12-3

 ドンガガは漬物ビンが浮き上がらぬよう端をしっかり押さえ、ゆっくりと沈んでいく。足元を見ると無数の漬物ビンが、どこかで見た祭りの灯篭飛ばしの風景を上から俯瞰したように美しくきらきらと散らばっている。


 湖底に長が着いたらしい、はるか下で手招きしている。湖底は薄いグラデーションのかかった水色で、ドーム屋根のように丸くつるりとした形状だ。


 ドンガガは目を見開いた。長の体がそのドームの中にゆっくりと吸収されていくではないか。長は消えていきながらご機嫌で手を振っている。皆、着地した順に次々とドームの中へと消えていく。


 ドンガガはたじろいだ、行きたいのだが行きたくない。考えた末に水面に上昇しようとしたのだが、地球の引力に引かれてか、体は重く沈み湖底に飲まれていく。

湖底はスライムのように柔らかくて不思議な感触だった。肩まで浸かり、頭まですっぽり入るとそこには暗い激流が渦巻いていた。


 大きな掃除機に無理やり吸い込まれるようにして流される。


「ああれええええ」

 ドンガガは叫んだ。叫びは渦の中へと消えていく。


 気が付いた時には湖底からぽんっと吐き出され水面近くへと浮いていた。正気に戻りしゃかしゃかと水を掻き分けて水面にぽこっと顔を出す。


 皆も漬物ビンを被った顔を出していた。先ほどと変わらない場所に思えたが、目の前にいたのは青いうろこをした龍、ブルードラゴンだった。


「ミナサン、ヨウコソサンペリオへ」


 何だか片言だ。皆は水面から上がると漬物ビンをすぽっと外した。それをブルードラゴンに渡す。


「ハイ、サンキューサンキュー。ココ二オイテネ」

 ブルードラゴンはすべてのビンを回収するとわくわくとしてこちらを見ている。


「オイラハ、ナゾナゾダイスキ、ナゾナゾドラゴン」


「結構です」

 カッパーが断りを入れる。


 ナゾナゾドラゴンはすごく残念そうな顔をしている。

「念のため聞いてみませんか?」


 ドンガガは同情を示す。ドンガガの良くて悪い癖だ。それを聞いたナゾナゾドラゴンは上機嫌でしゃべり出す。


「イマカラ、オイラノダス、ナゾナゾ二コタエラレタラ、イイジョウホウヲ、オシエテアゲルヨ」

「どんな情報ですか?」


「キョジンノ、クニニカンスル、ジョウホウダヨ」

「巨人の国? 何の話です?」


「発つ前にレッドドラゴンさんが教えてくださいました。この先には巨人の国があるのだと。残虐だから気を付けた方がいいそうです。聞いておく価値はあると思いますがどうします、カッパーくん?」


「……いいでしょう」


 ナゾナゾドラゴンは、ぱあっと表情を明るくする。


「モンダイ! パンハパンデモ、タベラレナイパンハナーンダ?」

「フライパンですね」


 キャシーは即答する。ナゾナゾドラゴンはショックを受け固まってしまった。


「オイラ、レッドドラゴンニ、イツモカテナインダ」


 すごく落ち込んだ様子なのでドンガガは話を聞いてあげることにした。


「レッドドラゴンさんとはお友達なのですか?」

「オイラタチ、ズットムカシニ、キョジンノクニカラ、ニゲテキタンダ」


「それはそれは」

「キョジンノヒフハ、テツヨリカタクテジョウブ、ダカラコレヲ、モッテイクトイイヨ」


 大きく開いた自身の口に鋭い爪を突っ込むと、歯を一本抜いて差し出してくれた。サメの歯のように鋭くとがっていて象の牙のように大きい。ドンガガはそれを眺めると大事にリュックに仕舞った。


「キョジンニアッタラ、シンダフリヲスルトイイヨ。ソレカラ、コマッタトキハ、オヲキレ、ワスレナイデネ」


「巨人に会うとしんだふり、困った時は尻尾を切る。なるほど」


 キャシーが呟きながらメモを取っている。だが、その意味はドンガガにもいまいち分からない。


 寂しがるブルードラゴンと手を振り別れた。振り返ると遠くに見えるブルードラゴンが叫ぶ。


「サカサニナルト、カルイドウブツ、ナーンダ?」

「イルカー!」


 ドンガガは叫ぶ、ブルードラゴンは手を振る。


「キヲツケテネー!」

「分かりましたあ、さようならあ」


 ドンガガたちも手を振り返す。ブルードラゴンの姿が見えなくなるとドンガガはサンペリオの長に尋ねた。


「サンペリオの皆さんはどうやって巨人の国を抜けてきたのですか?」

「ララフエンテス、ポラ……」

 キャシーが問う。


「オー、パリヤ。セセカ、リオスミナ、ブルシオ……」

「逃げるように走り抜けてきたそうです」


「ほう?」

「色々と騒がせてしまったので怒っているかもしれない、とのことです」


「それはそれは」

 ドンガガは冷や汗をぬぐう。


 巨人の国はもうすぐ近く。揺れる地表がそれを教えてくれた。

 

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