6-3

 レーシングチームに合流するためナインは穴を奥へと進んでいた。もう涙はない。道中、ドンガガは不思議に思ってたずねた。


「お兄様はどうしてあなたに才能があるとおっしゃってたのですか?」


「兄さんにすすめられて一時期乗ってたことが有るんだ。でも大して結果も出なかったし、大学にも行っていそがしかったからすぐに辞めたんだ」

「なるほど」


「僕に光るものがあるかどうかは判らない。でも兄さんが言うんだからきっとそうだと信じてやってみるよ」


「我々も応援します。ぜひ頑張ってください」


 それから半時間程してチーム『マッハラビット』本拠地へとたどり着いた。そこは雑然とした倉庫のようなところだった。トントントン、トントントンと板金の音がする。クラッシュしたマシンがあった。大慌てで修理中らしい。


「デジットじいさん、デジットじいさんいるかい」


 大声で呼びかけてナインは車内をのぞき込んだ。


「ああ?」


 しゃがれた声の老ウサギが黒ずんだ顔をひょこりと出した。眼鏡をかけなおし目を丸くする。


「お前、ナインか。ナインだな。久しぶりだな、どうした?」


 デジットの甲高い声を聞きつけてわらわらとチームスタッフが奥から出てきた。病院で会ったウサギたちもいた。ナインは皆に、兄から後継者となるよう頼まれたことを伝えた。


「そうか、エイトは辞めるか」


 デジットが肩を落とす。すると一羽のウサギが声を上げる。


「オレは反対だ。エイトには特別な才能が有った。それは認める。けれど弟だからと言ってその才能があるとは限らない」


「もちろん、もちろんわかってます。でもチャンスがあるなら僕を試してほしい。兄さんのようにとは言わないけど立派に走ってみせます」


 背を押す者半分、辞めろと促すもの半分。賛否両論あったが、試さずあきらめるのもどうかという結論になり、ナインは走行テストを受けることになった。




「前に乗っていたから乗り方は判っておるな。コーナーは加速せずに小さく回れ、そのあと直線で一気に加速だ。ギアをうまく切り替えろ。集中して走れ」


 アドバイスを終えるとデジットはこぶしをにぎってつき出した。兄のヘルメットを目深に被ったナインは「ありがとう、デジットじいさん」と言うと目元に笑みを浮かべ、こつんとこぶしを合わせた。


 ブオン、ブオン、ブオン、スタートの合図を待つ激しい音。ドンガガは固唾をのんで見守る。エンジニアがスタートの旗を振ると同時にテストマシンは走り出した。


 最初ナインは戸惑っていた。何せ以前乗った時から三年以上経過しているのだ。


「ええと、ギアはこれだったかな?」


 そう思ってハンドルの右裏に付いたレバーをぐいっと下げる。するとブレーキを踏んだようにぐんと重くなった。マシンは加速どころか減速する。いきなり重いギアに上げ過ぎたらしい。


 走り出して間もないところだったので、ドンガガたちのところからでもそれは分かった。マシンはぷんすか音を立てて止まる。


 デジットは「あちゃーっ」と頭を抱えた。「やっぱりな」と後ろから薄ら笑う声がする。


 ナインは気にしてなどいなかった。というよりもそれどころではなくて走らせるのに必死だった。


 すぐに加速させ速度を中速へと持っていく。幸い一度の失敗でギアチェンジの感覚はうまくつかめた。コーナリングも上手い。しかし決定的な弱点があった。直線が遅いのだ。直線で加速できないから当然タイムも悪い。


 一周目の結果は散々だった。


「まだまだこれから」


 デジットは希望を捨てていなかった。その励ましの声が聞こえたのか二周目に入り少しタイムが良くなった。三周目に入るともっと良くなった。


 でも何かが物足りない。見守るデジットの表情を見るとそれが手に取るように分かる。デジットはぎりぎりと歯がみし、周囲からはため息が聞こえてくる。


 息も呑むようなテスト走行をドンガガたちは固唾を飲んで見守った。


 緊張感いっぱいに五周を走り終えると、マシンをコース上に止めて、ばっとヘルメットを取りナインはそのまま気絶した。


 あわてたスタッフはすぐにかけ寄ってマシンから彼を降ろし、事務所まで運んだ。

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