える、という事です。我々から他者への干渉を行い、そうする事で愛という感情を見出すことが出来るか、というこれからの調査は長期に渡ることが予想されます。その為、約百日後に地球との衝突を予定していた竜の卵の軌道を変更。卵はコースを外れ、再び代理管理者、ならびに神が地球人類種の有用性を試す時まで地球に訪れる事は無いでしょう」


 ええとつまり、彗星は地球に降ってこないって事? 地球は救われたの?


「ならびに」


 私の困惑には構わず、田中ハナコは俯いていた顔をあげて私と視線を合わせた。もうその瞳に揺らぎは無かった。


「私は実施調査におけるサンプル一号として、あなたからの申請を受理します。桜田ヒカリ」


 今度は私が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていると思う。私は思わず繋いでいた手を解いた。


「い、いいの? 本当に? 言っちゃなんだけど私恋愛経験貧相だよ? 食べ物の好みも変わってるって言われるし、何より今日初めて話したばっかりだし」


「だから、語らいあうのでしょう? 桜田ヒカリ。あなたの言葉を引用するなら、喋ってみなければ、実行してみなければわからないのでしょう。私はあなたの言葉に、思想に有用性を感じたからこの調査を行うのです。ですから、これからどれだけの期間の関係性になるか分かりませんが」


  机を回り込んで私の前に立った田中ハナコは、解かれた私の手をもう一度繋ぎ直した。間に机がない分、今度はもっと距離が近い。


「交際を前提に友人になりましょう。桜田ヒカリ」

 

 私は思わず息を詰まらせた。


  誰かに合わせる事が苦手で、協調性なんて持とうと思っても持てなくて、きっと本心から分かり合える人なんてもう会えないんだろうなと思っていた私の手を、握ってくれる人がいたんだ。


 それは男の人とじゃないし、日本人とでもじゃないし、なんなら地球人とでもないけど、今こうして繋いでいる手が、私の愛の形なんだ。


 私は繋いだ手を引き寄せる。体勢を崩した田中ハナコの頭が私の薄い胸板に包まれる。私は思い切り彼女を抱きしめていた。

 一瞬眼を見開いた田中ハナコも、少し遠慮がちに私の背中に手をまわした。


 私はすっかり暗くなった窓の外を見て、思わず笑ってしまう。


「ねぇ、じゃあ最初に私の好きな空の色を教えてあげる」

「好きな空の、色?」


「ほら」

 田中ハナコにも窓の外を見るよう促す。私達の視線の先には、夕日が落ちた直後の藍色の空が広がっていた。秋の満天の星空にはまだ早く、深い藍色が刷毛で塗ったように空を染めていた。


「夕日ってとても綺麗じゃない。だから夕日が落ちて、星が輝きはじめるまでの間、皆ちょっとガッカリしちゃったみたいに空を見上げないの」


 藍色の空の向こうには一番星が輝いていた。正面に向き直ると、ほんの一筋の星明りが照らしているかのように田中ハナコの瞳が輝いていた。


「けれど、例え夕日が落ちても、それでおしまいじゃないの。見上げてみれば、そこには、それこそ愛の形みたいに夕日とも、満天の星空ともまた違った綺麗な景色があるの。だから私は、この藍色の空が好き」


 一筋の星明りだけが届く真っ暗な教室で、私達は抱き合っていた。手と腕と胸と、彼女に触れている部分がとても暖かい。


「・・・・・・今の、愛と藍色をかけてましたか?」

「それは内緒。私が死ぬまで答えは教えてあーげない」


 だから死ぬまで一緒にいようね、とは言わなかった。


  それを言うときは、もっとロマンチックな場所の方が良いでしょ?

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