温泉

5-1

 翌朝早くフクロウの「ほうほう」という鳴き声で目を覚ました。


 誰が鳴いているのだろう? そう思って体を起こす。酒が少し残っているのか胸がムカムカする。台所に立つ母フクロウのところへ行くと笑って水を一杯出してくれた。近くで汲んできたわき水だそうだ。


 ごくごくと飲み干し礼を言って、鳴き声の主の元へ忍び寄った。鳴き声はたどたどしくて若い。そっと後姿を確認する。


 子フクロウだ、子フクロウが鳴いている。鳴くのに一生懸命でこちらに気づきもしない。縁起物を見たと笑んで、邪魔をしないようにそっと姿を消した。

みんなが目を覚まして早々にフクロウの住む森を出た。


 フクロウ一家に連れられて一同は一路温泉を目指す。温泉は森から一時間の距離にあるらしい。

 

 道中、子フクロウと話をした。朝の鳴いていた時の大人びた表情からは一転、しゃべる姿はとってもあどけない。どうやら子フクロウは昨年生まれたばかりのヒナらしい。が、仰天するほど口達者でとにかくおしゃべりは止まらない。


「白いフクロウはね、幸運を呼ぶって言われているんだ。僕らの羽をもってると幸運がおとずれるんだ」

「それはそれはうらやましいですね」


「あげないよっ!」


 そう言って子フクロウはさっと身をひるがえす。ドンガガがしょんぼりしていると父フクロウが子フクロウの頭をこつりとはたいた。


「いじわる言わないであげなさい!」


 子フクロウはしぶしぶ羽を一枚抜きそれをドンガガに渡した。子供の物だからだろうか、随分と小さくて少し柔らかい。それでも純白の羽は神々しく輝いている。

ドンガガはフクロウのように、ほうっとため息を吐いて見とれたあと、それを内ポケットにしまった。


「家宝にします」


 にこにこと微笑むと子フクロウは少しはずかしそうに「べつにそんなのどうってこ

とないやい」とつぶやいた。




 歩いて三十分で水脈に出た。一メートル程の川幅の小川にはハヤのような小魚がいて子フクロウは「わあ、お魚さんだ!」と川をのぞき込んでいた。


 主にいるのはそれだが他にたまにフナのような中型サイズの魚もいて、父フクロウは普段ここで釣りをしているそうだ。味はまあまあらしいが地中では貴重なたんぱく源だから食卓には欠かせないとのことだった。


 さらに登っていくと小川は沢になった。せせらぎのそばにはシダ植物が生えたり沢ガニなどもいて、周囲の生態系を確実にうるおしているようだった。父フクロウは「ここの沢ガニは油であげると美味しいんです、帰りに取りましょう」と笑った。


 沢を左手に坂道を上り続けると川はさらに細くなり、そのさらに上流に向かうと硫黄のにおいが立ち込める温泉地に到着した。


 直径五メートルほどの大きな湯つぼと二メートルほどの小さな湯つぼが一つずつ。男女に分かれて入浴することにした。


 服を脱ぎていねいに折りたたんで荷物とともに影の岩場に置くとタオルを巻いてゆっくりと湯に入った。少し熱い。


 時間をかけて肩まで浸かると「ふううう」と息を吐いて首をのけぞらせた。見上げた天には鍾乳しょうにゅう石があり、こつこつと水滴が湯に垂れていた。


 子フクロウは面白がって天に向けて風を送る。一つ羽ばたくとぱらぱらぱら、二つ羽ばたとばらばらばら、またまた羽ばたくとばらららららと水滴が垂れてくる。次に羽ばたこうとしたところで「やめなさい」と父親にしかられた。


 しゅんとしている子フクロウのそばへ行きドンガガはタオルを取った。みんなぎょっとする。ドンガガは構わずタオルを水面へと浮かべる。


「できますか? クラゲ」


 ドンガガはタオルの中心部に空気を含ませるようにして手で円を作りクラゲの足の付け根をぎゅっと持つ。水面にぷかりと浮かぶタオルのクラゲが出来上がる。子フクロウはクラゲの笠をツンとつつく。クラゲはフラフラと揺れてびくともしない。今度は勢いよくギュッと爪で掴む。するとブクブクと泡をはいてクラゲは水中でただのタオルになる。


「もう一回、もう一回!」


 ドンガガは再びクラゲを作る。子フクロウはまたつぶしてもう一回もう一回とせがむ。ひとしきり遊んだあと気に入っているようなのでタオルを貸してあげた。子フクロウは一人できゃっきゃとはしゃいでいる。


 足るほど湯につかり目を回しかけたので出ることにした。


 タオルを巻いていないのを忘れて出ると、となりの湯にいた母フクロウとキャシーが「きゃああああ」と悲鳴を上げた。


 風呂を上がり服を着たのだが違和感がある。


 なんだろう……、なんだろう……、リュック。リュックがない! ないのはドンガガだけではなくカッパー、ニッケル、サンペリオの一団のものまでなかった。


「これは弱りましたね」


 ドンガガは頭をかく。


「こんなものありましたよ」


 岩場の隅でかじりかけの柿をニッケルが見つけた。それを見て父フクロウは「やられた!」と頭をかかえた。


「きっとサルの仕業です。このあたりの岩場を取り仕切っているディーマ一味の仕業に違いない」

「困りましたね、あれにはサンペリオの方々へのお土産も含まれているんです」


「取り戻そうよドンガガさん!」


 子フクロウは威勢よく羽をかかげている。


「父さんたちだけで行ってくるからお前はここにいなさい」

「いやだよ。僕も行くんだ!」

「これっ、言うことを聞きなさい」


「やだっ!」

「これは遊びじゃないんだ」

「やだったらやだ!」


 子フクロウは駄々をこねて言うことを聞かない。父フクロウは困り顔だ。ドンガガはふむとアゴに手を当てた。


「いいじゃありませんか、ぜひご一緒しましょう」

「ですが……」


「僕、協力してくれますか?」 

「うん、任せといて。僕、目と耳はとってもいいんだ!」

「それはそれは。ではよろしくお願いいたします」


 子フクロウは胸を張り出して嬉しそうだった。


 懐中電灯などもほとんど盗られてしまったためフクロウたちの優れた視力や聴力は思った以上に役立った。


 列の先頭に父が、最後尾に子がついて足元の注意をうながす。中ほどにキャシーを配置し、幸い盗難を免れた彼女の懐中電灯一つで慎重に皆の足元を照らしながら歩いた。


 途中サンペリオの老人が岩場で足をねんざした。歩くのは無理だと判断し、彼と付きそいをそこに残して奥を目指した。

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