13-3
飲み込まれてすぐ、とぷんと液体の中に浸かった。スムージーと焼けるようなにおいが入り混じってすごく臭い。胃の中だろうか、液面から顔を出して鼻をつまんでいると上から声がした。
「ドンガガさん無事だったんですか!」
キャシーだ。周りにみんなもいる。皆エルフたちに抱えられ宙へと浮いていた。
「酸に浸かっちゃだめです。体が溶けてしまいます」
それを聞いてリリアが慌ててドンガガを抱え飛ぶ。重いらしくドンガガの足が液については離れ、ついては離れを繰り返す、擦れ擦れだ。
「こちらにいらっしゃったのですか、皆さんお揃いですか?」
「元市長も合わせて全員います」
カッパーが答えた。よく見ると眼鏡が斜めにかかっている。壊れてしまったらしい。カッパーを抱えて飛ぶエルフを見てリリアが目を潤ませた。
「マシュー! 無事だったのね!」
「ああ無事さ、でも今はそれどころじゃない」
必至の表情で懸命に羽ばたいている。
「皆さんずっとこのままなのですか?」
ドンガガは素っ頓狂にたずねる。
「飲み込まれたところをエルフの方々に助けていただいたのです」
カッパーが申し訳なさそうな顔をしている。
「ずっと外へ出るタイミングを伺っているのですがなかなか出られそうになくて」
マシューが言う。
ドンガガは頭を巡らせた。ブルードラゴンの言葉を思い出す。巨人に会ったら死んだふり、それとあと一つ何か言っていた。
「キャシーさん、ブルードラゴンはあの時何と言っていたか覚えていますか?」
キャシーはスーツの内ポケットからメモを取り出した。
「巨人に会ったら死んだふり、困った時は尻尾を切れと書いてあります」
「尻尾、尻尾。違う尻尾じゃない、尻尾じゃなかった……」
所かまわずドンガガはぶつぶつと独り言を言い始めた。
「困った時は……、困った時は……」
――コマッタトキハ、オヲキレ
「おをきれ、……おをきれ! おをきれ!」
ドンガガはポンと手を打ち鳴らした。
「このまま先へ進みましょう!」
「へ?」
みんなが首を傾げる。
丁度その時胃に溜まっていた液が穴の中へ吸い込まれ体の奥へと消えた。それを見てドンガガは胃に飛び降りた。ぶよぶよとした胃の壁を歩くと、えいやっと穴の中へ飛び降りた。
皆、呆然としていたが胃の壁から消化液が再び溢れてきたのを見て正気に返り、ここに留まっていても仕方がないと判断し、次々に飛び降りてドンガガの後を追った。
胃を抜け小腸へとたどり着いた。皆並んで、てくてくと歩いていく。腹が膨らんだり萎んだり。きゅるきゅると音を立てている。
しばらく歩くとドンガガが「もういいでしょうか」と立ち止まり、急にリュックを降ろした。
よっ、と大きなものを取り出す。ブルードラゴンに貰った歯だ。
「どうするのですか?」
キャシーが不思議そうな顔をしている。ドンガガはそれを重そうに持つと小腸の壁へと切り込みを入れた。壁がさーっと割ける。
それと同時に大きな声が響いた。
「あいてててて!」
小腸の壁がぶわぶわと揺れる、巨人が腹を抑えているらしい。しばらく揺れていたかと思うと急に横倒しになった。ドンガガたちはすってんと転んだ。
揺れが収まるとドンガガは立ち上がり「さあ、参りましょう」と言って小腸の壁から外に出た。
そしててくてくと内臓の外側を歩いていく。内臓は起伏に富んでいて皆越えていくのに必死だ。体の中はすごく暑い。
汗だくで歩き続けてやがて一同はある場所にたどり着く。
そこは大きな腹の頂上だった。大きな風船の結び目のようなものを見てキャシーはハッとする。
「へそ! へそよ! へその緒よ!」
ブルードラゴンが切れと言っていたのは『オ』は『オ』でも尻尾ではなく、へその緒のことだったのだ。
ドンガガはブルードラゴンの歯を突き立てると結び目の付け根をきゅこきゅこと切り始めた。すぐに亀裂が入りゴムが割けるように穴がぱあっと広がった。
びゅおおおおっと風が吹きドンガガたちは巨人の体の外へと勢いよく飛ばされる。
「ぐああああああ」
巨人が雄たけびを上げている。体からどんどん空気が漏れていく。
やがてその勢いに耐え切れなくなった巨人はジェット風船の空気が抜けるように宙へと舞いひゅるるるっと萎んでいく。四方八方に飛び回り最後、しゅぽんっとへそから空気が抜けこてんと地に転げたのはドンガガと同じ背丈のただの小さなおじさんだった。
おじさんは目が合うと気まずさを隠すように「えへへ」と笑った後、少し悲しそうな顔をしてうつむき腹を抑える。腹には握りこぶしほどの穴が開いていた。
ドンガガはそれを見ると考え込み、キャシーにガムテープを貰って張ってあげた。おじさんは小さな声で「ありがとう」と言うとタカタカと駆けていなくなってしまった。
ほっとして息をついた、その時だった。ズーンズーンと足音がする。忘れていた、娘がいたことを。ドンガガたちは慌てふためいた。
今から逃げても間に合わない、どうしよう、どうしよう。ドンガガは必死に考えた。猛スピードで考えて考えて考え抜くとポンと手を打ち鳴らし「皆さん落ち着いてください」と伝えた。
「ポルガチョフ! ここにいたのね、お姫様も! 急にいなくなっちゃったから心配しちゃった。大丈夫、だいじょ……」
キーナがぴょんとひと跳ねした。地面がだーんっと揺れる。
「皆、しんでるー!」
そこに散らばるは無数のエルフとヒトの死体、もちろんほんとうに、死んではいないのだが。ドンガガたちは懸命に死んだふりを続ける。すると少しして、ぐすっぐすっと啜る音が聞こえる。キーナが泣いているらしい。
「皆、お墓に埋めてあげましょうね」
大粒の涙を流しながらドンガガたちをかき集めるとまとめて鍋の中へ放り込んだ。ドンガガたちは内心焦った。焦ったが死んだふりを止めるとまたドールハウスへと戻されてしまう。なのでそのまま死んだふりを続けた。
キーナが立ち上り鍋を持って歩き始めた。ゆらゆらと鍋が揺れている。どこへと向かうのだろう。目を瞑ったままキーナが歩き終えるのをしばらく待った。
けれど、いつまで経っても立ち止まらない。そのうちに、揺られているのが気持ちよくなり、だんだんまぶたが落ちてきて気が付くと眠ってしまっていた。
ざっ、ざっ、と体にかかる冷たい土の感触で目覚める。うっかり目を開けて、すぐキーナの姿を目にし慌てて目を閉じた。
キーナは土を掛けるのに夢中で、起きたことには幸い気付かれなかった。キーナが「明るい素敵なところに埋めてあげましょうね」と涙声で呟いている。
体の上に土が重くかぶさる。しばらくするとどんどんっと衝撃が伝わってきた。思わず小さく、ぐえっと声が出る。キーナが埋め終わり土を叩いて平らにしているらしい。
それからズシーンズシーンと足音がして、その音はだんだんと遠ざかり、やがて聞こえなくなった。
ドンガガは大慌てで土を掻き分けた。幸運にもそれほど深くは埋められてなかったらしくすぐに顔を出すことが出来た。
地中から一気に出て体の土を振り払う。そこで思考がはたと止まった。
やけに明るい。ドンガガは辺りを見渡す。そこには天から降り注ぐ明るい太陽と、見上げると広がるどこまでも青い空があり、はるか高くをトンビが飛んでいる。
そこはまごうこと無き地上、サンペリオだった。
ドンガガたちはサンペリオにとうとう着いたのだ。
ドンガガは、はっとしてそこらじゅうの土を掻き分け皆を掘り起こす。地上に出たことに気づくと皆大歓声を上げた。喜びを爆発させそこらじゅうで抱き合っている。カッパーとも抱き合った。ニッケルは泣いている。
とっても辛い旅だった。辛くて苦しくてけれど楽しい旅だった。
歓呼の嵐の中サンペリオの長が握手を求めてきた。
「アスペティーナ、サンペリオ」
「なんと?」
キャシーにたずねる。キャシーは笑みを浮かべた。
「ようこそサンペリオへ」
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