5-2
「お頭、お頭。こいつはどうしやしょう」
子分のサルがぺらぺらの巻物を広げる。親書なのだがサルには当然わからない。
「食えねえもんは全部捨てろ。おっとそいつは便利だから取っておけ」
そう指示を出して荷物に入っていたリンゴをかじり種をぺっと捨てる。便利だから取っておけと言ったのは懐中電灯で、サルでもスイッチをぱちぱち切り替えているうちに暗い洞穴を照らす便利なものと分かったようだ。
「なんでしょ、これは?」
サルが黄色のリュックから取り出したのはヒノキのスプーンでドンガガがサンペリオの住人に配るのだと意気込んで持ってきたものだった。
「おお、スプーンじゃないか」
ディーマは目を輝かせた。
「こいつはこうやって使うんだ」
そばにあった柿にざくっと刺してその実をえぐる。実は青くてスプーンで食べるにはまだ固すぎる。
「小さいころじいさんと地上に出た時に人間が使ってるのを見たことが有るんだ。へえ、なっつかしいなあ」
「全部で五十本ありやす」
「よし、全員に一本ずつ配って残りはオレのとこにもってこい」
「分かりやした」
スプーンを持った子分が皆のところへ行くのと入れ替わりで別の子分が大慌てでやって来た。
「人間どもが荷物を取り返しに来やした!」
「ちっ、いまいましい」
ディーマは即座に切り立った岩場を下ると見張り台に立った。首からかけていた双眼鏡をのぞいてその数を確認する。
「二十九匹だと! 奴ら総攻撃をかけてきやがった」
ディーマの群れは十四匹、分が悪すぎる。
「フォーメーションイエローだ、オレも出る」
ディーマは前線へとかけて行った。
「ドンガガさん、あれが奴らのアジトです」
父フクロウが前方の空洞を指した。切り立った崖の上に下手なサルの絵を描いたフラッグが立っている。ふと、こつんと足元におひねりのようなものが飛んでくる。ドンガガはそれを拾い開けた。中には小石とでかでかと書かれたどくろの絵、絵はやはり下手なようだ。
「物騒ですね」
ドンガガはあきれ顔だ。父フクロウは紙を見て語気を強める。
「私は空から奴らを襲撃します。皆さんは岩に隠れながら徐々に攻め込んでください。それからお前はここにいなさい」
厳しい顔で子フクロウに向き合う。
「やだよ、僕も戦うんだ」
「後ろから見ていて危なかったら叫んでみんなに知らせるんだ。いいかい、これは大事な役目だ」
言い聞かせるように告げて子フクロウの肩に手を置く。子フクロウは考え込んでいる様子で、父の意図を推し量っているのだろうか。首を回して少し考え込んだあと正面を向いた。
「うーん、……分かった。任せといて!」
子フクロウは張り切った様子で小さな胸を叩いた。
ドンガガたちは周囲に落ちていた石をたくさん拾い集めそれぞれ岩場に隠れて息をひそめる。そこへ一匹の偵察ザルがやって来た。力いっぱい石を投げつける。
「きっきっ!」
石が当たるとこちらを向いて威嚇してくる。構わず「えいやっ!」と皆でいっせいに石を投げつける。石のあられが降り注ぎ多勢に無勢、耐えられなくなったサルはくるりと尻尾を巻いて逃げ出した。
少し進み、次のサルを、そのまた次のサルを、と攻撃していく。彼らは持ち場を捨ててアジトの奥へと逃げ帰っていく。
追いつめられたサルたちは籠城を決め込んだ。木のヤリを持ち最終砦を守っている。ふと岩場のてっぺんからボスザルが顔を出した。ディーマだ。
「うききぃききぃききぃ!」
ゴリラのように胸を叩きこちらを激しく威嚇している。
ふと、洞窟の空を父フクロウがすべるように飛ぶ。素早くディーマの頭を爪でわしづかみ、空に舞ってはわしづかみを繰り返す。混乱してサルたちの陣形はくずれ「きっきっ!」と鳴きながらあちこちぶんぶんヤリを振り回しているが父フクロウはそれを軽やかに受け流してなかなか当たらない。
その間一気にドンガガたちは攻め込んでサルたちを包囲した。観念したサルたちはヤリを捨て一所に集まった。「きいいぃ」と悲しそうな声を上げる。
「あれっ? ディーマがいない……」
岩場に羽を休めつぶやいた父フクロウの背後に忍び寄る影、ヤリを持ったディーマがそののど元を狙わんと飛びかかった。
「危ないっ! 父ちゃん!」
その時、ドンガガは奇跡を目にした。子フクロウが羽ばたいて空からディーマのヤリを取り上げたのだ。ディーマは宙をかいて取り返そうとするが、子フクロウはそれを離れた谷底へと捨てて着地し父のもとへと走ってくる。
「飛べたっ! 飛べたよ父ちゃん! 見てた?」
「ああ、見てたとも。立派だった」
感涙の表情で子フクロウを抱きしめる。ドンガガたちは拍手を送った。気が付けば周りのサルたちも空気に飲まれ自然と拍手をしていた。
「すみませんでした」
ディーマ一味はアジトに散らかしていたリュックをかき集めてしゅんと落ちこむ。荷物はずいぶんと荒らされており地上から持ってきたチョコレートやクッキーはすでに食われたようだった。
懐中電灯を受け取るとぱちぱちと点けたり消したりをして故障していないことを確認する。幸い無事でドンガガはほっと胸をなでおろす。
「これもお返しします」
ディーマは握りしめた小さな木のスプーンを差し出した。子分のサルたちも「これも」「これも」と言ってばらばらとにぎりしめたスプーンを差し出た。サルたちは寂しそうな顔をしている。せっかく手に入れた宝物だったのだろう。
ドンガガは受け取ろうと出しかけた手を止めた。
そして一呼吸置いた後、「皆さんに一本ずつ差し上げます」とにっこり微笑んだ。
「やったあ」
サルたちはタコ踊りをして喜んでいる。まるでお祭り状態だ。
「よろしいのですか? サンペリオの方々へのお土産だったのでは?」
カッパーが困った表情をしている。
「スプーンならまだあります。それにお土産は誰かに貰っていただくための物です。喜んでいただけるのならその誰かは地上の方でも地中に住まう方でもよろしくないですか?」
「ふう、……それもそうですね」
めずらしくカッパーが同意してくれた。ドンガガはそれを心から嬉しく思った。
手をふるサルたちに見送られアジトを後にした。スプーンのお礼にと青い柿をいくつも貰った。青い柿は食べられないが断るのも失礼だと思いそのまま受け取った。旅の途中で色づいていずれ食べられるだろう。
スプーンは減ったがリュックは柿でいっぱい、荷物は随分重くなった。
柿があまりに重いので少しフクロウ親子にもらってもらいその後、森の入り口で彼らとも別れた。
飛べるようになった子フクロウは「絶対リトルフォレストに行くからね、案内してね。約束だよ」と手をふった。「はい、絶対です」ドンガガはそう言うと姿が見えなくなるまで時折ふり返り手をふり続けた。
懐から小さな白い羽を出すとそれを指でそっとなでた。
ぴんっと張っていて力強い。これでいつでもフクロウたちのことが思い出せる。サンペリオに着いてもリトルフォレストに帰っても。
この旅のことはきっと一生忘れない。この出会いはもっと忘れない。
そう心に刻むと羽を再び内ポケットにそっとしまった。
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