地底人

7-1

 途中道が二股に分かれていた。その二股のところでサンペリオの人たちが立ち止まり急に口論を始めた。


 キャシーによると長が道を忘れてしまったらしく、皆で「確か左だ」「いや右だ」と言い争っているそうだ。彼らの来た道とは逆になるのでまあ無理もない。

 ドンガガたちは腰を下ろして休憩しながら彼らの結論が出るのを待った。


 しかし、三十分しても結論は出ない。そのうち長が「マンダラヒャー! マンダラヒャーッ!」と顔を真っ赤にして怒りだしたのでドンガガが間に入り多数決で決めることにした。


 すると十一対十一になったのでドンガガが決めていいということになり、ドンガガは困りカッパーに相談すると「元市長がお決めになってください」と冷たく突き放され、結局左に行くことにした。


 左に行くと道は三十メートルも行かないうちに崖になっており、すぐに後戻りをして結局右の道を行った。


 険悪な空気のなか、ドンガガは「まあ、こんなこともあります」と冷や汗をかきながら笑った。


 右の道はしばらく何もなかったのだが、さらに奥へと進むと素のままの土壁がごつごつとした石の壁に変わり、石の壁はやがて木組みで覆われて、その道は大きな採掘場へとつながった。


「ほう、採掘場ですか。これは素晴らしい」


 天井を見上げると細部が見えないほど高くて、丸くきれいに削り取られて大変美しい。声を出すとそれが綺麗に反響する。壁際にランタンが灯してあり誰かいるらしい。


「おおい、どなたかいらっしゃいますか?」


――いらっしゃいますかー、いらっしゃいますかー、いらっしゃいますかー


 返事が返ってこない。誰もいないのだろうかと耳を澄ましてみると右手前方の通路からカキーンカキーンという採掘音と密かな声がする。一同は耳を澄ました。


――ドンカッカ、ドンカッカ。オイラは穴を掘る。石は天からの賜りもの、天は見えぬが今日も一日ドンカッカ、ドンカッカ――


「一日ドンガガですか。私は毎日ドンガガです」

「元市長、ドンガガではなくドンカッカーかと」


 カッパーが眼鏡をくいっと上げて厳しく注意してくる。


「今日も一日ドンガッガー、ドンガッガー」


 ドンガガは歌を真似て口ずさみながら歌の主たちに近づいていく。すると横穴に入ってすぐ、採掘音と歌が同時に止まった。


「誰だっ!」


 声の主はランタンを手に持ち光でドンガガたちの顔を照らす。ドンガガたちはまぶしさに目を背けて光に慣れたころ彼の姿を凝視した。


「……ヒト?」


 皆は目を剥く。こんな地中に珍しい、そう言おうと思ったところで言葉を遮られた。


「ドーゥワーフ! ドーゥワーフ! マンマリヤー」


 長が顔をほころばせて駆け寄っている。相手もまんざらではない表情だ。随分と若い、まだ青年だろうか。キャシーがすぐに直訳する。


「ドワーフ! ドワーフ! 会いたかったと言っております」

「ドワーフ?」


「そうさ、オイラはドワーフのコロン。あんたたちこのじいさんの言葉が分かるのかい?」

「ええ、まあ」


 キャシーは得意げに目を細める。


「だったら伝えてくれ。あんたたちのおかげで随分と掘り進んだ、仲間ももうじき見つかるだろうって」


「サパ、エテス、コルコビラ……」

「オウ、ポンターナ、ポンターナ」


「それは良かったと」

「どういうことですか?」


 ドンガガは事情を訪ねた。コロンはつるはしを床に置き語り出した。

 



 ここら一帯はドワーフたちの生活の基盤となる宝石の採掘場。彼らはここで金、銀、その他鉱石を掘り、それを自分たちで工芸品に加工し、販売して生活しているそうだ。


 半月ほど前サンペリオの一団がこの地を訪れる少し前、ちょうどドワーフたちは金脈を見つけて活気にわいていた。みな夢中で掘り進めたくさんの金を手にした。


 しかし、穴を縦横無尽に掘り進めたがために落盤事故が起きた。採掘路は石で閉ざされ、仲間たちは寸断された。そしてコロンは一人石に埋もれていたところを通りかかったサンペリオの一団に助け出されたのだと言う。


 言葉が通じず最初は戸惑ったが、身振り手振りで説明するとサンペリオの一団は素手で石をかき分けるのを手伝ってくれた。おかげで穴は掘り進み一人の仲間と合流、コロンは今もその他大勢の仲間たちと再会するために崩れた石をかき分けているのだそうだ。


「コロン、飯だぞー」


 ドンガガたちの背後から声がする。立派なひげを蓄えたドワーフがいた。ドワーフは顔をしかめて「誰だ、あんたたち?」と言った。


「リトルフォレストから来ました」というと後方に長の姿を見つけ「ああ、あんたたちか! もう一度会いたいと思っていたんだよ」と駆け寄った。


 ドンガガたちは広間でドワーフ二人と火を囲み食事を共にした。大勢いるからまるでキャンプファイヤーのようだ。


 ドンガガは熟れて丁度になった柿を手にするとがぶりとかじりついた。ドワーフは火で温めたスープをコップに注ぎパンを取り出して浸しスプーンでもふもふと食べた。


「あんたたち本気でサンペリオまで行くのかい? サンペリオは遠いぞ」


 ひげのドワーフは分厚いハムにかじりつく。


「これより下の階層にトロッコ列車が通っている。オレも乗ったことはないがそれは地の果てまで続いているという。地殻を目指すのならそれに乗せてもらう良い」


「トロッコ列車? そんなものがあるのですか」


 ドンガガはサンペリオの長に問う。キャシーが訳し返事が返ってくる。


「乗せてもらえませんでしたと。乗るのには条件が必要なそうです」

「ああ、その通りだ。乗るのには石炭が必要だ」


「石炭? それは困りましたね。我々は石炭を持っていません」

「オレたちの集積所に山のようにある。それを持っていくといい」


「集積所?」

「さっきコロンが掘っていた穴の先にある掘り出した鉱石の保管庫さ。あの穴の先にオレたちの国がある。寸断された仲間みんなも穴の向こうさ」


 寸断されて困っていたのは向こう側ではなく採掘場にいたコロンたちの方だったのだ。向こうからは二人を助け出そうと必死で捜索作業が進められていることだろう。


「どうだ、オレたちが国に帰るのを手伝ってくれないか? もうそろそろ食料もそこをつく。急がないとやばいことになる。手伝ってくれればお礼にいくらでも石炭を渡す、悪くない条件だと思うが」


「分かりました、そういたしましょう」


 ドンガガは即答した。反対する者などいなかった。サンペリオの一団は逆にそれを聞くと「ヤー!」と言って立ち上がり喜んだ。


 昼食後、スコップとつるはし片手に皆は穴の奥へと向かった。


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