巨人の大地

13-1

 ドンガガたちは不思議な森の中にいた。

 大きなヒノキの隣にサボテンが生えている。生息域の違う植物が隣同士に? サボテンの隣にはリンゴの木があって、たくさん実が生っている。ドンガガは疑問に思いながら手を伸ばしてリンゴの実を一つもいだ。かじるとしゃりっとして少し酸っぱい。


 顔をしかめてリンゴをかじりながらのんびり歩いていると前方に橋が架かっていた。赤いレンガで出来ているが、すごくがたがたで粗雑な作りだ。


 橋の下には水溜まりがあって少し干上がり気味で岸辺が乾いている。つまずかぬようにレンガの橋をそっとわたっていくと野原があった。


 所々にタンポポの花が咲いて美しい。野原で一匹のカエルが、げこげこと鳴いていた。「こんにちは」と声を掛けるとカエルが顔面蒼白で駆けてきた。


「あんたたち、早くここから出ていくんだ! ここは……」


 焦るカエルをとてつもなく大きな何かが持ち上げた。カエルはびよーんと足をつり上げられ空に舞う。

 ドンガガはリンゴをぽとりと落とした。そこにいたのは大きな大きな巨人の女の子だった。


「ブリスタフ、水浴びしましょうね」


 無邪気にカエルを橋の下の水溜まりに放り込む。水がばしゃんと弾けてドンガガの頬まで飛んでくる。


 ドンガガたちは恐怖で立ち尽くした。

 ふと、女の子と目が合った。女の子は、にぱあっと笑って大声を上げる。


「人間だあ!」


 ドンガガたちはわあああっと叫ぶと一目散で逃げ出した。

 ドシーン、ドシーンと地が揺れて女の子が後ろから追ってくる。恐怖に飲み込まれそうになるのをこらえ力の限り走る。


 一同はちりじりばらばらとなり不思議な森の中を突っ切っていく。この変な森はこの女の子の作ったミニチュアの森だったのだ。


 ドンガガは逃げ惑いパニックを起こしてシラカバの樹に勢いよくぶつかった。くらくらと目を回し、尻もちをつく。


 座り込んでいるとぐわあっと大きな手が空から降りてきた。リュックをひょいと持たれ体がふわっと宙に浮く。ドンガガは手足をばたばたさせてもがく。


「なんだあ、おじさんかあ」


 女の子は少しがっかりした様子だった。ドンガガを持ったまま反転してズシーンズシーンと歩いていく。ドンガガはブルードラゴンの忠告通り死んだふりをしてみた。けれど女の子はちっとも気付かない。


 少し歩いて女の子が立ち止まる、どこかに到着したようだ。


 ドンガガをぐわっと顔の前まで待ちあげると「あんたの名前はポルガチョフね」と告げてドンガガを乱暴に降ろした。


 降ろされたのは、とある家のリビングの椅子の上だった。目の前には陶器の皿が並んでいて、天井には地味なシャンデリア、壁には木の食器棚がある。壁紙には小さな赤いバラを散りばめたクロスが張られていてカントリー調を思わせる室内だった。

ここは巨人のドールハウスだろうか? 


 女の子がいなくなったのを見計らうと立ち上がり室内をうろうろ歩いた。食器棚を眺め皿を持ったりポットを開けて中を覗いてみたり。壁の厚さを確かめようと拳で軽く叩く。


 こんこんっと叩くとこんこんこん。


 もう一度こんこんっと叩くとやっぱりこんこんこんっと返ってくる。


 もう一度叩こうとしたら階下から声がした。


「誰かいるの?」


 怯えた声だった。ドンガガは階段を下りていく。一階は台所だった。そこには耳がピンと尖って透けるような羽が生えた美しいエルフの女性がいた。


「こんにちは、お邪魔してます」

 ドンガガはにこにこと笑顔を作る。


「あなたも捕まったのですね」


 エルフは顔面蒼白だ。皿を拭いていたようだがそれを置いてエプロンで手をふく。ドンガガはリビングで話を聞くことにした。


 エルフの名はリリア、ここより離れた秘境の奥地にある隠れ里の住人で、そこにはエルフたちが多種と交わることなくひっそりと暮らしていたと言う。


 その日は一年に一度開かれるミスコンテストの日で里は活気に満ちていた。里はたくさんの花で彩られ、多くのエルフたちが出歩いていたそうだ。


 リリアはコンテストで最終選考まで残り、後は歌のパフォーマンスを残すだけ、人一倍音痴なので歌の練習には余念がなかったらしい。舞台袖で「ぁーあーああ」と音程を確認し、いよいよ出番、名を呼ばれ舞台に立った。


 その時に事件は起きた。地面が浮き上がるようにズーンズーンと揺れるのだ。群衆は未曾有の出来事に驚いて何事と天を見上げた。すると、洞穴の天井に頭をぶつけながら大きな男の巨人がぬうっと姿を現した。


 巨人は天井を破壊しながら次々とエルフの羽を掴み勢いよく飲み込んでいった。恐怖のあまりリリアは竦んで動けなくなってしまった。すぐに恋人のマシューがやって来てリリアの手を引いた。二人は手をつなぎ懸命に飛んで逃げた。


 すると巨人は大きな袋を振り回し二人をあっという間に捕らえてしまった。

巨人はマシューの羽を掴むとぺろりと飲み込んだ。そしてリリアをわしづかみにすると「キーナのお土産にしよう」と喜んでここへと連れてきたのだそうだ。


 巨人の娘キーナはとにかく乱暴で最初の二、三日は髪を引っ張るようにくしでといたり洋服をあれやこれやととっかえひっかえ、野原に置かれたかと思うと急にドールハウスに戻されそのまま独りぼっち。


 リリアはこの一週間恐怖と孤独で胸がつぶれそうだったという。リリアは話を終えると泣いていた。ドンガガは泣かないでくださいと言ってリリアの肩を叩くと席を立った。そして、部屋をぐるりと見渡す。


「それにしても良く出来たドールハウスですね」


 リリアによるとドアも窓も壁に板を張っただけの偽物でキーナが遊ぶためにドールハウスを真っ二つに開くときだけしか外への道は開かないという。


「ここはドールハウス、ここはドールハウス」


 つぶやきながら小さい頃のお人形遊びを思い出した。しょっちゅうベッドの位置を変えたり、机の位置を変えて、そのたびに食器を並べ替え……


 ドンガガはぶつぶつと独り言を言い始めた。その様子を見てリリアが涙をふいて話し出す。


「キーナが家を開くタイミングを見計らって飛んで逃げようとも思ったのですが捕まった時のことを考えると恐ろしくて。羽を折られてしまうかもしれない、腕をおられてしまうかもしれない。下手したら死んでしまうかもしれない」


 ドンガガはポンと手を打ち鳴らした。


「分かりました!」


 ひらめくと食器棚をがばっと開けた。リリアが不思議そうな顔をしている。


 ドンガガは高そうな皿を手に持つと勢いよく壁に向けて放り投げた。バリンッと勢いよく皿が粉々になる。リリアが驚いて身をすくめている。


「よろしければ、お手伝いください。家のお皿を全部粉々にしなくちゃいけませんから」


 リリアは事態が飲み込めないらしい。戸惑っているのでひと言付け加える。


「全部割るときっと外に出られますよ」

 安心させるようににっこり微笑んだ。

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