ブタのレストラン

4-1

 どこからだろう香ばしいにおいがただよってくる。ドンガガはくんかくんか鼻をならす。フライの香りだ。それは地中にこんもり満ちて行きかう人々の食欲をそそる。


「美味しそうですね。お腹が減ってきました」


 歩くたびにぎゅるるるると腹を鳴らしているとカッパーがアブラムシを渡してきた。静かにしろとのことらしい。


 しかし、アブラムシじゃ腹は膨れない。腹の音を垂れ流しのままげんなりとして歩いていると前方に動物たちの行列が見えてきた。


 アライグマにリス、キツネにクマまでいる。においの元はここらしい。動物のレストラン? 


 鮮やかな店で、入り口の上にかかげられた看板には大きな文字で『養豚亭』と書かれている。においから推測して洋風レストランのようだ。


 最後尾にいたのはクマの家族で、店前に張り出されたメニューを見て子グマが父グマにハンバーグが食べたいとねだっている。


 指をくわえて見ているとカッパーが「我々も食事にしませんか。サンペリオの方々もいらっしゃいますし」とめずらしく提案してくれた。


 喜んで並んでいると十五分ほどしてウェイターのブタがやって来て「あちゃ――」っと頭を抱えた。


「団体さんの御一行ですか。すみませんお客さまもう材料がないのです」


「なんと!」

 ドンガガは空腹のあまり目を回す。


「余り物でいいので作っては貰えませんか?」


 めずらしくカッパーがもがっている。ブタは首を振りそれを拒否する。


「冷蔵庫がもう空なのです。こちらのクマのお客様の分までしかご用意できません」


 クマの一家はほくそ笑んでいる。


「材料がなければ仕方ありませんね」


 キャシーが前髪をかき上げる。しかし、カッパーは納得していない。「本当に何もないのですか」とすがっている。余程お腹がすいているのだろうか。


「困りましたね。お腹がすいていますし」


 そう言ってぶつぶつといつもの独り言を言い始める。

 あちらこちらでぐうぐうと腹音が響き始める。


「では、材料があれば作ってもらえるのですか?」


 カッパーが問いかける。


「ええ、それはまあ」


 それを聞いてドンガガはポンと手を打ち鳴らす。


「よし、決めました。我々で材料を調達いたしましょう!」

「えええええ?」




 ウェイターのブタによると材料はレストランから三十分ほど歩いた穴の中で、ラムじいさんという羊が店を構えて売っているらしい。レストランの調理スタッフのメスブタが一匹案内でついて来てくれた。


 一同は道すがらキノコを採りながらラムじいさんの店を目指す。


「お腹が減りました、ドンガガさん」


 鳴る腹を抑えながらニッケルはキノコをちぎる。


「それは毒キノコです」


 店員がキノコを捨てるように忠告する。ニッケルは力なく毒キノコを手放しがっかりする。


「ニッケルくん、お腹がすいているのはみな同じです。美味しいご飯が待っていると思って頑張りませんか?」

「クリームコロッケが食べたいです。ビーフシチューにハンバーグ、グラタンにナポリタンスパゲティ……」


 ニッケルの歌うような言葉に皆がうんうんと首を振って続ける。


「コンソメスープにチキンライス、キノコのトマトクリーム煮」


 カッパーが歌っている。空耳かと思ったが実際に歌っているようだ。

店員があははと笑っている。


「材料があったらみんな作って差し上げますよ」

「ほんと? やったー!」


 ニッケルは天に向かって両手をつきあげている。


「あとはトリュフがあれば最高なんだけど」


 店員はつぶやきながら道端をふんがふんがとかいでいる。


「トリュフなんてものが地下にあるのですか?」


 キャシーは問いかける。


「時々だけど生えているんです。運が良ければ白トリュフも見つかるんですけどね」

「白トリュフ……」


 ドンガガはつばを飲み込む。


「白トリュフのリゾットはうちの看板レシピなんです。ぜひ食べていただきたい」


 その後、みんな土壁や道端を凝視しながら歩いたが白トリュフはおろか黒トリュフさえ見つからなかった。


 もしかしたら見逃したのかもしれないと思ったが、店員によるとにおいがしていなかったので恐らくなかったのだろうとのことだった。


 予定の三十分を大幅に上回りラムじいさんの店に着いた頃には十五時になっていた。


「おお、ステラ。よく来たな。これまたお客さんが大勢で」


 ラムじいさんは美しいクリーム色の毛をごっそりかりこんで、少し汚れた緑のオーバーオールを着ていた。


「ラムじいさん白トリュフはある? この方たちに食べさせてあげたいんだけど」


 店員は開口一番にそう言った。


「白トリュフ! すまん、さっき売り切れたところだ」

「なんと」


 ドンガガはショックでひざから崩れ落ちる。店員はがっかりした後、顔を上げた。


「仕方ありませんね。それ以外の材料をそろえましょう」





「トマトを二十個とズッキーニを五本、ああそれからポルチーニダケも。きくらげなんかあると嬉しいんだけど」

「はいはい、ポルチーニ茸にきくらげ」


 ラムじいさんは麻袋にごそごそと食材を詰めていく。


「オレガノは要るかい? いいのがあるんだがの」

「ああ、それも頼みます」


 二十分ほどやり取りして山のように食材を買い込みそれをみんなで分担して持った。ドンガガはまだ立ち上がれずにいる。


「ドンガガさん、もう気を持ち直してください。黒トリュフなら手に入ったし。それでも十分美味しいんですよ。そうだ、ポルチーニ茸のフィットチーネも作ります。ラタトゥイユのチーズ焼きもとっても美味しいんですよ」


「……白トリュフ、一度でいいから食べたかった」


 その様子を見てラムじいさんはあごひげをさわさわと触る。


「そんなに欲しいなら取りに行ったらどうだい?」

「取りに行く?」


 ドンガガは顔を上げた。ラムじいさんはやや困った顔をしている。


「ここから十五分ほど行ったとこに小さな森がある。わしはそこでいつも調達しているがの」


「地中に森?」


「うむ、小さな森じゃがのう、地中の湿気で上質のトリュフが育つんじゃ」

「ええ? もう動けませんよ」


 ニッケルがぺたりと座り込む。


「ニッケルくん私はわくわくしてきました」

 そう言ってドンガガは立ち上がる。


「皆さんはどうですか? 白トリュフ食べたくありませんか?」


 辺りを見回す。一同へたり込んでいるが、カッパーだけは目がいきいきとしている。


「行きましょう、腹空きついでです。この際少しくらい食事が遅れてもどうってことない。どうせなら最高の食事がしたいです」


 興奮した様子でドンガガの手をにぎる。市政にたずさわっていた時でさえ彼と握手したことは一度もなかった。二人は手をつなぐとぐんぐんと穴の奥を目指した。

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