3-2
ペンキの臭いが鼻をつく。テントウムシたちに鼻があるのかどうかは分からないが穴の中はすごい臭いだ。
「よしっ、出来たよおじさん」
子ムシに書いてもらった丸を鏡に映して父テントウは肩を落とす。
「これじゃ五つ星テントウだ」
「父さんよく似合っているよ」
テンセルは満足げだ。彼の背中には黄色い星七つ、彼女の親族に対する尊敬の気持ちを込めた。
新婦側には赤いペンキを渡していくつかランダムで黒点をぬりつぶすように頼んだ。
「これでいいかしら?」
おしゃれをした親族のテントウムシが背を開いたり閉じたりしてしきりに確認している。
「皆さんぬり終えた方から席についてください。これより結婚式を始めます」
神父が声を上げるが一族のざわざわは収まらない。みんな生まれて初めての星の数に戸惑っているのだ。
背など普段見えないから気にするにおよばないようなものだが、彼らはやはり気になるようだ。星の数をほこりに生きてきたのだから当然と言えば当然だ。やがて全てのテントウムシがペンキをぬり終え席につく。ひっそりとした空気の中で式は始まった。
ドンガガたちは新郎側と新婦側に適当に分かれて最後尾に参列した。カノンが流れ始め、新婦が父親に連れられて入場する。短いベールをふわりふわりとゆらしながら、一歩一歩幸せをかみしめるようにゆっくり進んでいく。その時、新朗側の親族席にいた一匹がいきなり立って派手に拍手を始めた。
「よっ! おめでとうご両人!」
すぐさま新婦側の席は眉をひそめる。
「おお、いやだ。これだから田舎者は」
ドンガガたちはあわてて彼の拍手をかき消すよう大きな拍手を始める。すると空気に飲まれて、新婦側もちらほらと拍手を始める。会場はたくさんの拍手で良い空気に包まれる。
皆の横を通り過ぎるとき新婦は嬉しそうに少しうつむき加減で、視線が合うとそっとあいさつをしていく。バージンロードを歩き終えテンセルのもとへたどり着くと新婦の父は娘の手を彼にたくし、ひと言「よろしくお願いします」とのべて席に着く。
二人は皆にぺこりと軽く頭を下げてから前を向いた。
「こがらしの強い冬の日も日差しが降りそそぐ夏の日も、あまたの試練を乗り越えともに助け合い協力して生きていくと誓いますか?」
何やら新婦側の親族席がざわざわしている。
「そこは病めるときも健やかなるときもでしょ?」との声。
テンセルは「誓います」と速やかに答える。新婦側からは「いったいどこの宗派なんだ」とのささやきが聞こえる。
小さな応酬はあったが式は何とか無事終えた。父テントウによるといつも式の途中で言いあらそいが始まるため無事に式を終えたことはこれまでなかったという。彼は感動していた。
この後、パーティがありそれを無事終えればめでたく結婚となる。パーティにはドンガガたちも招かれた。急なことで引き出物は用意していないが料理だけでも食べていってくれとのことだった。
パーティは広い地中のホールで行われた。席についてドンガガたちはげんなりする。グラスには美味しそうな樹液がなみなみとそそがれているのだが、大皿にはシソの葉を巻いた丸々太ったアブラムシが大量に乗せられている。
「これは食べられませんね」
ドンガガは皿にとったアブラムシの尻をつつく。するとチューと汁が飛び出て甘い香りがただよう。
「ドンガガさん一級品のアブラムシです。かまなくてもいいんですよ、試しに尻をなめてみてください」
隣の席の父テントウにそうすすめられドンガガはドキドキしながら尻をなめる。すると淡いマスカットのようなさわやかな香りがした。
新婦側の席は新郎側に比べて静かだ。上品と言ってもいい。ナイフとフォークを上手に使いながらアブラムシを丁寧に切り分けもぐもぐと食べている。対する新郎側はアブラムシを手づかみでむさぼり食っている。確かに文化のちがいがあると言えばある。
新婦の上司に当たるべステンウルフというテントウムシがスピーチを述べたのだがそれが長かった。
あまりの長さにドンガガは途中何度も、うとうとしかけた。新郎側は話を少しも聞かずぺちゃくちゃとおしゃべりを続けている。
「あんたたち無礼だろ!」と怒ったテントウムシもいたがその声は届かず、空気はいっそう悪くなるばかり。
新郎側の友人がサンバを踊った。テンセルも混ざって一緒に踊っている。すると新婦側の親族が木のコップを飛ばした。それが上機嫌で踊っていたテンセルの額に当たった。
「テントウムシのサンバなんて見てられるかってんだよこのヤロウ!」
管を巻いている。ずいぶんと酔っているようだ。
「おい、あんたっ! いくら何でもひどいんじゃないか!」
踊っていたテントウムシの一匹が踊りを止めて飛びかかろうとするが、それをテンセルが止める。
「まあまあ、落ち着いて」
「はなせテンセル! 俺はあのジジイに一発くれてやらねば気が済まん!」
「おう、てめえらビビってんのか?」
酔ったテントウムシが挑発している。
それにたきつけられて新郎側の親族が「なんだ、おら! やんのか?」と席を立つ。
新婦側も席を立ち、サンバのリズムが鳴るなか結局ケンカとなる。
「ああ、始まった」
テンセルが頭をかかえている。会場をかざり立てた花が床にこぼれ、アブラムシが宙に舞い、子ムシたちが会場を騒がしく走り回っている。
「どうしましょう。ドンガガさん」
ニッケルが困り顔で問うてくる。
「うーん、なんて美味しいんでしょう。地上にいる妻や娘に食べさせてあげたいくらいです」
「ドンガガさん、聞いてますか?」
心配するニッケルをよそにどこ吹く風、ドンガガはアブラムシの尻をなめるのに夢中だ。ケンカは次第に白熱していく。
新郎の友人が木のテーブルの上のろうそくを投げてそれが新婦の親族の老人の頭にかこんと当たる。
「んが」と声を出して揺らめいた老人は何とか倒れずにふみ止まり「むむむむ!」と怒って大声をあげた。
「これだから二つ星は嫌なんじゃ! 血の気が多くて下品極まりない」
「残念でしたおれは今、四つ星だもんね」
そう言って友人は背中の星を見せる。
「むむむ、なら下品なのは四つ星だ! 四つ星よ、成敗してくれるからこっちにまいれ」
「嫌なこって」
彼はお尻ぺんぺんをして挑発している。
「む、きい――っ!」
老人は怒りくるった。羽をバタバタと開き、飛びかからんとする勢いだ。その羽を見て友人がふと気づく。
「あれ、おっさん! よく見るとあんたも四つ星じゃないか?」
「何? なんだと!」
老人は首を回して「いち、にい、さん……」と確認していく。
「よっつ、確かによっつだ……」
老人は絶望した表情でふらふらと気絶しそうになる。
「オレもあんたも同じ穴のむじな。同じ四つ星テントウだ!」
「私は、七つ星だ。七つ星だったんだ」
老人はうわごとのようにつぶやいた。
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