8-2

 ドンガガたちは分かれて鉱員の家に泊めてもらうことにした。宿は大通りにたくさんあった。けれどとても高くて手が出ないと言う。


 大勢で迷惑ではないかと遠慮したが仲間内で泊まり合うことも多く、家の者たちも慣れているから気にしなくていいとのことだった。


 ドンガガはカッパーとニッケルと共にコロンの家にお世話になることになった。重ねて気兼ねする必要ないと言われたが、やっぱりお世話になるので何か用意しなくてはと町を練り歩き、果物屋でハオパの実という小ぶりのスイカ大の不思議な実を見つけた。


 コロンの母の大好物だと言うので迷わずそれを購入した。ちなみに代金の支払いは物々交換でドンガガは替えの靴下を差し出した。


 店のドワーフは珍しいものを手に入れたと大急ぎでそれを履き、靴も履かず喜んで町に駆け出してしまった。




 コロンの言う通り、コロンの家は大通りから離れて貧民街の大きな畑の隣にあった。貧民街と言ってもそれなりに立派だ。恐らく大通りの家々が豪華すぎるのだろう。


 玄関をくぐると母の姿が見えた。コロンが目に涙を溜めている。


「母ちゃん!」


 嬉しさいっぱいに母親に抱きついた。思えばコロンは落盤事故に遭い半月ぶりの帰宅だった。コロンの無事は家族でさえ知らなかったことだ。


「コロンかい?」


 母親も涙目になる。


「お父さん、お父さん! コロンが帰ったよ!」

「ああ? コロン?」


 父親は酔っているようだ。しかし、コロンの姿を目にして正気に返り、駆け寄った。


「馬鹿野郎、親に心配かけやがって!」

「ごめんよ、父さん」


 美しい家族愛を目にしてドンガガはつい拍手を送った。すると三人が我に返りドンガガたちを一瞥した。


「あんたたち誰だい?」


 母親が怪訝そうに振る舞う。


「人間だよ」

 コロンが笑みを浮かべて答える。


「に? に、にんげん!」


 二人は一目散に食器棚の物陰と机の下へ隠れた。




 コロンが五分ほど詳細を話し、誤解は溶けた。


「すまなかったねえ、何せ人間なんて言うものだから」

 母は照れ臭そうにしている。


「人間と何かあったのですか?」


 たずねながら渡しそびれていたハオパの実を渡す。母親は「まあ、あたしゃ好きなんだよ、これ」と言って話を続けた。


「いえね、昔、私たちのひいじいさんの代になるんだけど人間が王宮の財宝を目がけて進行してきたことがあったんだよ。人間はたくさんのドワーフを殺してほとんどの財宝を持ち去ったって言うじゃないか。人間と聞けば皆目を剥くよ、でもあんたたちはいい人たちみたいだね」


「よく王が会ってくれましたね。殺されても仕方ないのでは?」


 カッパーが懐疑的になる。


「あの方はそういったことにあまり関心が無いんだよ」


 切り捨てるようにそう言ってハオパの実をシンクのタライの中へと置く。


「水で冷やして食べると美味しいんだ。あとでみんなに切り分けようね」

笑いながらタライに水を注ぐ。


「お父さん、コロンも帰ってきたしもう酒浸りは無しだよ!」

「ああ、そうするよ」


 不思議そうにしているコロンに母は「お前が事故に遭ったって聞いて、父さん毎日やけ酒してたんだよ」と小さく耳打ちした。

 コロンは仕方ないなと笑った。




 畑で取れた野菜中心の夕食をごちそうになり、食後ハオパの実を頂いた。硬いウリを食べているようなシャリシャリとした歯ごたえで味は薄くまるで野菜を食べているような感覚だった。


 母親が「どうだい?」と問うので正直に「味が無くて固いです」と答えるとカッパーが「失礼だ」との視線を送ってきたが母親は「はっは、これがドワーフ好みの味なんだよ」と笑った。


 三人は速やかに風呂を浴び、翌日の発掘に備えて早めに就寝することにした。寝ようとしたところでコロンが部屋にやって来た。


「ドンガガさん、起きてるかい?」

「はい、起きてます」


「皆に見せたいものがあるんだ」


 すすめられるままドンガガとカッパーとニッケルの三人を伴いコロンは家の外へ出た。暗闇には家々の明かりが浮かび上がって蛍のように美しい。


「地上では夜、空に星ってのが浮かぶんだろう? じゃあ、この国では夜何が浮かぶと思う?」


「はて、暗闇では?」


「正解はこれだよ」


 コロンは自信たっぷりに空を指す。


「星空!」

 ニッケルが驚きを露わにする。


「違う」

 カッパーが天を凝視した。


「そう、これは鉱石さ」


 その名もブルータリスという鉱石だそうだ。


 ドワーフの国には太陽が射さない。なので朝六時から十八時までを日中と定め公共の松明を灯し、それ以外を日没と定め明かりを全て消すと言う。


 昼間、松明の明かりで蓄光したブルータリスは夜、星屑のように輝いて国中を照らすと言う。もっとも石が光るのは消灯して三、四時間が限度らしい。


 ドンガガは時を忘れてブルータリスの夜空に魅入った。青や緑に光る星々はその輝きの強さも色の濃淡も石によって微妙に違いどれひとつとして同じものが無い。


「宝石箱のようです」


「毎晩ながめるのがオレの日課なんだ」

 コロンが得意げに言った。


 遠くのあちこちの家でサンペリオの人々の声が聞こえる。何と言っている分からないがひどく感動しているようだ、皆も星空を見上げているらしい。


 ドンガガたちは目くばせして笑ったあと「今夜は冷えますね」と言って家の中へ戻った。

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