6-4
「なかなかいいもの持ってるんじゃがのお」
デジットは惜し気につぶやく。ナインは長椅子に横になって悲しそうな顔をしている。
「どうして加速しない?」
「…………怖かったんです」
事務室に沈黙が落ちる。
「走っているうちにもっともっとって思うんです。でもあと少し、あと少しで壁を越えそうになる瞬間に恐怖が押し寄せてアクセルをふめなくなるんです」
「壁の向こうへ行ってみたいとは思わんか?」
ナインは目に涙をためている。余程怖かったのだろうとドンガガは思ったが、そうじゃない。彼はくやしかったのだ。
「次は壁を越えて見せます」
ナインは一筋の涙を流した。ナインはその日、チーム『マッハラビット』と契約した。
「もう行きましょうドンガガさん」
カッパーが呆れている。
「ううん。困りました困りましたね」
「何が困ったんです? エイトは快方に向かっているし、ナインはプロ契約して初のレースに臨むし万々歳ではないですか」
「私はナインさんの御活躍する姿が見たいのです」
「レース開催まで一カ月以上あります。それまでは待てません」
「うーん」
ドンガガは手を組みぶつぶつと独り言を始めた。
「サンペリオの方々もいらっしゃるのです。これ以上は譲れません」
「分かりました!」
ドンガガは手をポンと打ち鳴らした。
「ご理解いただけて誠に……」
「レースを開催しましょう!」
「はあ?」
「三カ月後にリトルフォレストでウサギのF1レースを開催するのです。その頃には我々もリトルフォレストに戻っているでしょう。皆さんを招いてお祭りです! 良いアイデアだとは思いませんか?」
「そんなこと勝手に決めて……」
「善は急げ、さっそく交渉してきます!」
カッパーの言葉に耳を貸さずドンガガはせかせかと駆けて行ってしまった。チーム『マッハラビット』のスタッフに掛けあい、協会本部に通されて本部長の前で市長職の経験を生かしてこれでもかと盛大にスピーチをした。
後日、リトルフォレストでのレース開催が決まり、安心してドンガガはまた旅に出る。
「リトルフォレストで走るころにはきっといい勝負が出来るようになってみせるよ」
ナインはやや照れ隠しをしながらそう言ってくれた。
「約束です」
「うん、約束」
最後に指切りをして別れた。
ウサギたちと別れると急に静かになり、肩を落として寂しそうに歩いていると「レース盛り上がるといいですね」とカッパーが控え目に言ってくれた。そしてまた黙る。
カッパーは意外にいい人なのかもしれない、そう思うと笑みがこぼれて仕方がなかった。
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