4 純情メテオライト

 彗星は実は巨大な生物で、それが地球を滅ぼしに来る。

 実は私は人間じゃなくて、その生物から作られた宇宙人。

 極めつけに、宇宙に地球、そして人類の誕生の秘密。


 正直、始めて話した女の子にいきなりこんなSF小説みたいな話をされてすぐ信じる子は、もう少し人を疑うという事を知った方が良いと思う。

 

 けれど、私には彼女が嘘を言っていないのはわかる。冗談を言っているのでもない。

 田中ハナコは真剣に喋っていた。彼女の顔は、眼は、嘘を吐いているものじゃない。


 だから私は、正直半分も理解出来ているのか怪しいけれど、彼女の話を信じるし、納得する事にした。


  その事を言うと、田中ハナコは微かに、けれど確かに頷いた。


「人を信じる。それも愛の欠片。やはりあなたを星の再構築者に選んだのは間違いじゃなかった」

「それ、星の再構築。それさっきも言っていたけど、結局この話とどう関係があるの? それにさっきそれと一緒に言っていた、星の破滅って、どういう事?」

「本題はむしろここからです、桜田ヒカリ。先程述べた経緯で、一億年前、この星に人類の祖先は生まれました。それから長い時が経ち、全ての大陸で人が生まれ、生活し、人類種は万物の霊長と呼ばれるほどに繁栄しました。けれど」


 けれど、と田中ハナコは繰り返す。


「最初は順調でした。自然と共存し、人間同士助け合い、過酷な環境を共に生き延びようとしていた。ですが時が経つにつれて人類種は増え、そして増えていく自分達にこの星の資源が追いつかないと気付けばすぐさま他者を蹴落とし、利己主義という思想を知らず知らずのうちに全員が胸の中に宿し始め、そして戦争まで起こし始めた。これは完全に地球の代理管理者にとって計算外でした」


  私は虫の居所が悪くなる。彼女が話す話は、私にとっても、誰にとっても遠い世界の話ではないのだ。完全な善人なんていない。無条件で人を愛せる人なんていない。誰だって自分が大好きで、だからさっきの猪鹿蝶トリオや、ううん、私だって自分の立場とかを守る為に他人に拳や武器みたいな目に見えるものじゃなくても、言葉の暴力を振るう。


 主張をぶつけ合い相手を負かす言い争いだって、小さな戦争なんだ。


「途中までは良かったのです、途中までは。そして今だって、この星には愛の感情を持つ者はいます。ただその他の人間が邪悪ゆえに、愛が広まらないだけなのです。そう、代理管理者からの報告を受けた神は、然るべき手を打ちました。よってあなた達がサンサーラ彗星と呼称する生物はこの星に向かい、私達端末個体がこの星に先行して来たのです。この星を愛で満たす為に」


 私は知らない間に背中に冷たい汗を流していた。田中ハナコの話の内容にじゃない。この話を、一切言葉の温度を変えずに喋る田中ハナコに、だ。


「私達に任された指令はたった一つ。この星で愛を持つ者を見つける事。それは肉体的なものや性的な概念の愛ではなく、他人の為に怒り、他人の為に無償で手を差し伸べる、そんなかつて地球の代理管理者が夢見た愛を我々端末個体に最初に向けた人類個体をこの星の再構築者とする為に」


 スカートの上に置かれていた右手が人差し指を伸ばす。ピンと伸びた指は、天上に向けられていた。


「現在地球に接近している、仮に”竜”と呼称するその生物の卵は、接近だけにとどまらず、この星に着弾します。着弾後、卵を破って生まれた竜は一週間とかからずこの星の全生物、全建造物、そして海と大陸を飲み込むでしょう」


 田中ハナコは週末の予定を話すかの如く淡々と終末を語った。


「そうしてこの星の上に積み重ねられてきた”失敗作”の歴史は全て消え、竜は休眠状態に入り。また一週間も経たない内に脱皮します。脱皮し破られた竜の殻からは、新たな世界が生まれます。すなわち、再構築者である“成功”個体の思想を持つよう設計された新人類種が」


 天井、いや、もっと上、宇宙を指さしていた田中ハナコの人差し指が、今度は私に向けられる。


「“成功”個体。再構築者。すなわち最初に我らに愛を向けた存在、桜田ヒカリ。我々はあなたを愛のサンプルとし、もう一度この星を、人類を作り直します」


 夕日はもう地平線の向こうに半分を沈めている。電気の付いていない教室はいつの間にかかなり暗くなっていた。



「全ては愛の為に」

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