1 平行線エアライン

 彗星が接近しているらしい。名前はサンサーラ彗星。地球に最接近するのは九十二日後で、数日間は肉眼でも観測可能。

 そう朝のニュースで言っていた。


  彗星。

 

 その単語を聞いてまず思いついたのは、地球に衝突するのかしらん、という事だった。衝突するのなら二つに分かれてだろうか。地球上のどこかの誰かと誰かの心が入れ替わったりするのだろうか。入れ替わっているのが男女なら、そこからラブストーリーが始まるのかもしれない。

 

  私の胸の薄さは、ひょっとして知らぬ間に男の体に入れ替わっていたからなのではと真剣に考えている私を余所に、目の前ではお昼休みを迎えた女子高校生三人によって机の上にランチョンマットとお弁当の容器と共にゴシップトークの花が咲かされていた。


 話の内容は、やれ新作の口紅の乗りが悪いだの、やれ最近落ち目の俳優の顔が昔と違うだの。


  生憎私は化粧っ気のけの字も無いような女なので化粧品の話には愛想笑いと相槌を巧みに使い回す事しかできないし、彼女らが話題にしている俳優は私が密かにファンの俳優なので、心中は穏やかではない。


 顔の変化は映画の役作りの為に急な減量をしたからだよと言いたかったが、話題はすでに二転三転し、女子生徒の一人の鞄に付けられていたストラップに焦点が向けられていた。デフォルメされたキャラのストラップが揺れる。


「サンサラ君だー、テラかわええ」「テラかわええー」


 サンサラ君。

 

 もうちょっと何かあっただろうと言いたくなる名前だが、これが今お子様から主婦にまでプチブームを起こしている人気のマスコットキャラらしい。

 個人的主観としてはエリマキトカゲとゴリラを足して二で割ったような外見なので、テラ可愛いという感想は控えてユニークだよねー、と流しておいた。


 名前から察せられると思うが、このキャラは現在地球に向かって接近中のサンサーラ彗星のマスコットだ。彗星まで商売道具にするとは、商魂逞しきかな、日本。


  これも流行という字の如く、時が経てば人の記憶から流れて行くんだろうなとノスタルジーに浸りながら、ふとサンサラ君にお熱の三人から眼を逸らす。


  お昼休みの教室なんてどこを見渡しても大体目の前の風景と変わらない。何人かで集まって机を引っ付けて、一過性の話題に花を咲かしてチャイムと共に枯らす。


 いくらこの学校が県内有数の私立女子高といっても、今時お淑やかな花も恥じらう女子高校生なんてのは絶滅危惧種だ。教師に目くじらを立てられない程度にスカートを短くして、長期休暇になれば金髪に染めてみたりして、新学期が始まれば慌ててまた美容院に落としに行くのだ。


 履歴書にすれば一行で終わる高校生活を一生懸命皆で寄せ集めた造花で飾り立てるのが女子高校生だ。無害かつ非生産的という要素を極めていると言っても良い。


 けれどもちろん何事にも例外はあるのが世の常だ。そしてその例外が私の視線の先にいた。


 この学校は私服制だ。皆が思い思い、それぞれの個性を出した服を着ている。例えば私の目の前の三人でも、頭のてっぺんから花が生えているのかと思うようなカチューシャをしているハルミ然り。過度に主張しない程度に、しかしれっきとしたブランド物のアクセサリーをして来ているナツキ然り。女の私でもついつい目線をやってしまう位胸の主張の強い服を着ているフユカ然り。

 

 皆電車で一緒に座ったらより多く視線を向けられるよう趣向を凝らして毎日登校している。

 

 人目を惹く。なるほど、それが狙いであれば大成功かもしれない。しかしその例外はそんな大胆不敵な性格の持ち主には到底見えないのだ。

 

 教室の隅で一人、機械のように規則的にジャムパンを齧る、牛乳瓶の底のように丸いレンズの眼鏡をしたおさげの少女、出席番号二十一番田中ハナコは、セーラー服を着ていたのだ。

 

  セーラー服。

 

  確かに可愛らしい服装だと私は思う。胸元とセーラー襟の錨の刺繍に、コーナーでカールした白ライン三本。膝丈スカートの下で光るのは膝下まで伸びた白いハイソックス。うん、セーラー服ここにありと胸を張って言って良いくらいにはそれはもう完璧なセーラー服姿だった。


  初めてその姿を見た時は私も思わず二度見したし、今でも何でセーラー服と思わないわけじゃない。


 けれどそのおさげ髪の少女には、他の何よりもセーラー服が似合っているように思えた。


 いつの間にか彼女は昼食を終えて、空をぼんやりと眺めていた。私もつられて窓の外を見る。九月の初めだというのに、太陽はまだ真夏だと思って情熱的な熱視線を地上に向けている。夏休みを終えて二学期に入っても、うだるような暑さと珠のような汗はつき物だった。自己主張の激しい入道雲はもうないけれど、未だ秋の涼しさが訪れる様子はない。


 そういえば。

 私は田中ハナコの声を聞いたことがない。年度初めの自己紹介は休んでいたみたいだし。


「ねぇ、誰か田中さんの声って聞いた事ある」


 駅前のコーヒーチェーン店の新作について話す三人に話しかけようとして、私はふと田中ハナコの対角線上の教室の隅を見た。それと共に思わず語尾が薄れていく。


  猪田。鹿内。蝶野。全員下の名前は知らない。

 目の前の三人と違って一人欠けていたりもしないこの三人は、年度初めからいつも一緒にいる。いつも三人。何をするにしても三人。まるで教室には自分達しかいないような大声で三人で喋る。まるで廊下には自分達しかいないように三人で並んで歩く。

 名は体を表すってこういう事かしらん、と思う程の彼女達の見事な連携具合。


  派手な服装と校則違反の毛染めの跡が見える髪を揺らして、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で三人で田中ハナコの陰口を言う。


田中ハナコを例外と呼ぶなら、この三人は模範中の模範と言えるだろう。


 全くもって、絵に描いたような嫌な女子高校生の姿だった。


 適当に前の三人の話に相槌を打ちながら、私は猪鹿蝶トリオを尻目に見る。彼女らは何の熱も浮かんでいないような瞳で田中ハナコを小馬鹿にするように見ていた。


 彼女達が田中ハナコを標的にしだしたのは二学期に入ってからだ。その前は現代文の教師が彼女達の暇潰しの対象だった。


 彼女達は別に田中ハナコが嫌いなわけじゃない。ただ、退屈だから。暇潰しのおもちゃに彼女を無造作に選んだだけなのだ。


 だから彼女達は、無関心に無意味に無関係な人を傷付ける。

 

 “自分達”と、“自分達以外”。彼女らの境界線はたったそれだけで、境界線の向こう側にいるのなら誰でもいいのだ。ただそれが今は田中ハナコというだけで。


 下品なくらい赤い口紅の塗られた猪田の唇が田中ハナコの音を形どる。

 こんなものは、今時どこにだってある。道端で咲く花より見慣れた風景だ。それに今が田中ハナコというだけであって、また半年もすれば彼女らの興味の矛先は気まぐれに他の誰かに変わる。


 そして何より。


 喋った事も無い田中ハナコの事をそこまで気にしてやる義理は私にはない。


 急に鉛みたいに重く感じた胃の中を紛らわすように水筒の中身を口に含む。胸の中の形の無い何かが締めつけられるような感覚。


  田中ハナコを例外とするなら、私も模範例の一種なのだろう。

  

 本心を隠す笑顔なんて、公式を解くより簡単に浮かべられる。

 

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