4-2

 森はラムじいさんの言う通り丁度十五分きっかり歩いたところにあった。五メートルほどの洞穴の天井に届くくらいの樹高で、葉はみな深緑でうっそうと濃く、辺りは静けさに満ちていた。一人で来るには寂しすぎる、ドンガガは一人キノコ狩りをするラムじいさんのことを思った。


 店員が率先して森の中へと入っていく。鼻を激しく鳴らしている。ふと立ち止まり地面に鼻をこすりつけるようにしてにおいをかぎ始めた。何かを埋め戻したような跡だ。店員は前足でぐんぐんと土を掘り始めた。しかし、掘れども掘れども出てこない。


「やっぱりない、誰かが最近採ったのかしら。まだ、十分においが残っているのだけれど」


 次のポイントへも向かったが同じこと、トリュフは見つからない。

 ふと顔を上げて森の奥を見渡してみる。するといたる所に埋め戻した跡があった。


「どなたか乱獲したようですね、これはひどい」


 店員が、掘り返されていないところを丁寧に嗅ぎまわったがトリュフはすでに取りつくされてしまったようだった。一同ががっかりしていると森の奥から高い子供の声がする。


「お前は五個、オレは七個だからオレの勝ちな!」


 そっと低木をかき分け覗いてみると純白の美しい羽が見えた。フクロウの子供だ、二羽いる。勝った方の子フクロウは掘ったばかりのトリュフを自慢げに並べてふふんとくちばしを鳴らしている。一方負けた方はがっかりして肩を落としている。白トリュフは両方合わせて五個ある。ドンガガは目を輝かせた。


「あのう」


 ドンガガは驚かさないようにそっと声をかけた。


「うわっ、人間だ!」

「はい、人間です」


 そう言ってドンガガは、ずぼっと低木から顔を出した。フクロウたちは余計驚いているようだ。顔に付いた葉っぱを振り落として身を乗り出してあいさつをした。


「私、地上のリトルフォレストで市長をしておりましたドンガガです」

「あんたがドンガガさんか、父ちゃんと母ちゃんが前に話してたよ」


 勝った方の子フクロウがそう言う。ドンガガのうわさは地中深くまで届いているようだ。


「実はお二人にお願いがあります」

「なんだい、言ってみな」


「そちらのトリュフを少し分けていただきたいのです」


「ダメだよ!」


 負けた方の子フクロウが即答する。トリュフを手元にかき寄せて渡すまいとしている。


「我々とってもお腹が空いているのです。『養豚亭』さんでぜひ一度でいいから白トリュフのリゾットが食べてみたいのです」


「このトリュフは全部目玉焼きにするんだ。家で母ちゃんがフライパンを構えて待ってるんだ」


「目玉焼きなら一つあれば十分じゃない」


 憤りを隠せない店員が訴えかける。


「毎日食べたいんだ! これだけあればひと月は目玉焼きで暮らせる」

「困りましたね」


 ドンガガは首をひねる。しかし、良い案は浮かばない。


「ぼくぅ? おうちの人呼んできてくれる?」


 キャシーが猫なで声で話す、何か考えでも浮かんだのだろうか。子フクロウはくるりと首を回して考える。


「いいよ! お父さんとお母さんとどっちがいい?」

「うーん、出来ればお母さんがいいな」


「分かったよ直ぐ呼んでくるね」


 子フクロウはトリュフを置いて、たかたかと森の奥へと駆けて行った。まだ飛べないらしい。その間、勝った方の子フクロウがトリュフを全て手元にかき集め、盗まれないように見張っていた。




「バカたれっ! これを全部採ったのかい!」


 子フクロウ二羽に激しいカミナリが落ちた。キャシーの思うつぼだった。


「トリュフは森のみんなの物なんだよ。それをまあ全部掘り返しちまって」

「だって面白かったんだもん」


「面白かったじゃないっ!」


「だって、だって……う、うう……うわぁあああん」


 二羽の子フクロウは声を上げて泣き始めた。母親は恐縮した様子で店員に頭を下げる。


「欲しければ持って行ってください。うちはこんなに要りませんから」

「ありがとうございます。でも……そうだ、良かったらお礼にお食事をお出しします。これから養豚亭に来ていただけませんか?」


「でもこんな格好じゃ……」


 着の身着のままだったエプロンを恥ずかしそうに手で隠す。


「ぜひご家族でいらして下さい。美味しい白トリュフのリゾットをごちそうします」


「リゾット……」と子フクロウはつぶやく。


「一緒に食べませんか、リゾット」


 ドンガガは子フクロウの顔をのぞきこむ。


「べつに、食べてもいいけど」


 子フクロウはややすねた顔でそう答える。もう泣いてはいない。母親はふふと笑うとおじぎした。


「じゃあ、支度をしたらうかがいます」


 少し照れながらフクロウたちは森の奥へと帰っていった。

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