2-2
「リトルフォレスト
リトルフォレストの一同は目を丸くしている。ドンガガはまだ独り言を言っている。
「ちょっと待ってくださいよ、そんなこと見過ごせるはずがありません」
ニッケルがめずらしくあわてている。
「もう遅い、すでに周辺の都市のもぐらにも協力をたのんでいる。いまさら、あんたたちに出来ることはない」
リーダーはニヒルな顔をしている。
「ドンガガさん、地上に戻って人々に知らせましょう。冒険はそれからでも遅くない」
ニッケルが訴えかけると、ドンガガはようやく手をポンと打ち鳴らした。
「分かりました!」
「うん?」
リーダーが顔を向ける。
「それではその復讐、我々もお手伝いいたしましょう!」
「えええ!」
こうしてドンガガたち一同はリトルフォレスト沈没作戦に加わることとなった。
「『それでは』ってなんです、『それでは』って。ぜんぜん納得いきませんよ、ドンガガさん」
ニッケルはスコップをにぎりしめて涙目だ。
「ニッケルくん、我々が彼らの生活を壊して苦しませたのは事実です。彼らの心が少しでも安らぐようお手伝いすることが、今の我々に表せる一番のおわびの気持ちです」
「とほほ、なんでこんなことになるんですか。実家建てたばかりで、ローンまだ二十五年も残っているんですよ。家に何かあったらどうすればいいんです」
「青年よすまない。何とかこうなる前に止めたかった」
スピリッツは困った顔をしている。
「兄さんは一度言い出すと聞かない。リトルフォレストを血の海に沈めるまで戦い続けるだろう」
「何か双方がうまくいくいい方法はないものですかね」
ドンガガは考え込んでいる。独り言は言っていない。
「そのお気持ち感謝する」
そう言ってスピリッツはゴーグルをかけた。
現在、もぐらたちが地上に向けて掘った、菊の花が開いたような無数の穴の先で、それぞれ二、三人および匹がスタンバイして作戦の合図を待っている。リーダーのゴーサインでいつでも地上に風穴が空く。
リトルフォレストはその地下から戦火が迫っていることをまだ知らない。その作戦に、旅立ったはずのドンガガたちが加わっていることはなおさら知らない。
市民が知るとあんたたちそんなところで何やってるんだとの怒りの声が飛んでくるかもしれない。それでもドンガガは手伝わずにはいられない。
なぜなら彼はドンガガだからだ。
ドンガガ以上でも以下でもない、困ってる人を放っておけないお人よしだからだ。
息をひそめること三十分、伝令もぐらが物すごいスピードで走ってくる。
「伝令! 伝れーい!」
大あわてで来たのか、息づかいがあらい。
「十五時より作戦を開始する。作戦開始に備えよ!」
伝令もぐらはそれを告げてとなりの穴へと走っていく。
「ほんとにやるんですかぁ?」
ニッケルの声は何かにすがるように小さい。
「青年、君は後ろに下がっていたまえ」
「ニッケルくん、何事も楽しんだ勝ちです。どうせならこの状況を楽しみませんか?」
「どうやって楽しめっていうんです」
「小さなころの穴掘りを思い出しましょう。
「……」
「考えを改めてください。我々は、今はもぐらです。人ですがもぐらの世界では我々ももぐらです。もぐらになるべきなのです」
「……もぐらになる」
スピリッツはかぶりを振る。
「もぐらはもぐら、人は人。それは太古の昔から変わらないことさ」
スピリッツはバンダナをしめ直した。その姿を見てニッケルの中からふつふつと何かがわいてくる。それは
「無理しなさんな、我々だけでやる」
「……いえ、僕もやらせてもらいます」
十五時、地上では中央公園のからくり時計の人形がダンスを始める。子供たちがおやつの時間で家に入るころ、お母さんたちが夕飯の買い物に出かけるころ、犬たちがルンルンと散歩に出かけるころ作戦は決行された。
もぐらたちは怒りを爪に込め烈火のごとく穴を掘り進める。ずががががが、ずががががが、まるでブルドーザーが高速で山を削るごとく勢いだ。
「空いたぞー!」
すぐに隣の穴から歓声が上がる。ドンガガも負けじとスコップで穴を掘り進める。ニッケルもスピリッツもそれを助ける。がっがっがっ、がっがっがっ、こつん。何かに当たる固い音。ドンガガは
「誰がこんなところに下水管を作ったんだまったく!」
ドンガガは負けじとモリモリ横に穴を掘り進め、下水管をさけながら地上を目指す。ふとまたこつん。照らしてみると古いコンクリートだった。
「まったく誰なんだ、こんなところに建物を建てたのは!」
怒りにまかせてがんがんたたくとぱらぱらとコンクリートの粉が落ちてくる。叩き続けると次第に大きなコンクリートのかけらがぽろぽろとこぼれだす。
三十分してすべてがはがれ落ちようやくレンガが見えた。ドンガガがスコップでレンガを勢いよくたたくと弾けるようにレンガがぽんと三個外へと飛び出した。
天から差し込む光、ドンガガは勢いよく、がっと首を出した。
出た先は、市役所の一階の床だった。そこに広がるのはいつもの日常。コピー機の音、電話の音、受付の声、ポットのお茶を入れる音、まどを開ける音、女性職員のハイヒールの音。
それらはちっとも変わらない。変わっていない、だってまだ一日もたっていないのだから。一同は声をそろえて
「おかえりなさいドンガガさん!」
「やあ、ただいま」
「お早いお帰りで」
みんなアハハと笑っている。ドンガガはくるりと首を回して周囲を確認した後、赤面して間違って地上に出てしまったもぐらのようにあわてて首を引っ込めた。続いてニッケルが首を出すとやはりすぐに首を引っ込めた。
代わりにスピリッツが地上へ上がり「地下は我々が支配した。地上人よあきらめたか!」とさけぶとやはり笑いが起きた。
「どうして笑うんだ!」とさけんだようだが人々の笑いはおさまらない。笑われて傷ついたスピリッツは穴の中へ戻るとうつむいて「失敗だ」とつぶやいた。
その日、町中に小さな穴が開いた。リーダーの計画は失敗し、町が沈没することはなかったが、代わりに地元紙が「ミステリーサークル大量出現」と記事を書いて、事情を知らぬ一部の市民は
もぐらたちは嬉しそうにその新聞をせっせとひろって巣に持ち帰るとそれをネタに勝利の酒をくみ交わした。リーダーが記念に新聞を一部くれると言うのでドンガガはそれを大切にリュックにしまった。
翌日ほろ酔いで陽気なもぐらたちにていねいに別れを告げた。恐らく帰ってくる時までもうリトルフォレストに顔を出すこともないだろう。
地上の故郷を思うと切なかった。空いたままの穴からリトルフォレストのにおいがする、あたたかくてやわらかい町のにおいだ。
穴からは木もれ日も差し込み地中なのに明るかった。ドンガガたちは光を背にさらなる深みを目指した。
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