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 地底人と思わしき人が現れたのはリトルフォレストの中でも一番の通りで交通のにぎわう交差点のど真ん中だった。


 突然ぽっかりと沈み込むように道路に開いた直径十メートルほどの穴の淵から泥だらけの人間がひょこりと顔を出したのだ。


 直進していた車のドライバーは大あわてで穴を回避、右隣を行く車に衝突し隣の車がさらに右に弾かれて、横断歩道を行く老婦人を敷かずに済んだことは不幸中の幸いだ。


 交差点はとにかく大騒ぎ、人々が戦々恐々と穴に近寄ると地底人は驚いて引っ込み、そして再びちょこっと顔を出してくるりと辺りを見回した。

 穴に近寄った男性が下をのぞき込むと「ワ、スワラッパ、テトテヨ」と地底人が険しい顔で口を開いた。


 男性が困った表情をしているとその地底人は道路の上に、はいあがり穴の下へ向けて手招きした。すると出るわ出るわ、はしごを上ってくる人の数、数えること総計二十二人。


 穴の周りはあっという間に地底人と群衆であふれかえり野次馬の複数が警察に通報、パトカーが数台かけつけこれを取り囲むも言葉が通じず、三十分間押し問答。ようやくジェスチャーで拾い出した言葉が『使節団』とのことだった。


 困った警察は市役所の生活安全課に連絡、それが総務課に回りなぜか土木建築課を一周巡ってカッパーの携帯を鳴らしたのだった。


「それでその方々は今どちらに?」


 自転車教室を早めに切り上げ公用車に乗り込むとドンガガはカッパーにたずねた。


「はい、それがシャワーに……」

「シャワー?」


「……かなり薄汚れて臭うとのことですので近所の入浴施設に。警察が同伴しております」

「どちらの施設ですか?」

「ホエールの湯とのことですが」


「いいですね、ホエールの湯。あそこは確かラジウム温泉でしたね。私も時々行きますがあそこのフランクフルトは絶品です。カッパーくん食べたことありますか?」

「いえ」


「では、ぜひ今度食べてみてください」

「遠慮申し上げます」




 午後三時、市役所最上階の執務室に銭湯で小ざっぱりした使節団がやって来た。執務室は超満員で数名の職員とドンガガと使節団だけでいっぱいになった。


 女性秘書がティーカップを出す代わりに冷えたペットボトルのお茶を配る。使節団の皆は興味津々でペットボトルのお茶を逆さにしたり、ながめたりして満足するとかちりとボトルを開け、中身を飲みほした。一同が落ち着いたところでドンガガは口を開いた。


「皆さん、ようこそおいで下さいました。リトルフォレストの市長ドンガガです」

「ヤ、フエンテス、カンタビラ。ミオ、ハセンポ、リトルフォレスト、ドンガーガ」


 女性通訳が素早く通訳していく。彼女は眼鏡をかけて利発そうな顔をしている。秘書が大慌てで手配したこの町には少ないボルボル語の通訳だ。名をキャシーというそうだ。


「おう、ドンガーガ、ドンガーガ!」


 使節団の長と思しき人物が握手を求めてくる。


「おお、これはこれは」


 ドンガガは両手で丁寧ににぎり返す。


「皆さんにおたずねしたいのですが、どちらのお国の使節団ですか?」

「――ええ、ええ。ええ? サンペリオ……だそうです」


「サンペリオ??」


 これには一同驚いた。サンペリオというとこのパタの国の丁度真下にある地球の反対側の国だ。


「我々は……、サンペリオのセントカルネラ市の要望を受け、三カ月前に国を……出立しました。地球に穴を掘り、はるか向こうの地上の彼方から……やってきました。我々は、あなた方とぜひ友好を結びたい。地上の反対側の国として、ぜひ我々と姉妹都市の条約を結んでください」


 これにはドンガガも目を丸くする。


「地球を抜けるトンネルを掘ったというのですか?」

「ええ、そうです。ずいぶん……くたびれました。しかし、あきらめなくて良かった。このような素晴らしいあなた方に……出会えたのだから」


 ドンガガはにぎり返したままだった長の手を取って裏返す。指には硬くなって古びた豆がいくつもある。


「大変なご苦労をされたのですね」


 彼らの果てしない道のりを思うと胸が熱くなった。


 感激したドンガガはその晩、彼らを会食に招き道中の話を聞いた。


 ドワーフの掘った鉱石、地をはうトロッコ列車、虫たちの合唱大会、彼らの話はまるで摩訶不思議なことばかりだった。


 翌朝、執務室でドンガガは宣言する。


「私たちもごあいさつにうかがいましょう!」


「却下で」


カッパーが冷たく言い放つ。


「どうしてですか、カッパーくん」

「市長、まさかご自身が行こうなどとお考えではないですか?」

「そうですが?」


「地底人どもの世迷いごとをお信じですか? 地球の反対の国からやって来たなど嘘八百、彼らの話は真実味に欠けています。第一、本当だとしても市長御自ら地底に向かうなど聞いたことが有りません。それなら我々も使節団を編成して向かわせるべきです」


「夕べの話を聞きましたか? 玉虫色の鉱石の話、見たこともないドワーフ。私は久しぶりに心おどる思いでした。私も是非冒険の旅がしたい、そう思いました」

「市政に穴を開けるおつもりですか?」


「うむ、しかし」

「八万の市民が路頭に迷います」


「そうですか、そうですね、うーむ」

「ご自重ください」


 ドンガガはくるくると歩き回りぶつぶつと独り言を言い始めた。ああでもないこうでもないと言っている。こうなると誰の話も耳に入らない。しばらくして立ち止まるとポンと手を打った。


「うーむ……、決めました! では市長の職を辞することにします」


「はい……辞職、辞職ですと? 正気ですか!」


 あっけにとられるカッパーを尻目に、ドンガガは即日市長を辞職すること発表した。


 町に大穴が開いて中から地底人が現れたというセンセーショナルなニュースと人気市長ドンガガの突然の辞職は市全体をあっという間に駆け抜け激震を与えた。




 次の市長選挙の準備が始まり、町には選挙カーが走る。立候補したのは前副市長と地元の有力者、医者、ベンチャー企業の若社長、大学の元教授の五人だった。


 優勢が伝えられているのはやはり元副市長でドンガガも頼りとしてきた人物だ。なかなか切れる人物で彼に任せておけばリトルフォレストは安心だろう。


 町が選挙一色に包まれる中ドンガガをリーダーとするリトルフォレスト使節団が結成され、穴の開いた交差点でその出陣式がしめやかに行われた。前副市長も選挙で多忙の中、時間を作りかけつけてくれた。


「応援できなくてすみません」

「いえ、お気になさらないでください」


 謝る副市長にドンガガはにこやかに手を差し出した。


 集団の中心に親しい市役所の職員たちとドンガガたち一行がいて、それを取り囲むように市民が大勢集まっている。市民の手元には「ドンガガさんありがとう」の大きな垂れ幕があり八年にわたるドンガガ市政の盛況ぶりがうかがえた。ドンガガはていねいにお礼をした後、背筋を伸ばして声を上げる。


「皆さんわがままをお許しいただき感謝します。ご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。では行ってまいります」


「いってらっしゃーい」


 大勢の声を聞いて涙が出そうになる。それをこらえ笑顔で出立する。


「お気をつけてー」


 ハンカチーフをふり涙ながらに前副市長が見送る。


 市民楽団の奏でるファンファーレを背景に、まず最初にサンペリオの使節団が穴の中へと降りていく。続いて十名のリトルフォレストの使節団。


 使節団にはドンガガが市長を辞職したことにより失職したニッケルとカッパーそれに通訳のキャシーも含まれている。


 ニッケルは涙目でカッパーは不満げ、キャシーは顔が引きつっている。一行は長いはしごを降りていく。ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと。

 

 背中のリュックに町の名産のヒノキの工芸品を引っさげて。


 トンテンカンテントンテンカン、トンテンカンテントンテンカン……


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