地底人Ⅱ

8-1

 町のいたる所を彩る金の装飾があまりにまぶしくてドンガガは眩暈めまいを覚えた。


 くらくらしてふらつくと大きな何かとぶつかった。ガシャンと何かが床になだれ落ち、ドンガガは目を回して倒れ込む。ふっと気が付いて見てみるとそこにいたのはラクダだった。


 歯を剥き出しにして怒っている。背にはたくさんの宝飾品、あまりに豪華でまるで王族の乗るラクダみたいだと思った。


 落ちたのは大きな宝石の付いた金のベルトでそれを拾い上げるとラクダの背に掛けた。


 ラクダはご満悦でブルルルルと唇を揺らすとふんっと首を天に背けた、何だかすごく偉そうだ。


 店屋から主人が出てきたのを見るとかしこまり優雅にかがんで彼を乗せた。主人はこれまた豪華な宝石の付いた煌びやかな指輪をはめたドワーフで、ドンガガたちの素朴な服を見てふっと笑ったかと思うとラクダの腹を蹴って「行け」と合図した。


 ラクダはこれ見よがしに宝石をじゃらんじゃらんと言わせながらずんすん歩いて行った。


「ああいうのは気にしなくていい」


 コロンが少し不機嫌そうな顔をしていた。この町の富裕層でコロンはああいう連中が特に嫌いらしい。「頑張ってるオレたち鉱員がバカみたいだ」と呟いた。


 目にするのは輝かしい街並みばかりだったが、何もそんなところばかりではないとコロンは言う。大通りの裏には労働者たちの貧しい町が存在し、コロンたち鉱員はみなそこの住人だそうだ。


 鉱員が汗水たらして掘った鉱石を職人たちが加工し、それを先ほどのような商人が買い上げて商売にする。だからうまく回っている。鉱員たちはもっと優遇されるべきだとコロンがぼやく。


 活気のある長い商店街を抜け静かな大通りに出た。


 これまでとは一転、人通りは少なく代わりに道の端に等間隔で兵士が立っていて物々しく、そして荘厳な雰囲気に包まれていた。


 ラクダもいたが先ほどのような成金ラクダではなく上品に毛並みが整えられて綺麗な蔵がひっそりと乗せられたまさに品のいいラクダだった。「ここには王族が住んでるんだ」とコロンが教えてくれた。


 ピラミッドに着いてドンガガたちは足を止めた。黄金に光るその斜面は息を飲むほど美しい。コロンによると外壁は金箔などでなく全部純金でできているそうだ。


 ドンガガはまるで本で読んだ幻の都市エルドラドのようだと感動した。近づくと随分間抜けな顔が映り込む。頬を引っ張り見つめた後、べーっと舌を出す。さらにべーっと近づくと、背後に眼鏡をくいっと上げるカッパーが映り込んだ。


「何をしておいでですか?」と静かに聞いてくるので「何でもありません。行きましょう」と誤魔化して金の階段を上り始めた。


 景色はすこぶる良い。別世界に来たようだ。一段、二段と踏みしめながら高みへと近づいていくのを感じた。


 王への謁見えっけんは特別なことがない限り許されないらしい。コロンも会うのは二度目だそうだ。「あまり気安い方ではないから心して会う方がいい」と年配のドワーフが言った。


 緊張の面持ちで最上段に降り立つ。兵が左右に二人ずつ計四人立ってヤリを持ち通路を塞いでいた。


「王は忙しい、特別な用あっての謁見か?」


 厳しい口調で問うてくる。


「リトルフォレストからの客人をお連れしました。落盤の事故より仲間を助け出してくれた、我々の恩人です」


「そうか」


 兵の一人が持ち場を離れ中へと入っていく。奥で誰かと話している姿が見える。大臣か何かだろうか? 


 その大臣らしき人物は話を聞き終えるとさらに奥へと入っていた。その先は見えない。三十分ほどして兵が戻ってきた。


「王がお会いになる。ご無礼の無いように心得ろ」


 忠告して道を開けてくれた。


 ドワーフたちに付き従い、奥まで敷かれた赤い絨毯じゅうたんの上を歩く。市庁舎の絨毯に比べて薄くて軽やかで、でも少し味気ないと言えば味気ない。市庁舎の絨毯はもっとふかふかして頬ずりしたいほど柔らかかった。


 今、リトルフォレストはどうなっているのだろう。副市長は当選しただろうか、そんなことを思った。


 正面にあったカーブ階段を上るとすぐ、細かな彫刻を施された重厚な木製の扉があった。扉がゆっくり開いて遠くに王冠をかぶったひげの長いドワーフがけだるそうに立派な椅子に腰かけているのが見えた。


 王の前まで行きコロンたちはひざまずく。慌ててドンガガたちもひざまずく。皆頭を下げたままで誰一人話さない。しばらくして王がやっと口を開いた。


「事故があったと聞く」


 沈黙が落ちる。


「大事ないか?」

「はい、皆無事生還いたしました」


 年配のドワーフが答える。


「そちはコロンと言ったか」


「はっ!」


 コロンの声がやや緊張している。


「よく戻った」

「ありがたきお言葉、感謝いたします」


 また再び王は口を閉ざす。皆身動き一つしない。


「リトルフォレストの者たち」


「……」


 ぼーっとしているとカッパーに「元市長」と小さな声で促されたので顔を上げて「は、はいっ!」と返事する。


「よく、一族の者を救ってくれた」


「勿体ないお言葉です」


「褒美を取らす」


「へっ?」


 ドンガガは気の抜けた声を上げた。すると王の機嫌が少し悪くなった。


「褒美を取らすと言うておろう!」


 怒声を上げる。


「あ、あ、ありがとうございます!」


 ドンガガは慌てて返事をした。


「何がよい?」

「うーん、……うーん、うーん」

「早ようせよ!」


「うーん」


 ドンガガはぶつぶつと独り言を始めた。皆がはらはらとしているがそれは目に入らない。


「貴様っ、聞いているのか、貴様っ!」


 慌てたコロンが声を上げる。


「石炭を、石炭を所望しておりました」

「何? 石炭? そんなものが欲しいのか?」


「はい、あ、あと鉱石の採掘権をお認めになってほしいそうです」

「鉱石? そんなもの採掘せずとも与えよう」


「嘘? やったー!」とキャシーが手を上げようとするがそれより早くドンガガが手をポンと打ち鳴らす。


「ピラミッドを一度滑らせてください! 一度でいいから金の滑り台、滑って見たかった!」

「何ぃ!」


 王が目を剥いて怒り出したのでカッパーたちがすぐにドンガガの頭を押さえて床に擦りつけた。


「石炭を分けてもらうのと鉱石の採掘権で構いません! つるはしをいくつかお貸しください!」


 カッパーが言った。


「たやすいこと」


 冷たく言い放つと王は座を離れて奥の間へと消えた。


「ふう、冷や冷やしたわい」

 年配のドワーフが胸をなでおろした。


「せっかく、タダでくれるって言ってたのに」

 キャシーが残念そうに言う。


「あの空気じゃ、それは言い出せないかと」

 カッパーが眼鏡をふいている。


「まあまあ、掘った方が思い出になりますし……」

 ドンガガが笑みを浮かべる。


「お前のせいだ!」


 みんなに攻め立てられてドンガガはしゅんとした。

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